悪役令嬢、優人と語らう3
コーデリアはぼんやりとしたまま優人の一歩後ろをついていく。相変わらず意識が遙か彼方に飛んでいるようで、時々人や物にぶつかった。優人が度々後ろを振り返って心配そうに声をかけているが、聞こえているのかいないのか。
二人の後を、静花と一法が気づかれないように距離を取って追う。廊下の角に隠れて様子を窺っていたのだが、あまりにコーデリアが注意力散漫なので見ていてはらはらした。
コーデリアらが生徒玄関まで来たところで、
「あら、日多木君。こんにちは。どこか出掛けるんですか?」
と言って現れたのは春華だった。
彼女の後ろにはクラスメイトと思われる男子生徒が数人、大工道具の入ったケースを抱えて付き従っていた。
思わぬ人物の登場に静花はあっと小さく声を上げる。
「井本さん、こんにちは。今から備品を買いに行くところなんだ。井本さんはクラス展示の準備中?」
「ええ。それで技術室から道具を借りてきたところです。うちのクラスは世界各地の有名建築のジオラマを作る予定なんです。今、教室がミニチュア模型だらけで足の踏み場も無いほどになっているんですよ」
「へぇ、すごいね。うちのクラスは定番の喫茶店だからなあ。制服には凝っているようだけど」
春華は先日、「日多木君が好きになった」と宣言した通り、積極的に優人と会う機会を捉えて親しくなろうとしているようだった。それとなく身体を近づけたり、共通の話題をつくったりと努力の程がうかがえる。
彼女の信奉者と思われるお付きの男子生徒らは、面白くなさそうな顔をしていた。
コーデリアの方も待たされているのだが、ずっと無の表情だ。
ところが春華の姿を視界に映した途端、コーデリアの目にふっと光が宿り、
「イモトハルカ!」
と大声を上げた。
名前を呼ばれた春華だけでなく、優人もびっくりしてコーデリアの方を振り返る。
この時までコーデリアはずっと上の空。何も考えず優人に言われるがまま彼についてきただけだった。
だが優人に声をかけてきた女に何となく見覚えがあると思い、それが静花の「妹」であることに気がつき、さらに静花が「春華が優人のことを好きになった」と言っていたことを思い出して、コーデリアのセンサーが「静花の敵」を感知した。
この女を排除して、静花を守らねば!
コーデリアの戦闘意欲が復活したのである。
春華は初めこそ「姉」の変な友人が上げた奇声に後ずさったものの、すぐに動揺を収め、
「何かご用かしら?ウンディーネさん」
と聞き返した。この悠然とした態度はプライドの高さに拠るものだろう。
コーデリアの方はといえば一時的に戦闘意欲が蘇ったものの、すぐに、
(あ……、そういえばシズカはもうユウトのことを好きではないのでした……)
ということを思い出した。
(私はもう、戦う必要がないんだった……)
心の中で振り上げた拳を下ろすと同時に、もとのぼんやりコーデリアに戻った。
「いえ……名前を思い出しただけです」
「ふふっ、やっぱりおかしな人ね。それじゃあ日多木君、また会いましょう」
あっという間に意気消沈したコーデリアに、春華は「勝ち」を確信して微笑んだ。
とはいえやはりこの学園一ぶっ飛んでいると噂の女には不気味なものを感じたらしい。挨拶もそこそこに、そそくさと退散していったのだった。
「まあ、お店がいっぱいですわ……っ」
学園を出て、歩いて10分程。優人がコーデリアを連れてきたのは昔ながらの商店街だった。
「ここがさざなみ商店街。学園から一番近い商店街だよ。来たことなかった?」
「ええ、初めてです」
通りの左右に並ぶ個性豊かな商店の数々と、頭上を覆うアーケード。コーデリアは見慣れぬ景色に好奇心を刺激されて、表情を明るくさせた。
その様子を見て優人はほっとする。ここまでの道中、コーデリアはあまりにも心ここにあらずで、事故にでも遭うんじゃないかとひやひやしていたのだ。見かねた優人が校門を出てからはずっと手を引いて歩いていたくらいだ。
「じゃあ覚えとくと良いよ。筆記用具でも食品でも必要なものは何でも揃うし、喫茶店とかゲームセンターとか、遊ぶ場所もたくさんある」
二人で話しながら、行き交う人々の間を縫って歩く。
夕暮れ間近の商店街はそれなりに多くの客で賑わっていた。中には彼らと同じように、制服を着た男女もちらほらと見える。皆、放課後を満喫しているようだ。
「彼らが食べている、あの丸いのは何ですか?」
「たこ焼きだね」
「ピエロがいる店と髭のおじ様がいる店がありますけど」
「ハンバーガーを売っている店とチキンを売っている店だね」
「あの店は何を売っているんですか?」
「『キミに首ったけ』……?ごめん、僕もよくわからないけど、多分、高級食パンだと思う」
コーデリアには目に入るもの全てが新鮮なようだ。
彼女の次から次へと飛んでくる質問に、優人は一つ一つ丁寧に答える。いい加減、相手をするのにも疲れてしまいそうなのに、優人の目はあくまでも優しかった。
そんな二人の様子を建物の影からひっそり窺う男女があった。もちろん静花と一法である。
「思ったより元気そうだな。とりあえず今日のところは放っておいて帰っても良いんじゃないか?」
一法がカモフラージュのために買ったソフトクリームを食べながら、そんなことを言う。もっと差し迫った状況を想像していたらしく、拍子抜けしたらしい。下校してからあらためて千絃に調べさせれば問題ないだろう、と静花に言った。
「……そう、かも」
静花も一法の意見に概ね同意していた。
彼女の目から見れば空元気のように感じられるところもあるが、先程までと比べるとコーデリアはずっと元気だった。それにいくらコーデリアが心配だとはいえ、尾行というのはやっぱり気分の良いものではない。
「これ食べ終わったら学校に戻ろうぜ」
「そうだね」
一法の言葉に素直に頷きながらも、もう一度コーデリアらの方を窺う。
通りの向こう側の和菓子屋の前で、彼女が三色団子を指差しながら何かを言っている。ここからではよく聞こえないが、いつものように突拍子もないことを言っているらしい。優人がおかしそうに笑っている。
静花は遠い二人の様子を見ながら、
「なんだか……二人とも楽しそう」
ぽつりと呟いた。




