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私のヒーローは悪役令嬢  作者: ウール100%


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悪役令嬢、優人と語らう1

 時刻は朝6時55分。

 千絃は足音密やかにコーデリアの寝室の前まで来ると、ドアを薄く開けて身を滑り込ませた。

 ベッドの様子を窺う。コーデリアはまだぐっすり眠っている。

 アラーム音が鳴る5分前の時計に手を伸ばして目覚ましをオフ。極力マットレスを揺らさないように気をつけて、ベッドの上に上がりこんだ。

 千絃の格好はもはや普段着となったメイド服と、その上に羽織った黒いローブ。さらに今日は顔半分を覆う大きなマスクをしていた。肌の露出がほとんどない。いつもより不審者レベルがアップしている。

 コーデリアは未だ気づいた風もなく夢の中だ。仰向けになり胸元で両手を組んで眠る姿は清らかで美しい。

 まさに令嬢と呼ぶにふさわしい寝顔を見下ろして、千絃はローブの下から長細い一本の綿棒を取り出した。


 千絃が今、しようとしているのはインフルエンザの検査であった。


 千絃は「模造生命」の成功例と思われるコーデリアの身体を、本人が協力したりしなかったりの下で研究している。ゲームの登場人物をこの世界に具現化させた術式を探っているわけだが、その研究の一環として今回はコーデリアの「水の妖精」という属性に着目した。

 人間の魔術師が術式に魔力を通して魔術を行使するのに対し、妖精とは術式そのものが意識を持った存在だ。そのため水の妖精である彼女は、その身に常に無数の水の魔術が働いている。

 例えばコーデリアの全身を覆う水の結界。彼女は常に目に見えないほど薄い水の被膜によって守られている。銃や刃物などによる殺傷能力の高い物理攻撃はさすがに防げないが、多少の毒や呪いならば弾き飛ばしてしまう。

 ならばと千絃は考えた。

 コーデリアの結界は病原菌のような微細な生物の侵入にも有効だろうか?

 気になった彼女はコーデリアを週末からの三日間、インフルエンザ感染者と同じ空間で生活させ、ウイルスに感染するか実験してみることにした。

 つまり今まさにインフルエンザにかかっている千絃がコーデリアに四六時中べったりして過ごすことで、うつすことができるか試してみたのだ。

 なお千絃の現在の体温は39度。頭がぼーっとしているし、鼻水が止まらない。

 せっかくサボりがちな大学に久々に顔を出したら、まさかの流行最先端のインフルエンザをうつされてしまった。熱に浮かされた頭が百害あって一利無しの実験を千絃に思いつかせ、家庭内バイオテロに走らせてしまったのである。

 ソファに隣り合って座って無駄にくっついて本を読んだり、一つのパフェを二人につついたり、同じベッドで一緒に寝てみたり……。ここまで濃厚接触すればコーデリアもかなりの量のインフルエンザウイルスに曝露しているはずだ。

 コーデリアは果たしてインフルエンザに罹患しているのか。彼女ほどの強力な妖精が纏う水の結界なら、病原菌ですら蹴散らすと思われるが。

 仮説を実証する手順は簡単。綿棒をコーデリアの鼻に入れて粘液を採取し、キットを使ってインフルエンザウイルスの有無を確認する。その結果によって彼女の水の結界がウイルスにも有効なのか判明するのだ。

「ん……」

 瞼を下ろしたままのコーデリアが小さく寝息を漏らす。

 この美少女の鼻に綿棒を突っ込むことを想像し、背徳感に千絃はゾクゾクした。

 震える手で細長い綿棒をコーデリアの形の整った高い鼻へと差し入れようとした、その時。コーデリアがぱちり、と目を覚ました。

 コーデリアの海のような青い目と、千絃の寝不足で充血気味の目が合う。

 同時に繰り出される右ストレート。

 千絃は寝室の天井へと高々と吹っ飛ばされた。

 わずか数メートルの差でベッドではなく床に墜落した千絃を尻目に、コーデリアはのそりと起き上がった。

「くっ、成人女性を軽々と吹き飛ばす腕力……この元気さなら検査するまでもなく、インフルエンザには感染していないようね。やはりコーデリアの結界はウイルスにも有効……」

 千絃は顔面から落ちたらしく鼻血を拭いながら、ぶつぶつと研究成果を確認している。高熱と暴力とでボロボロだが、仮説が証明されたので満足そうな様子が見える。

 ベッドから床に足を下ろしたコーデリアはその声を聞き付けたらしい。どこかぼんやりとした調子で、

「おはようございます、チヅル。どうしたんですか、そんなカラスの死体みたいな格好をして」

と言った。

 千絃の全身に雷に打たれたような衝撃が走る。


(コーデリアが、心配している!!私のことを!!??)


「何をしているんですか?チヅル」

 千絃が慌てて詰め寄ってきて額に手を当てて熱を測ったり、聴診器を取り出して心音を聞き出したので、コーデリアが首を傾げる。

「いや、あんた大丈夫?」

「何がですか」

「熱は無いようだけど……本当はインフルにかかってるんじゃないの?」

 千絃が疑うのももっともだ。

 彼女がコーデリアを襲った場合、いつもならこの程度の暴力では済まない。少なくともあと2、3発は殴られて大量の水で2階から押し流された上で、ゴミを見るような目で「愚かなネズミだこと」とか言い捨てられるはずなのだ。

 それなのに今朝のコーデリアときたら、驚くほど戦闘意欲が低い。

「おかしな人。さぁ、顔を洗いませんと……シズカが迎えに来てしまいます…………」

と言って、ふらふらと寝室から出ていく。心ここにあらずといった様子だ。

 今日は槍でも降るのかと千絃は恐れおののいた。とはいえ思い返してみると、高熱のせいで気にしていなかったが、そういえばここ三日間はずっとこんな調子だった。だから千絃があからさまな下心をもってベタベタくっついてきても、コーデリアは無反応だったのだ。

 初めて見るコーデリアのこんな姿に、

「マジで何なの……?」

とうろたえる。だがインフルエンザの症状がピークに達した今の千絃に、それらしき説明など思いつくはずも無いのだった。


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