静花、終わりにする6
「ごめんね、今日はせっかく食堂に行く約束をしてたのに」
昼休み、静花とコーデリアは教室から出てくる生徒で賑わう廊下を歩いていた。静花はお弁当の包みを持って、コーデリアは先程買ったばかりのパン二つを入れたビニール袋を手に下げて。
「問題ありません。私、食堂には行ったことがなかったので気になっていましたが、購買も初めてですから。いろいろ置いてあって興味深かったですわ」
購買に行ったのは、コーデリアの昼食を確保するためだ。もともとは二人で食堂に行く約束だったのに、静花の母が忘れていつも通りお弁当をつくってしまったのだ。
「ありがとう……」
コーデリアの言葉に静花はほっとした。
静花は申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだが、コーデリアの方はというと「メロンが入ってないのにメロンパンとは……?」などとパンをあれこれ手に取って、購買を十分に楽しんでいた。
「せっかくだから今日は天気も良いし、中庭で食べようか」
「ピクニックですね」
9月の中庭は秋にはほど遠いとはいえ、ほんのりと涼しげな風が吹いていた。
静花とコーデリアはまだ青い楓の木陰のベンチに腰を落ち着けた。同じように弁当を広げる生徒がちらほらと見えるが、皆遠く離れている。二人のいる場所は切り離されたように静かだった。
「コーデリアはマジック同好会との話し合いはうまく行った?」
「ええ。無事に鳩を借り受ける約束を取り付けました!シズカの方はどうでしたか?ピアノの伴奏の依頼だったかしら」
「うん。気持ちよく引き受けてくれたよ。会長が一緒に行ってくれたことも大きかったな。皆、会長に何か頼まれると喜ぶんだよ」
「ふむ。さすがですね、ユウトは」
二人で昼食に手を付けながら、今朝の成果を報告し合う。
メロンパンに夢中になっていたコーデリアが、ふと思い出したように、
「ユウトとの二人きりの仕事はどうでしたか?距離が近づいたりしましたか?」
と静花に尋ねた。わくわくと目を輝かせている。
その様子に後ろめたいものを感じて、静花は覚悟を決めた。
「うん……あのさ、コーデリア」
にわかに表情を硬くして切り出した静花に、コーデリアは首を傾げた。
「シズカ?」
「もう、おしまいにしようかと思って」
「え?」
「会長に恋することを」
コーデリアが一瞬、息を止めた。
「だから、コーデリア。もう私のことを助けてくれなくて良いよ」
さわさわと葉擦れの音がする。
コーデリアが白い肌を一層白くして、おそるおそる口を開く。
「どうして、ですか……諦めたのですか?」
「諦めたっていうより、違うなって思ったの。私の会長に対する想いは恋じゃないなって」
「……」
静花は俯きがちに、小さな声で続けた。
「今朝ね、春華ちゃんに言われたの。「日多木君のことが好きになった」って。そのとき私が真っ先に思ったのは、「どうでもいい」ってことだった。「妹」が誰が好きであろうが、その相手が会長だろうが、私には関係ないなって。私の人生には何の変化もないなって」
もしこれがもっと前に春華に同じことを言われたのなら、静花は平静ではいられなかっただろうと考えている。「私が先に好きになった人を取ろうとする」とか「私の居場所を奪おうとする」とか、そんなことばかり考えてたのではないか。
だが自分でも驚くくらい、そういう感情がまったく起こらなかったのだ。
「……だからもういいやって。前は確かに恋だったかもしれないけど、今はそうじゃない。あの頃の私の日々はずっと暗闇の中で、日多木君への恋は温かな光をくれる小さな灯火のようだった。でも今の私は自分の足で明るい場所を探すことができる。私、会長に恋をしなくても、ちゃんと前を向いて生きていけるって思えたから」
静花が顔を上げ、まっすぐにコーデリアを見る。
「だからコーデリア。もう、いいよ」
そう言った静花の目は、コーデリアが今までに見たどんなときよりも力強く美しかった。
「そう、ですか……シズカがそう言うなら、そうなのでしょう」
コーデリアは膝の上に置いたメロンパンに視線を落とした。半月の形に欠けたそれをどんなに見ても、正しい言葉を見つけられない。
ただ、
「ねぇ、シズカ……私が今までやってきたことは迷惑でしたか」
という言葉だけが、コーデリアの口からぽろりとこぼれ落ちた。
じっとコーデリアの反応を不安そうに見守っていた静花が、
「まさか」
と笑う。
「私がそういう風に思えるようになったのは、コーデリアのおかげ。コーデリアがいてくれるから、私は今の私になれたんだよ」
そっと隣り合ったコーデリアの手に、静花は自分の手を重ねた。
「だから私のことは助けなくてもいいけど……、これからもずっと、友達でいてね」
コーデリアはきゅっと唇を噛んだ。重ねられた手を返し、静花の手を握り返す。
「もちろん!」




