静花、終わりにする5
「あなた方はマジシャンの卵ではないのですか。それならば今すべきことは鳩をかわいさにうつつを抜かして、日々を怠惰に過ごすことではないはず。マジックの修行に集中すべきですわ」
「おハト様」の信奉者とかいう新人種に当惑していたコーデリアだったが、気を取り直して説得を試みる。
「おっ、いいぞ!言っちゃってくださいっ」
嬉々としてヤジを飛ばすチャップリン髭に、
「成田君は誰の味方……?」
赤星が至極真っ当なツッコミを入れた。
「う、ぐぐぅ……」
カイゼル髭が悔しそうに唸る。気にしていないわけではないらしい。
コーデリアは相手に効いていると見て、演説を続けた。
「生き物は皆、何らかの天分を持って生まれます。例えば鳥なら空を軽やかに飛ぶこと、魚なら水の中を自由に泳ぐこと、白鳩ならマジックで華やかに活躍すること……それを活かすことのできぬまま命を終えるのは不幸です。あなたはあなたの愛するかわいい鳩達にそんな不幸を味わわせるおつもり?」
「うっ、うっ、うっ、うるさぁ――――いっっ」
ついにキレたカイゼル髭が声を上げる。
彼の手に掴まっていた鳩が、その音量にびっくりして飛び立った。
「あっ、ハト8号がっ」
鳩がカイゼル髭の手から離れていく。だが脱走しようというよりは、突然大声を発した飼い主に脅えて様子を窺っているらしい。一同から10メートルほど離れた地面に降り立つと、そこでとどまってじっと彼らの方を見ていた。
憤慨したカイゼル髭がコーデリアに食ってかかる。
「おい、君が大きな声を出すせいで逃げちゃったじゃないか」
「どちらかと言えばあなたのせいでは?」
「ハト8号は箱入り娘で繊細なんだっ。君達が来なければこんな風に逃げることもなかったんだ。責任取って連れ戻してくれたまえ!」
「仕方ないですわね……」
コーデリアはこれ以上この狂人と話していても埒があかないと判断した。ちょっとくらいなら魔術を使ってもごまかせるだろうと考えて右手を上げたそのとき、
「いや、待って。僕がやる」
と赤星が止めた。
「え?」
「だって君、絶対に乱暴するだろ?」
「……」
まあ死なない程度の水圧の水鉄砲を鳩にぶち当てて動けなくさせる気だったコーデリアは沈黙した。が、すぐに咳払いして、
「わかりました。そんなに言うなら、やってみてごらんなさい」
とおおように任せる姿勢を見せた。
「ありがとう」
赤星がフードの下で笑って、警戒する鳩の5メートルほど手前までゆっくりと近づく。そこで仁王立ちすると、ばっと両手を広げた。
「ぽぽぽぽぽっ、ぽぽっぽぽーいっ」
まっすぐ伸ばした腕を激しく上下させながら、唇をとがらして鳴き声をつくる。鳩との対話を試みているらしい。
コーデリアとマジック同好会は唖然とした。
性格の良い不審者がただの不審者に成り下がった瞬間である。
「何をやっているんですかっ」
耐えきれなくなったコーデリアが掴みかからんばかりに赤星に突進する。
「どんな相手でも諦めずに誠意を見せ続ければ思いは伝わると思って……」
何で怒られているかわからないといった様子の赤星に、
「君も大概だな!?」
とチャップリン髭が頭を抱える。
カイゼル髭も「ふざけている場合か!?」と怒鳴った。
「鳩小屋の外は危険なんだぞ……ってわ――――っ!そんなことを言っているうちに野良猫がっっ」
通りすがりのトラ猫が鳩に近寄ってきた。にゃーんとかわいい鳴き声を上げているが、目はらんらんとして捕食者モードだ。
「8号――――――――っっ」
マジック同好会が惨劇の予感に悲鳴を上げた。
「まったく……今度こそ仕方ないですわね」
コーデリアが指を鳴らすと、鯉が泳いでいる池の水面がぶくぶくと沸き立ち、そこから水柱が立つ。鯉達は驚いて水の中で右往左往した。
水柱は空中で大きく弧を描くと、上から猫に向かって寸分違わず落下した。
「ぎにゃ――――――――っ」
大量の水を被った猫は驚いて裏庭から走り去った。
あとに残った鳩は恐怖のあまりすっかり固まっていた。それをカイゼル髭が急いで捕まえて鳩小屋に戻す。
「な、何が起こったんだ……?」
鳩は無事だったものの、突然起こった水柱にマジック同好会の二人は驚いて顔を見合わせた。
「えーっと」
適当にごまかそうとしていたコーデリアだったが、肝心の言い訳が何も思い浮かばない。
彼女が焦り始めたところで赤星が、
「コーデリアが池を戦闘モードに切り替えて、猫に水鉄砲を撃ったんだ!実はあの池、有事に備えて設置された最新の防衛装備なんだって。通常モード、戦闘モード、防御モード、自爆モードに切り替えられるらしいよ。コーデリアは理事長の親戚の岩水君と仲が良いから、彼から池を操作する権限を預けられているんだ。優人がそう言ってた!」
と怒濤の勢いで説明した。
「なるほど、よくわからんが8号のことを助けてくれたのは確かなようだな」
「ええ、まあ……」
カイゼル髭は首を捻りながらも、とりあえず納得してくれた。
コーデリアも身に覚えのない説明に、内心、首を捻る。だが以前この池を魔術で逆流させて叱られたことがあるので、そのときに一法が魔術を隠して優人にそういう説明をしたのかもしれない。そしてそれを今度は優人が赤星に伝えたのだろう。コーデリアはとりあえずそう結論づけた。
「世話になった以上は仕方がない。君達、生徒会の依頼を引き受けてやろう」
カイゼル髭の言葉にコーデリアと赤星はぱっと顔を明るくした。
「本当ですかっ」
「ああ、だが僕らにとっては目に入れても痛くないほどかわいい鳩達だ!大切に扱うんだぞっ」
「もちろんですわ」
「ありがとう!開会式の詳細は後で持っていくよ」
コーデリアと赤星が口々に言ったところで、ちょうど予鈴が鳴った。
その場は別れてそれぞれの教室へ向かう途中、
「先程は上手く言っていただいてありがとうございました」
とコーデリアが赤星に耳打ちした。先程、彼女が池の水で野良猫を追い払ったのを、赤星がマジック同好会に説明してくれたことだ。
赤星は小さく首を傾げた後、フードの下からふっと笑いを漏らした。
「……君は、本当に僕のことがわからないんだね」
「え?」
コーデリアが赤星の言葉の意味を図りかねているうちに、彼は先に廊下の向こうへと行ってしまった。
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