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私のヒーローは悪役令嬢  作者: ウール100%


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88/100

静花、終わりにする4

 後に残された静花は、そろそろと自分の胸に手を当てた。ものすごい勢いで心臓が鳴っている。

 春華の頼みを断った。

 嫌なことを嫌、と言った。

 そんなことを最後にしたのはいつだっただろう?

 恐怖と、不安と、そして開放感とで静花の心はぐちゃぐちゃになった。

 そしてもう一つ、気がついてしまった。

 夏休み中の小蝶の告白から薄々と感じていたこと。

 静花の優人に対する「好き」が、恋愛としてのそれではないということ。

 小蝶が優人に告白すると言ったとき、静花は「優人が取られる」などとは思わなかった。ただ小蝶の気持ちを案じただけだった。

 そして今、春華に「優人のことが好きじゃないのか」だと言われて、答えることができなかった。

 確かに優人に対して好意はある。大切な仲間で、友達だ。

 だけどそこから彼とどうにかなりたいかと言われると、そんなことを想像したこともなかったのだった。

 この気持ちはきっと恋じゃない。

 今までずっと恋だと思い込んできたのは、優人に「恋」をしている時間が幸せだったからだろう。

 地味で特に取り柄のない静花を優人は、価値のある人間のように接してくれた。コーデリアに引っ張られて生徒会に入ったことで、静花の世界が広がった。生徒会の活動を通して、自分にもできることがあるんだとわずかながら自信がついた。生徒会役員は皆良い人達で、協力し合って仕事を進めていくことは大変だったけど楽しかった。

 優人をきっかけにして足を踏み入れた世界が、かつての静花には想像もできなかったほど輝いていたのだ。

「コーデリア……」

 その世界に入る手助けをしてくれたのがコーデリアだった。

 彼女はいつも願っている。

 静花の幸せを。

 そして静花の幸せが、静花の優人に対する恋を成就させることにあると信じている。

 ここが分岐点だ。

 静花はその予感に震え、予鈴が鳴っているにもかかわらずしばらく動くことができなかった。


* * *


 時は少し遡る。

 コーデリアと赤星がやって来たのは裏庭だった。

 理事長お気に入りの鯉が気持ちよさそうに泳ぐ池の脇に、マジック同好会が管理している鳩小屋がある。中にはギンバトと呼ばれる品種の真っ白な鳩が十数羽、のんびり餌をついばんでいた。

 小屋の前では先程まで小屋の掃除をしていたらしい二人のマジック同好会会員が、突然やって来た二人の生徒会役員を相手に戸惑った顔をしていた。

「だからあなた達がマジック用に飼っている鳩を、文化祭の開会式のために貸してほしいんです」

 コーデリアが挨拶もそこそこに率直に要求を突きつける。

「吹奏楽部の金管楽器アンサンブルによるファンファーレと共に、舞台から一斉に鳩が飛び立つ……フェスティバルの開幕にふさわしい心躍る演出でしょう?もちろんタダとは言いません。鳩を貸し出していただく代わりに、あなた方には大講堂のステージで15分間パフォーマンスする権利を差し上げましょう!」

 この交換条件は生徒会全員で考えたものだった。

 マジック同好会は会員数たった二人。部活動の活動用件である最低5人の部員も揃えられない弱小同好会だ。文化祭では人通りの少ない校舎の隅の空き教室を借りて、たまに覗いてくれる来校者相手に細々とマジックを披露するくらいしか活躍の場が無い。

 そんな彼らにとって最も注目の集まる大講堂でのパフォーマンスは魅力的なはずだった。

「どうです?悪い条件ではないでしょう?」

 コーデリアは勝ちを確信して、マジック同好会会長の羽田という男の顔を覗き込んだ。

 羽田は高校生のくせに立派なカイゼル髭をしていた。カイゼル髭とはその名の通り、カイザー、ヴィルヘルム2世がしていた、鼻下に生えた髭の左右の毛先を上へ跳ね上げたスタイルのことだ。シルクハットが似合いそうな髭である。

 彼はきっちりスタイリングされた髭のカールをせわしなくさすりながら、

「……断る!」

と言い放った。

「何ですって!?」

 驚いたのは、了承されるとばかり思っていたコーデリアだけではない。

「ちょっ……羽田先輩、何で断るんですか?鳩を貸すだけで大講堂でマジックできるんですよ?毎年限られた部とクラスしか乗れないステージだっていうのに」

 マジック同好会副会長の成田もまた会長の判断に頭を抱えた。

 成田の方も高校生のくせに立派なチャップリン髭をしていた。チャップリン髭とは同名の俳優が映画の中でしていた、鼻下の中央にだけ生やしたちょび髭のことだ。これもまたシルクハットが似合いそうな髭である。

「決まっているだろう、この鳩達を見ろ!」

 カイゼル髭が鳩小屋の出口の一番近いところにいた鳩を引っ張りだして、ずいっと生徒会二人の目の前に突きつける。

「はぁ。かわいい鳩ですね」

 赤星が素直な感想を答えた。

「そう、かわいい!つぶらな瞳、柔らかな純白の羽毛。俺達が毎日誠心誠意世話をした鳩だ。こんなかわいい子達を人間の娯楽のために使って良いわけないだろう!?」

「マジック用ではないのですか!?」

「マジックになんか使うわけないだろう!?」

 コーデリアの「お前は何を言っているんだ」という視線とカイゼル髭の「お前は何を言っているんだ」という視線がぶつかり合う。

 その脇でチャップリン髭が、

「先輩はマジックのために鳩を飼い始めたんですけど、いつの間にか鳩かわいさにマジックそっちのけで鳩の世話ばかりするようになっちゃったんですよ」

 赤星にひそひそと耳打ちした。うちはもはや鳩愛好会ですよ、とぼやく。

「本末転倒だね……」

 赤星が同情をこめて言った。


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