静花、終わりにする3
春華はそんな静花に構わず、
「ほら、せっかく持ってきたんだから受け取ってくれないと私だって困っちゃう。それにお母さんがわざわざつくってくれたものを無駄にするの?」
と弁当箱を押し付けてきた。
春華に言っても仕方が無いのは確かなので、静花はしぶしぶと受け取った。
おそらく母は静花の言葉など完全に忘れていて、いつも通り娘二人分のお弁当をつくったのだろう。きっと悪意は無い。ただ、いつものように静花の言ったことが面白いくらいに頭から抜け落ちただけなのだ。
静花が弁当を受け取ったことで満足した春華は、今度は優人の方に関心を移した。
「そんなことより会長……いいえ、私は生徒会じゃないから日多木君の方が良いかしら。私、1組の文化祭実行委員になったんですよ」
朝礼まであと10分ほど。立ち話している余裕も無いので、3人は教室に向かって歩きながら話す。
「うん、覚えているよ。夏休み中の会議に出席していたよね」
「覚えていてくれて嬉しいです。委員会なんて初めてで気が進まなかったんだけど、クラスの皆に「どうしても」って言われて、やることにしたんです。でもうまくできるか不安で……」
愛想良く応える優人に、春華は眉を下げてみせた。心細そうにうつむいたときに、艶やかな髪がさらりと胸に落ちる。
美人が困ったり悩んだりしている様子はこんなに求心力があるのか、と蚊帳の外の静花は思った。
「クラスメイトが推してくれたのは、きっと井本さんならできると思ったからだよ。大丈夫、今年初めて実行委員になる人は他にもいるから。1組のもう一人の実行委員は矢田だったよね?彼は去年もやっていたはずだから、頼りになると思うよ」
「わかりました、頼ってみます。でも日多木君も助けてくれますよね?」
「もちろん。そのために生徒会があるんだからね。気軽に聞いてくれて良いよ」
「それなら安心です。これから度々質問しに行きますね」
そこでちょうど2年生の教室の並びへと通じる廊下の角へと差し掛かった。
「うん、わかった……じゃあ、僕は教室がこっちだから」
そう言って優人が手を振って、3組の教室へと去って行った。
「ええ。相談に乗っていただいてありがとうございました」
「はい、また放課後に」
静花の2組、春華の1組は優人の教室とは中庭を挟んで反対側にある。
彼女らはなんとなくその場に留まって、優人の後ろ姿を見送った。
静花は二人の間に漂う微妙な空気に居心地悪さを感じ、ちらりと春華の方を見る。
春華はというと、妙に機嫌の良さそうな顔をしている。
「初めてちゃんと話したけど、日多木君って素敵な人ね。姉さんは今日、随分早く家を出たけど、日多木君と会うためだったんだってわかっちゃったわ」
などと春華が言うので、静花は眉をしかめた。
「会長は立派な人だけど、別に会長に会うためじゃなくて仕事があるから早く出たんだよ」
わかったような口ぶりをされて、静花は嫌な気分になった。生徒会の仕事のためだし、通学中にコーデリアを拾っていくためでもある。そのあたりを丁寧に説明しても都合良く解釈されそうだったので、静花はそれきり口を閉ざした。
「ふーん、そうなんだ」
「何?その言い方」
意味ありげな視線を寄越す春華に、静花の嫌な気分はますます強まった。
「姉さんにその気が無いのなら良いかと思って」
と言いながら、春華は静花より一歩前に出て振り返る。
「私……、日多木君のこと、好きになっちゃった」
「……は?」
その言葉に、静花は気の抜けた声を漏らした。
「だって前から噂は聞いてたけど、実際に話してみたらめちゃくちゃ格好いいし優しいじゃない。これで勉強もできて生徒会長だなんて、完璧。岩光学園は偏差値も高くて家柄の良い生徒ばかりだけど、ここまでの人は他にいないわ」
「はぁ……」
胸の前で手を組んで目を輝かせる様子は、恋する乙女のそれだ。
春華の恋に落ちる勢いの良さに、静花は呆気にとられるばかりだった。
「ねぇ、姉さんは別に日多木くんのこと好きじゃないんでしょ?」
「え……」
静花は思わず息を止める。
優人のことは好きだ。好き……なはずだった。
だが今、この瞬間、静花ははっきりと答えることができなかった。
「なら協力してよ。姉さんは生徒会役員なんだから、業務にかこつけてうまく私と日多木君が一緒になる機会をつくれるでしょ?」
春華は静花が固まっていることにも気づかず、ぐいぐいと頼み込んでくる。
「ね?かわいい妹の頼みよ」
――静花はお姉ちゃんなんだから。
「それはイヤ」
考えるより先に、言葉が口を突いて出ていた。
「会長は……日多木君は同じ生徒会の仲間で、大切な友達だよ。だからそういう裏でこそこそするようなことをしたくない」
春華は一瞬虚を突かれたような顔をした。まさかこの「姉」が自分の頼みを断るなんて思ってもみなかったらしい。
だがすぐに目を細め、
「そう……」
と言った。
「考えてみれば、姉さんみたいな不器用な人に仲を取り持つなんて器用なことできるはずが無かった」
と言うと、さっさと背を向けて自分の教室へと歩いて行った。




