静花、終わりにする1
まだ暑さの残る9月の朝、静花はいつものように千絃邸のチャイムを鳴らした。
「おはようございまーす」
ドアの向こうからぱたぱたと足音がすると、千絃が顔を出した。相変わらずメイド服の上に、爽やかな朝には似つかわしくない黒いローブを羽織っている。青白い肌に、目の下の濃い隈という見るからに不健康な顔だが、これは毎日家に籠もって深夜まで魔術の研究を行っているからだ。
「おはよう、静花。けどいつもより早くない?」
千絃の言う通り、今日は普段より30分早い訪問だ。
「今日は朝から生徒会の用事があるから、早めに行かなきゃいけなくて」
「聞いてないわよ。あいつまだ寝てるんじゃない?」
千絃が髪を逆立てて2階へ上がっていく。まるで息子から当日になって牛乳パックが必要と言われたお母さんのようだ。
静花が「もしかしてコーデリア、忘れてたのかな」などと首をかしげる一方で、千絃はずんずんと廊下を進み、ノックもなくドアを開け放つ。「コーデリア、起きなさいっ」と怒鳴りながら、彼女の私室へと踏み入った、その途端、
どかっ、どさっ、どすどすっ、ばきばきっ、どすん、きゅっ、どっかーん。
と何やら不穏な音声が鳴り響いた後、しーんと数秒の静寂が屋敷全体を覆った。
玄関ホールから静花がはらはらとしながら吹き抜けの階上を見上げていると、
「おはようございます、シズカ。良い朝ですわね!」
問題の部屋からコーデリアがすがすがしい笑顔で姿を現した。既に制服をきっちりと身につけ、トレードマークの二つのシニョンもきっちりセットされている。カバンも持っていて、すぐにでも家を出られる格好だ。
あの激しい破壊音の中でこれだけ完璧な準備を?そして部屋に入っていった千絃の姿が見えないのだが。
「千絃さんは……?」
「二度寝したようですわ」
おそるおそる尋ねる静花に、コーデリアはさらりと答える。
「チヅルが寝ていても問題ありませんよ。今日はお弁当の用意も必要ありませんし」
「あ、そっちは覚えててくれたんだ」
静花が顔をほころばせる。
今日の昼食は二人で食堂へ行く約束だ。食堂を利用したことがないコーデリアが、一度行ってみたいと言い出したのだ。
静花も普段の昼食はお弁当なので、わくわくしていた。
「シズカとの約束は忘れませんよ。楽しみですわ、初めてのガクショク!」
そう言って二人は安否不明の千絃を置いて、屋敷を出た。
* * *
「おはよう、井本さん、ウンディーネさん」
生徒会室の戸を開けると、二人の他の生徒会役員は皆揃っていた。
その中で、学園指定のシャツの上に白いパーカーを着た少年が真っ先に挨拶をしてきた。
フードを目深に被っていて顔がよく見えないが、声色から朗らかに笑っているだろうことは想像できる。朝から生徒会室の掃除をしていたらしく、手には箒を持っていた。
静花はまだ、この人物のことを見慣れなかった。
「ええと、おはよう。赤星さん」
静花が人見知り気味に少々おどおどとした挨拶を返す。
コーデリアは人見知りこそしないが誰に対しても偉そうなので、つんとすましたまま「おはようございます」と言った。
二人は優人、小蝶、友晴とも口々に挨拶を交わす。だが今までと比べ何となく生徒会の空気が固い。空気が悪いのではないが、まだ皆が慣れていないのだ。異分子の存在に。
生徒会の前に彼――ずっと休学していた生徒会副会長の赤星が現れたのは、新学期初日の放課後のことだった。
「赤星快人です。よろしくお願いします」
生徒会室に集まった面々は、優人に紹介された人物を見て言葉を失った。
フードで顔を隠した、見るからに怪しい人物。おまけに体格も良く、身長は生徒会で一番高身長の友晴と同じくらいある。夜道では絶対会いたくない。
(不審者じゃん!!??)
全員の心の声が完全一致した。
「ああ、驚くよね、この格好」
赤星はすぐさま皆の戸惑いを読み取って、笑い混じりに先回りしてきた。
「実は去年、自宅に不審火があってね。全焼とは言わないでも自宅の一部が燃えちゃって、僕も運悪く火事に巻き込まれて大火傷……その治療のために休学する羽目になったんだよ。日常生活に支障が無い程度に回復はしたんだけど、火傷で顔がひどいことになってねー」
あっはっは、と豪快に笑う赤星に、静花らは何と言ったものか悩みながら、
「は、はぁ」
「それはお気の毒に……」
などと曖昧な相づちを打つ。
「いやー、僕も思春期なものだから、これを他の人に見せるのはきついなーつらいなーと思ってね。学園側に特別にお願いして、こんな感じでフードで顔を隠しているんだよ。だから見た目が不審者でも敬遠しないでね!」
赤星の背景は随分と悲惨なものだったが、本人はあっけらかんとしたものである。
反応には困るものの、どうやら悪い人間ではないらしいと判断した静花、小蝶、友晴は「了解」だの「よろしく」だのと無難な受け答えをした。
そんな中、
「はい!」
と手を上げたのはコーデリアだった。質問があるらしい。
「フードではすぐにめくれてしまって心許ないのでは?お面なんかどうです?」
「あんたはデリカシーってもんが無いの!?」
小蝶が頭を抱える。
赤星の方は気にした風もなく、
「うーん、それは僕も考えたんだよね。でも優人に反対されちゃって」
「ひょっとこのお面を出されたら、さすがの僕も止めるよ……」
優人がこめかみを指で押さえながら言った。確かに教室に一人、ひょっとこのお面の生徒がいたら、授業に集中できなさそうだ。
「うちに良さそうなのがあります。チヅルがアフリカの奥地から取り寄せたとかいう、とある部族に伝わる面が」
「それは明らかに呪いの仮面だよね?」
嬉々として提案するコーデリアに、優人が律儀にツッコんだ。




