小蝶、告白する10
女子3人がわいわいとやかましくやっている。遊んでいるのか、喧嘩をしているのか。どちらともつかぬその様子を優人が微笑ましく見ていたら、
「火、分けて」
と友晴が真新しい花火の先っぽを優人の花火に寄せてきた。
「どーぞ」
優人の方から今まさに火花を発している部分を触れさせると、友晴の花火は一緒にオレンジ色に輝きだした。
しばらくその光の閃きを二人で無言で見守っていたが、友晴が「あー、何だ」などと言いにくそうに口を開いた。
「俺の言うことじゃないのはわかっているが、小蝶のことは気にしないでくれ。お前が気にする方があいつは落ち込む」
「小蝶から聞いたんだ」
「うん。でもまあ、そんな気はしてたからな」
「わかった。でも今回は別に僕の方を気遣わなくても良いよ。気遣う相手は小蝶だけで十分だよ」
「いや、だってお前、こういうのめちゃくちゃ気に病むだろ」
「……かなわないなぁ、友晴には」
本当によく見ている、と優人は思った。
優人の生徒会がここまで何とかうまくやってこれたのは、友晴の役割が大きい。少人数でぎりぎりで回していたときも、静花やコーデリアといった不慣れな人間を入れたときも、友晴が気を回していろいろな面で優人を助けてくれていた。
優人は感謝の意味を込めて微笑む。
だが友晴はどこか困ったように、
「俺はお前の方にかなわないと思っているんだけどな、いつも」
と言った。
「?」
優人が首を傾げる。
どこか幼いようなその仕草を見ながら、友晴は一年前のことを思い出していた。
優人が小蝶を助けたときのこと。
あの日、小蝶が優人を好きになったことを知っている。そりゃ好きになるだろうと納得している。
友晴は小蝶の正しくとも融通が利かない性格をわかっていて、それによって起こる周囲との衝突を傍観してきた。あの性格だから仕方ないと思っていたし、わざわざ助けてもプライドの高い小蝶を逆に傷つけるだろうとわかっていたからだ。いつか小蝶が我を貫くことをやめて、周りに合わせることを学べば良いのにと思っていた。
だから、友晴は小蝶を助けたことがない。
それを優人は助けた。周囲と波風を立てることもなく、小蝶を傷つけることもなく。
優人に救われ、心から感謝する小蝶の姿を見たとき、友晴は自分がとてつもなく卑怯な人間であるように思えた。
あれから友晴はずっと、優人に対して敗北感のようなものを抱えている。同じくらい大切な友人だという気持ちもあるのだが。
「とにかく、ここからは文化祭の準備で大忙しだ。お前も小蝶も泣いたり落ち込んだりしてる暇無いってことだよ。頼むぜ、生徒会長。最後まで俺達を引っ張っていってくれ」
気を取り直した友晴が、優人の肩を叩く。
優人が「痛いって」と笑いながら頷いた。そこでふと思い出したように、
「ああ、そうだ。文化祭準備も体育祭の時に負けず劣らず大変だとは思うけど、一つ良い知らせがあるよ」
と言った。
「良い知らせ?」
「うん。2学期に赤星が戻ってくる」
「……マジ?」
「マジ。赤星もブランクが長いとはいえ、これで皆の負担も少しは軽くなるんじゃないかな」
友晴はその知らせに、何とも言えない顔をした。
赤星。
友晴にとって正直、もうほとんど忘れていた名前だった。
優人の生徒会の副会長であるはずの男。現在、傷病につき休学中で、友晴はほとんど話したこともない。まさか現生徒会の任期も終わりに近づく今頃になって、復学してくるとは。
優人は赤星の生徒会への復帰に前向きなようだが、友晴は新たな問題の発生のように思えた。赤星がどういう人物かわからないし、彼に対し小蝶、静花、コーデリアがどういう反応をするか見えない。ここまでに苦労して築き上げてきた現生徒会のチームワークにひびを入れる可能性もあるのだ。
友晴が頭を悩ませかけたそのとき、頭上でドーンと音がした。
「うわっ」
見上げると校舎の上空に大きな花火が上がっている。赤、緑、青、と丸い華が夕闇の空に咲く。
「何だ、打ち上げ花火?」
「すごい、きれーい」
生徒達が口々に歓声を上げる。
コーデリアも、
「まぁ!光る黒ひげ危機一発ですわっ」
と喜んだ。先程、静花に遊び方を教えてもらったらしい。
「学校で打ち上げ花火とかできるの!?」
優人が心配して、この場の責任者になっている一法の方を見る。
「ああ。藤村が煙火打揚従事者手帳持ってる」
一法が何でもないことのように答えた。
藤村氏とは岩水家の使用人のことだ。黒いスーツを隙無く着こなした老齢の御仁で、学園内にある、岩水一族専用の応接室を管理している。以前、静花とコーデリアが応接室を訪れたときにはお茶を淹れてくれた。
「花火を打ち上げられる使用人とは……?」
困惑する生徒もいる中、
「こらーっ、構内で何をやっているんだーっ」
と警備員らが泡を食った顔で駆けつけてきた。
一法はそれにも冷静に応じた。
「ああ。理事長には許可を取っている」
「はっ、一法様!失礼しましたっ」
鶴の一声。
警備員らはさーっと退いていった。
生徒らは「やっぱり岩水家の坊ちゃんはやることがひと味違うな……」と思いながらも、このちょっとした花火大会を夏の良い思い出にしたのだった。
打上花火もいよいよクライマックスなのだろう。色とりどりの花火が花束のように空に咲き乱れる。中庭にいる者は皆、手持ち花火の方はやめにして上空を見上げていた。
優人もまたきらきらと輝く火花を目に映していたが、心は別のところにあった。
(会長が、好きです)
思いもよらなかった、小蝶の言葉。
「……どうして」
あのときの彼女の表情を思い出すと、胸が痛い。
断ったことは申し訳なく思う。だがそれ以上に悪いと思ったのは、どうしても「わからなかった」ことだった。
「どうして、小蝶は僕なんかのことを好きだなんて思ったんだろう…………?」
知らず漏れた言葉は、花火の音にかき消された。




