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私のヒーローは悪役令嬢  作者: ウール100%


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小蝶、告白する9

「好きです、会長のことが」

 小さな声。だがその声はひっそり静まりかえった校舎の中で小蝶本人も驚くくらいはっきりと響いた。

 優人は。

 完全に呆気にとられていた。

 思いも寄らなかった、という顔だ。

 それで小蝶は答えがはっきりとわかってしまった。

「……やっぱり、駄目ですか」

「あ、いや、その。本当に驚いてしまって」

 眉を下げて笑う小蝶に、優人はますます言葉が見つからなくなってしまったようだった。しばし視線を足下に彷徨わせた後、

「…………ごめん」

とだけ絞り出した。

「良いんです。私が言いたかっただけだから」

「……」

「先に皆の所へ行ってください。私は少しだけ、気持ちを切り替えたいので」

 声が震えるのを極力抑えた。笑顔のまま、優人を促す。

「……わかった」

 優人はまだ何か言いたそうにしていたが、結局やめて、小蝶に背を向けて歩き出す。だが数歩進んだ所で、その背中がぴたりと止まった。

「小蝶」

 優人が彼女の方に向き直る。

「僕にとって小蝶は本当に、大切な友達なんだよ。ただ……僕が、恋愛のことをまだちゃんと考えられていないだけで。それは別に小蝶に限ったことじゃなくて……他の人に対しても、そうなんだ」

 優人の声はわずかに震えていた。顔が青ざめているように見えるのは、暗いからだろうか。全校生徒の前で話すときも平然とした顔でいる優人がこんな風になっているのを、小蝶は初めて見た。

「だから……こんなことを言うのはわがままだとわかっているけど……これからも友達でいてくれないか?」

 それはほとんど嘆願だった。

 小蝶は目の前の優人の姿に、かつての自分の姿を見た。

 校外学習で、一人呆然として取り残された自分。そしてあの時、ヒーローのように自分を救ってくれた優人。

 どうして気がつかなかったのだろう。

 あの日、優人が小蝶の痛みに気がついてくれたのは、彼自身が同じような痛みを受けたことがあるからなのではないか。この世に祝福されて生まれてきたような優人もまた、誰かに傷つけられ、自分の足りない部分に苦しみ、それでも倒れないよう必死で足掻いてきた人間だったのではないだろうか。

 全ては推測に過ぎない。だけどそれくらいのことを頭に入れて優人と接していたなら、また違う結末があったのだろうか――――?

「当然です」

 小蝶は最後の力を振り絞って、とびきりの笑顔をつくった。

「それは私の方こそお願いすることです。これからも同じように仲良くしてください。大丈夫。明日からは、またいつも通りです」

 やっと優人は小さく笑った。

「ありがとう……」

 今度こそ本当に優人は行ってしまった。

 彼の姿が廊下の角に消えるのを見送って、小蝶はたまらずその場にしゃがみ込んだ。

「……うっ」

 ぽた、ぽたぽた、と床に水滴が落ちる。

「うっ、うぅ、うぅ…………」

 一度堰を切った涙は止まらなかった。小蝶は膝を抱えて声を殺して泣いた。一心不乱に泣いていて、隣に誰かが立ったのに気がつくのが遅れた。

「ほらよ」

 ハンカチを差し出される。

 友晴だった。

 小蝶は泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、下からハンカチを奪い取ると顔に押し当てた。

「……告白したのか、優人に」

 友晴がぼそりと尋ねる。

「まあね。結果はご覧の通りよ」

「そうか。まあ……、とりあえずはお疲れ様」

「どうも」

 雑に礼を言いながら、小蝶は立ち上がる。

 まったく。普段は大らかで何も気にしていない奴のくせに、こういうときにばかり小蝶の機微に敏感なのだ。それでいて下手な慰めも無神経な共感もせずに放っておいてくれるから、今日までこの幼馴染みとはうまくやれてきた。

 ただ、今だけは、少しだけ話を聞いてほしい気がした。

「……初めから、駄目だろうなとは思ってた。私が白黒付けたくなって暴走しただけの話なのよ」

「白黒付けなきゃならなかったのか?」

 友晴がかすかに首を傾げる。確かに彼にはわからない感情だろう。

「ええ。少なくとも私はね。誠実でありたかったの。会長に対しても、生徒会に対しても、……私自身に対しても。あんたは神経質だって笑うでしょうけど、私はそういう風にしか生きられない。だから、これで良かったの」

「そうか」

 神妙に頷く友晴の前で、小蝶は顔に当てていたハンカチを下ろした。

「私ね、告白は駄目だったけど残りの生徒会活動の方は完璧にこなすわよ。文化祭は最後の大仕事だし、ばりばり働くわ。それで会長にとって最高の右腕になってみせる。あんな素敵な人に認められたら、きっと幸せでしょ」

 彼女はしっかりと笑った。目尻も、鼻の頭もほんのり赤い。だが涙は止まっている。

 友晴は眩しいものを見るように、目を細めた。

「ああ……すごく良いと思う」

「でしょ?」

「うん。さあ、俺達も行こうぜ」

 友晴が小蝶の背中を軽く叩いて促す。

「岩水が用意してくれた花火が、思ったより参加人数が多いもんだからもう無くなっちまいそうなんだ。特にコーデリアが面白がって一気に2本も3本も火を点けるもんだから……」

「まーたあいつね。叱りつけてやらなきゃ、この私が!」

「ああ。その意気だ」

 いつもの調子を取り戻しつつある小蝶に、友晴は内心ほっとした。やはり小蝶はこれくらい勢いがあるくらいがちょうど良い。

 そうして二人もまた、中庭の集まりへと廊下を歩き出した。



「見てください、静花っ。綺麗でしょう!」

 コーデリアが両手持った花火をぶんぶんと振り回している。

 近くにいた生徒らは飛んでくる火の粉に身の危険を感じて、蜘蛛の子を散らすように彼女から離れた。

「コーデリア、危ないよ~」

 慌てて静花が止めに入る。

 離れたところで一人、ぼんやりと火花の色が変わるところを眺めていた優人も、

「コーデリア、危ないから花火は人のいるところで振り回しちゃ駄目だよ」

と顔を上げて注意する。

「おや。そういえば言ってましたね、危険な遊びだと。これは失礼しました」

 水の妖精コーデリア、自身が普段から清浄な水によって守られているため、火の危険が実感しにくいらしい。

「そうだよ。服に燃え移ったりすると火傷するかもしれないからね」

「なるほど……チヅルへのおしおきに使えそうですね」

「話聞いてた?」

 閃いたとばかりに目を光らせるコーデリアに、優人はこめかみを押さえた。

「いえ、本当に殺す気はありません。ちょっと脅かして泣かせるくらいですよ」

「殺さないなら良いってわけじゃないからね!?」

「正当防衛ですわ。今朝方も目を覚ましたらあの女、私によくわからない薬剤の入った注射を打とうとしていたので」

「君の家は本当にユニークだね……」

 優人はそう述べるにとどめた。コーデリアの同居人の人となりについては一応知っている。これ以上突っ込んだら、聞いたことを後悔するような話が出てくること間違い無しだ。

 そこに、

「おーっす、まだ花火残ってるか~?」

と、先程まで姿を消していた友晴が戻ってきた。隣には少し鼻が赤いように見える小蝶もいる。

「あっ、小蝶さん、基山君。二人の分は無くなったら困るから、別によけてあるよ」

 静花が脇に取り分けてあった花火の入った袋を持ってくる。

「ありがと。あんたは本当気が利くわねー」

 そう言って受け取る小蝶の声は、ほとんどいつも通りだった。

 静花はおおよそ何があったかわかっていたが、気づかないふりをした。小蝶の気持ちを考えるとやるせなかったが、それでもすぐに立て直した彼女を、静花は素直にすごいと思った。

 だがそんな小蝶も、

「ふふふ、感謝なさい」

という、無関係な上に本当に何も気づいていないコーデリアの一言に、ぴしりと額に青筋を立てた。

「あんたじゃなくて静花に言ってんの……っていうかコーデリア!こんな場所でロケット花火なんかぶっ放すんじゃない!っていうか誰よ、あんな危険人物にロケット花火を渡した奴は!?」

 ついに小蝶はわめき散らかす羽目になった。

 静花は気の毒に思いつつも、今度こそ本当にいつも通りの様子に、申し訳ないけどほっとしてしまったのだった。


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