小蝶、告白する7
「あー……」
駐車場から街へと繰り出していく高校生の群れの中、友晴は立ち止まり、頭を掻いた。 視線の向こうには、ぽつんと立ちすくむ小蝶の姿がある。皆が街歩きへの期待を胸に楽しそうに笑っているのに対し、彼女一人だけが途方に暮れたような顔をしていた。
「どうしたの?基山君」
声をかけたのは同じ班の優人だ。
「いや、ちょっと」
友晴は言い淀んだ。
だが優人は友晴の視線を追って、彼の見ているものに気がついた。
「青井さん?幼馴染みなんだっけ?」
「ああ、赤ん坊の時からの付き合いでな。まーたやらかしてんなって思ってたとこ」
友晴は答えながら、小蝶との関係はもう優人に話していたんだっけと思い出した。
4月に入学したばかりで、優人のことはまだよく知らない。だが穏やかで、よく気のつく「良い奴」だと友晴は認識していた。
「何かあったの?」
「多分、班が崩壊したっぽい。まあ、大体どこも崩壊して好き勝手やってるけど」
「うちは奇跡的に維持できてるね……なんでだろ」
優人の言うとおり、同じ班の他3人は特に勝手に離れていこうとはせず、彼らのすぐ傍を歩いている。友晴は優人の疑問を笑って流しながら、心の中で「そりゃお前が班長だからだよ」と言っていた。入学初日からその美貌と能力とで学園中からの注目の的になったような人間と運良く同じ班になって、わざわざ離れようとするわけがない。
そんな友晴の内心も知らず、優人は眉をしかめた。
「でもそれなら特別、青井さんが「やらかした」ってわけじゃないんじゃないの?他も崩壊してるんだから」
「それはそうなんだけど。あいつ、昔から真面目なのは良いんだけど、頑なすぎるんだよ。大体それで周りと衝突してる」
友晴にしてみれば、いつものことだ。
小蝶はいつも正しいことを重んじる。だが正しいことが皆にとって良いこととは限らないのだ。そのことを彼女はなかなか理解しようとしない。
友晴は長い付き合いなのでそんな小蝶の性格も理解しているし、受け容れている。ただ彼女自身のために、「もっと上手くやれば良いのに」と思う。
友晴の言葉を聞いた優人は、
「……なるほど」
と小さく呟く。そして「ちょっと待ってて」と言うと、一人で小蝶の方へと歩き出した。
「おい、日多木!?」
驚く友晴を残して優人は小蝶の正面に立つと、
「青井さん?」
と笑顔で声をかけた。
「……え?」
思いも寄らぬ人物に話しかけられ、小蝶はぽかんとした。
「今、身体空いてる?僕らの班のこと手助けしてほしいんだけど」
「手助け?」
「そう。僕、班長なんだけどさ。地図を読むのが苦手だから、このままだと全員をアスファルトジャングルの奥地に遭難させそうで」
優人はそう言って、地図をずいと差し出した。
「で、でも」
「駄目かな?一緒に目的地まで経路を見てくれると、すごくありがたいんだけど」
「わ、わかりました」
優人の態度は強引ではなかったが、とても困っているという様子を前面に出していた。
小蝶はこの状況にまだついていけないながらも、流されるように地図を受け取った。
「じゃあまずこの海浜公園だね。見てみてくれる?」
「はい、ちょっと待っててください」
小蝶が地図と優人の班の予定表を見比べながら経路をチェックする。
その間に優人は他の班員に、「そういうわけで青井さんに協力してもらうことにしたから、皆もよろしくねー」と声をかけた。
皆、思うところはあるような顔をしつつも「まあ、日多木がそう言うなら……」と頷いた。
友晴は隣に戻ってきた優人にだけ聞こえるように、
「……お前、すごいな」
と言った。
「いや、彼女、入学して最初の地理のテストが学年1位だったはずだし。これで僕も今日は心配事が解消されてリラックスして楽しめるよ」
優人は何でもないことのように言って、頭の後ろでぐっと肩と腕を伸ばす。リラックスの表現らしい。
「基山君も仲良いなら大丈夫でしょ?」
「それはそうなんだが」
友晴はそう応えながらちらりと、小蝶の方を窺う。
地図に目を落とす小蝶の横顔。指先が小さく震え、その頬は紅潮していた。
今まで見たことの無かった幼馴染みの姿に、友晴はそっと目をそらした。
その日、小蝶は最後まで優人の班に同行した。
初めこそ微妙な顔をしていた他の班員も、優人が完全に道案内を小蝶に任せており、小蝶が完璧にその役回りをこなしていたことから、彼女のことを認めたようだった。最終地点に着く頃には班員全員と、経路には関係の無い雑談も交わせるくらいになっていた。
本来の小蝶の班のメンバーは、置いていった彼女が優人とお近づきになったことに悔しい思いをしたらしい。一人で良い思いをした小蝶に対し、後から嫌味を言う者もいた。
だが小蝶はそんなこと、気にもならなかった。
小蝶は人生で初めて、恋をしたのだ。
優人がもし小蝶を単に自分の班に入れて「あげた」というだけだったなら、小蝶は反発しただろう。ひとりぼっちに哀れみをかけられたのだと、屈辱で優人の申し出を断ったに違いない。
だが優人はあくまでも「自分を助けてほしい」という名目で小蝶を自分の班に引き入れた。小蝶のプライドを傷つけない形で、小蝶を助けてくれたのだ。
こんな優しい人を、小蝶は他に知らない。
だから優人から生徒会に誘われたときも迷わず承諾した。
この人の役に立ちたい。この優しい人を困らせるような奴から、私が守りたい。
それはあまりにもまっすぐで不器用な、忠誠心にも似た恋だった。




