小蝶、告白する6
青井小蝶が初めて日多木優人を意識したのは高校1年生の春の校外学習のことだった。
このとき小蝶と優人、友晴は同じクラスだった。
優人は入学当初から周囲に一目置かれており、女子からの人気は既にすごいことになっていた。恋バナには必ずと言って良いほど名前が出たし、休憩時間には優人を一目見ようと教室を覗き込んでくる女子生徒が後を絶たなかった。
そういう状況は把握しながらも、小蝶自身は優人に対して特に興味も無かった。顔が綺麗で勉強もすごくできるクラスメイトというくらいの認識で、話しかけたいという気持ちも特に無かった。
そもそも恋愛に割く心の余裕が、この頃の小蝶には無かった。
小蝶は真面目だ。気が強く、プライドも高い。やるべきことはきちんとやり遂げるし、正しくないと思ったことははっきり言う。
そんな彼女の厳しさは決して誰にでも受け容れられるものではなかった。怒る人間もいたし、恐がる人間もいた。それなりの頻度で周囲と衝突した結果、当然ながら彼女はあっという間にクラス内で孤立した。
小蝶の方も別にそれで良しとしていた。自分の正しさを曲げるくらいなら、一人になっても別に構わない。寂しさと、他人と上手く付き合えないという劣等感は彼女をひどく苦しめたが、だからといって自分の生き方を変える気は無かった。
だが学校とは協調性を学ぶ場であり、否応なしに集団行動を強要してくるものなのである。彼女にとって最初にして最大の試練が訪れたのが、校外学習だった。
1年生の校外学習の行き先は県の都心地域だった。班ごとに官公庁や寺社仏閣など目的地とルートを決め、計画に沿って散策する。学園生活最初の大きなイベントだ。
まだ入学したばかりでお互いが顔見知りレベルという1年生のために、教師の方で5、6人の班分けを決めた。小蝶の班は彼女の他に男子2人、女子2人の合わせて5人だった。
授業の一コマを使って班ごとに旅程を立てる時間を設けられたが、女子2人は関係の無いことをぺちゃくちゃと喋っていて、男子2人はこっそりと携帯ゲーム機を持ち出してそっちに夢中になっている。誰もやる気が無い。
小蝶一人が「まずは先生に言われたように班長を決めないと……」と呼びかけるが、誰の心に響いた風も無い。
それでもしつこく言い続けると、女子の一人が随分手をかけてセットしているらしいストレートの長髪を揺らして、
「今、仕切ってるあんたが班長やればいいじゃん」
と面倒くさそうに言った。
仕方なく小蝶は頷いた。
これでようやく旅程について話し合えると思ったが、男子生徒も「あー、勝手に決めといてくれればいいから」とゲーム機から顔を上げようともしない。
話し合いの時間も残り少なくなっていたので、小蝶は腹を立てながらも一人で地図を見ながら予定表を埋めていった。「この様子で当日は大丈夫なんだろうか」と思ったが、どうしたらいいかわからなかった。
校外学習当日、彼女の不安は見事に当たった。
1年生は大型バスで都心の比較的落ち着いたビル街の駐車場へと運ばれた。
その場に並んだ生徒らを前に、学年主任が散策するにあたっての注意や心得をこまごまと述べる。そろそろ飽きてきた生徒がひそひそ話など始めた頃に、ついに教師が「解散」と告げた。
その途端、小蝶の班は彼女一人を残して、他の4人全員が勝手にあっちこっち好きな方へ行ってしまったのである。
「ちょっと待ってよ……班行動でしょ!?」
仰天した小蝶が後を追う。
一番近くにいたのが、長髪ストレートの彼女だった。初め彼女は小蝶の声を聞こえないふりしていたが、小蝶が追いついて後ろから肩を掴むや、立ち止まって小さく舌打ちをした。一緒にいた他の数人の女子生徒に「ごめん、すぐ追いつくから先に行ってて」と言うと、苛立たしげな顔で小蝶に向き直った。
「先生がついてくるわけじゃないんだから、別に好きに行動していいでしょ。最後に集合場所に全員揃っていれば文句言われないわよ」
「そういうわけにいかないでしょ。班で行動するって決まりになってるじゃない。私は班長なんだから、班の全員に対して責任がある……」
「あんたさぁ、お勉強はできるようだけど本当は馬鹿なんじゃない?」
「な……」
思いもよらないきつい言葉に、小蝶は固まった。
「周り見てればわかるでしょ。みんな班行動なんか守ってなくて、好きな相手と一緒に行こうとしている。先生達だって気がついてるけど、黙認してるのよ。誰だってせっかくのイベントで気の合わない人間と一緒に動きたくなんかないんだから。「暗黙のルール」ってやつよ、わかる?」
彼女の態度は、まるで常識の一つも知らない馬鹿に対するそれだった。こんな取るに足りない人間のために、怒る時間も言葉ももったいないと言わんばかりに、顔いっぱいに不快さを顕わにしていた。
「だからあんただって仲の良い子のところに行けば良いじゃない……って、ああ」
そこで初めて彼女は密やかに笑い声を立てた。
「そもそもあんたって友達いない?だから私らのこと引き留めてるわけ?一人にならなくて良いように」
そう言い捨てると、彼女は小蝶に背を向け先に行った仲間達のもとへと駆けていった。
小蝶はもう追いかけなかった。例え彼女の言うことが間違いで、小蝶の方が正しかったとしても、追いかけることなどできるはずもなかった。
ただ、その場に呆然として立ち尽くしていた。




