小蝶、告白する1
青井小蝶は腕で額の汗を拭いながら校内を歩いていた。白い廊下が窓から差し込む強力な日光をぎらぎらと照り返している。
8月の昼下がり。暑さは最高値を更新し続けている。
いつもなら生徒会室へ直行するのだが、今日は反対方向の2年生の教室の並びへと向かっていた。
4組――自身のクラスの引き戸を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
この時期になると学園側が教室に冷房を入れて、夏休み中の生徒達に勉強場所を提供してくれる。小蝶はようやく暑さから逃れてほっとするも、すぐに眉をしかめた。
4、5人の女子生徒が教室の真ん中にその辺の机を何台かくっつけて座り、きゃあきゃあと笑い声を上げている。机の上には教科書やノートが散らばっているが、手を付けた様子が無い。勉強会という名目で集まったものの、すっかりおしゃべりに夢中のようだ。隅の方で真面目に参考書を開いている何人かの生徒が不愉快そうな視線を送っているが、気にしたそぶりも無い。
小蝶はこの光景を見ると、回れ右して教室を出ていきたくなった。だがそれではわざわざここまで来た意味がなくなってしまう。自席に用があるのだが、それはまさに今、彼女らが我が物顔で座っているものだった。
仕方なく、「ちょっとどいて」と言って、そこに座っている少女を脇にのけて机の中をまさぐる。英和辞典を取り出すと、それを肩にかけた鞄にしまった。
そっけなく「どうも」と言って背を向けたところで、
「あれ、青井さんじゃーん。勉強しに来たの?」
と声をかけられた。
振り返ると、そこにいた女子グループの一人がにやにやとしながらこちらを見ている。
「……電子辞書が壊れちゃって。仕方ないから紙の辞書を取りに来たのよ」
面倒だなと思いながら、簡潔に答える。
小蝶は普段、電子辞書を使っているのだが、それが昨日壊れてしまったのだ。そこで新しい電子辞書を買うまでのつなぎとして、教室に予備として置いていた紙の英和辞典を取りに来たのだった。
「へぇ、勉強も頑張ってるのね。生徒会もやってるのに」
「ほんと、真面目で尊敬しちゃう」
言葉とは裏腹にその声にはからかいの色がたっぷりと含まれているのを、小蝶は聞き逃さなかった。
彼女らは小蝶の顔をちらちらと見ながら、顔を見合わせ笑っている。
「えー。でも生徒会でしょ?日多木くんと一緒じゃん。あの顔面を間近でずっと見てられるなら、多少の労働は許せるでしょ」
「顔目当てじゃん。やば。超不真面目」
などとさんざん好きなことを言った挙げ句、
「で、実際どうなの?」
と小蝶本人に水を向けてきた。
「どうって何が?」
小蝶は苛立ちを抑え、固い声で聞き返した。
彼女はわかっている。この問いかけに深い意味も、隠された意図もない。ただの暇つぶしだ。目の前の少女らは、クラスの中にいるどうでもいい人間をダシにして、自分達がひととき盛り上がることができれば良い。そういう考えで、大して興味も無い小蝶に話を振った。だから小蝶の方も、適当に流していればそれで終わる話なのだ。
小蝶の方はくだらない雑談などしたくもないので無視を決め込みたいが、彼女らはクラスメイトだ。今後の教室内での付き合いを考えると、最低限の礼儀として相手をしてやらなければならない。
そんな彼女の内心に気づいているのかいないのか、少女らはぺらぺらと続ける。
「生徒会活動なんてめんどくさいじゃん。だったらご褒美がないとやってらんないでしょ?」
「そうそう、良い子ちゃんのボランティアだもんね。そんなところに入るなんて、やっぱ青井さんも真面目な顔して、日多木くん目当てなわけ?」
「会長とお近づきになりたいから生徒会に入ったんでしょ?」
――今年から入った変な外国のお嬢とか地味な眼鏡が、まさにそんな感じじゃん?
その言葉に、小蝶の我慢は早々と限界に達した。
「私は会長……日多木君のことは尊敬している。だから助けになりたいと思って生徒会に入ったのよ。それだけ!」
叩き付けるように言うと、彼女らに背を向けて足音も荒く教室を出る。
ぴしゃりと閉めた扉の向こうでは、
「何あれ、感じ悪ーい」
「図星だったんじゃないのー?」
と変わらず薄っぺらい会話が続いていた。




