悪役令嬢、プールへ行く10
静花は絶叫系のアトラクションがとにかく苦手だった。家族で遊園地に行ったときのことは結構なトラウマだ。
大体ジェットコースターなどは二人並んで乗る仕様で、四人家族で静花が乗ることを拒否すれば、必然的に誰かが一人で乗ることになる。そんなことは許されるわけがないので、嫌々付き合わされて地獄のような時間をやり過ごさなければならなかったのだ。
そんな記憶が頭の中をぐるぐると駆け巡り、静花はますます動けなくなった。
だが、
「シズカっ、今のうちに逃げるんですっ」
切羽詰まったコーデリアの声にはっとする。
彼女は悪漢から絶え間なく繰り出される拳をぎりぎりでかわしながら、静花に呼びかけているのだ。このままここに留まればコーデリアの足手まといになるのは明らかだった。
「静花さん!」
下から優人の心配を滲ませた声。
そして、
「井本!お前ならできる!頑張れっ」
という一法の勇気づける声が続く。
静花は覚悟を決めた。
震える足に活を入れる。どうにか立ち上がると、中腰のままウォータースライダーの入口へと駆け寄り、トンネルの中に身を滑らせた!
ウォータースライダー<リヴァイアサン>。
岩光グループの運営する大型レジャープール<ウォーター・キングダム>が誇る日本一スリリングなウォータースライダーである。全長140メートル、高低差18メートル。平均勾配40度のチューブを静花は滑走する。
「きゃぁぁぁ――――――――っ!!」
初めこそ足を伸ばして座った姿勢でいた静花は、時速40キロメートルというスピードで落ちたり回ったり、直線と曲線が交互に来るコースレイアウトで気がつけば仰向けの状態で流されるままとなった。まるで嵐の中の小舟のようだ。チューブの中は薄暗く、外の様子もわからず、目が回る。不安も恐怖も吹き飛び、ただただ終わりを待つだけの心境。
静花の体感に反して、決して長い時間ではなかっただろう。急に光を感じたかと思うと、静花の身体は着水プールの上を飛んでいた。
「ふぇっ」
唐突な浮遊感にようやく我に返るも、今度は重力により水面へと派手な水しぶきを上げて突っ込んでいた。
状況に追いつけず水中で泡を吐き出して苦しむ静花の両腕が上から引っ張り上げられる。
「大丈夫か、井本!?」
「息できる?水飲んでない!?」
二人がかりで引っ張り上げてくれたのは一法と優人だった。
静花はごほごほと水を吐き出して、やっと自分がウォータースライダーを滑り降りて、地上に生還したことに気がついた。
優人が背中をさすってくれて、
「だ……、大丈夫、です……けほっ」
まだ意識がふわふわするものの何とか返事をする。
反応があったことで一法と優人はほっと表情を緩めた。
「……!そうだ、コーデリアはっ!?」
静花は重たい頭を振り上げて、先程まで自分がいた場所を仰ぐ。ここからでは距離と角度でよく見えないながらも、コーデリアとパーカーの男は未だ激しく争っているようだった。
「一法君、こっちは僕に任せて。君は静花さんとプールから上がって、怪我がないか確認して、必要なら休ませてくれ」
「で、でも……」
優人の言葉に静花はためらう。
その様子を見て優人が、
「コーデリアは君に何かあった方が悲しむだろう?」
と困った子供に言い聞かせるように微笑みかけてきた。
合わせて一法が、
「井本、行こう」
と言って、施設の隅にある事務所へと手を引く。そこになら救急箱や簡易ベッドがある。
静花は何度も後ろを振り返りながらその場を後にした。
一方、ウォータースライダーのスタート部。
コーデリアは滑走路側、パーカーの男はここまで登るための階段側に立ち、対峙している。
コーデリアが手のひらにサッカーボール大の水球を生み出し、男へと撃ち出した。
魔術を一般人に見られてはいけないことはすっかり頭から抜け落ちていた彼女だったが、すぐ傍に静花がいる状況で魔術を使えば危ないということはしっかり念頭に置いていた。静花がこの場から離脱した今、己に魔術による攻撃を解禁する。
男は最初の一つこそ拳にまとわせた魔力で弾いたものの、コーデリアは止まらない。続けて雨あられと水球を男に降らせてくる。
ここに来て態勢は完全にコーデリア有利へと傾いた。
もともといくらコーデリアでも男相手の腕力勝負は厳しい。ましてや背後の静花を気にしていたのである。そこから解放され、魔術を用いた中間距離での戦いとなれば、彼女を抑えるものは何もない。強いて言うなら水着を気にしてタオルを被っているために、動きがかなり制限されていることくらいである(その格好で肉弾戦ができているのがコーデリアの恐ろしいところなのだが……)。
男は防ぎきれず無数の水球をまともにくらい、背中を背後の手すりにぶつけてその場にずり落ちる。
手足をぐったりと落とした男の姿に、コーデリアは相手を戦闘不能と判断し攻撃をやめた。
「さて、なぜこんなことをしたのか理由を聞かせてもらいましょうか?」
優雅な足取りで歩み寄り、俯いた男を見下ろす。その声には隠しきれぬ不機嫌が滲んでいた。
おそらくこの男は千絃と同様、「模造生命」とやらの秘密を探るために近づいてきたのだろう。コーデリアはそう検討づけていた。だが不審なのはわざわざ人目のあるところで彼女にちょっかいをかけてきたことだ。
この男はほぼ確実に魔術師だ。であれば魔術の露見を恐れる以上、もっと誰にも気づかれず用意周到なやり方で彼女に迫るはずだ。
それなのにこの醜態。まるでちょっかいをかけることそのものが目的だったみたいに……。
まあそんなことはどうでもいい。問題は静花を人質にとったことだ。静花を害するような人間は万死に値する。ろくでもない答えであれば、すぐにでも息の根を止めてやろう。コーデリアがそう決めた、そのとき、
「……」
男がわずかに顔を上げた。




