悪役令嬢、プールへ行く3
「よし、やるぞ!」
書庫の整理は1学期の終業式の翌日、つまり夏休み初日に決行された。
生徒会役員は学校に着くや否や、すぐさま体操着に着替えた。汗もかくし、汚れること必須だからである。
優人が決死の面持ちで書庫の鍵を開ける。途端に普段開けない部屋特有のむっとした空気と息の詰まるような臭いが廊下にあふれ出した。優人はそれを極力気にしないようにして、まっすぐに書庫の奥まで入り、窓を開けた。新鮮な空気が入ってきて、少し息がしやすくなる。
「まずは古い書類を先に出しちゃいましょう。会長は向こうの棚の会計書類を、友晴はこっちの棚の行事関連をお願いします。両方とも5年前のものを出して。コーデリアは奥の棚のアンケートから3年前のものを、静花は左の方の棚から日報の5年前のものをお願い。私は名簿を片付けるわ」
小蝶の指示で、役員はそれぞれの受け持ちに取りかかる。
「わかった。廃棄用の段ボールは足りるかな?」
「去年より多めに用意してるから大丈夫だと思います」
「シズカ、アンケートというのは……?」
「そっちの小さい方の束だよ。表紙に廃棄年度が書いてあるはず……あ、これだ。ここのあたりは全部廃棄だね」
コーデリアは静花に教えられながら、書類の山に悪戦苦闘している。
その向こうで友晴が、
「ぶえっくしゅっ」
と大きなくしゃみをした。
「ちょっ……汚いわね!」
「俺、ダニとかハウスダストとか駄目なんだよー」
「生徒会室に予備のマスクがあったと思うから、取ってくるよ」
鼻を啜る友晴を見て優人が一旦部屋を出ようとするが、
「会長、放っておいてください。本人に行かせれば良いんですから」
小蝶がすげなく言って捨てる。
友晴の方もそこは素直に自分でマスクを取りに行った。
最初こそ全員が黙々と取り組んでいたのだが、季節は夏。普段使わない部屋にはエアコンも無く、暑さに生徒会の面々はだんだんと集中力が落ちてきた。おまけにこの手の整理が不得意な人間が複数名いるのである。
「ちょっとコーデリア、そっちはまだ捨てちゃ駄目!そのアンケートは去年のよ」
「えぇ……、もうどうせ見直さないアンケートでしょう?捨てても良いじゃないですか」
「リスト通りにやれって言ってんの。あんたの主観で決めるんじゃないわ」
案の定、真っ先にコーデリアが適当なことをやり始める。
小蝶は彼女をどやしつけると、今度は友晴にロックオンする。
「友晴も、この要項は4年前のじゃない。保存年限の5年を過ぎてないでしょ!?」
「でも3年前のも無いぞ。それならもう4年前のも捨てて良いじゃん」
「良いわけないでしょ。くっ……去年の生徒会にもいい加減なことして捨てた奴がいたのね……っ」
頭を抱える小蝶。過去の生徒会の連中も決してちゃんとしているわけではないので、現生徒会役員にもなかなか完璧を求められないのがつらいところである。
まあこの二人が足を引っ張るであろうことは小蝶も予測していた。だが心配ないだろうと放置していた静花が、
「うわ、この議事録ってもう古いけど、文化祭の経費について教師側が一切口出ししないっていう言質取ったときのだ。これ、捨てて良いのかな……いや、今後何かあったときのために取っといた方が……証拠として…………」
といそいそと書類を棚に戻し始めたのを見て、
「良いから!捨てて良いのよ!心を無にしてリストに従って淡々と捨てなさいっ」
小蝶は吠える羽目になった。静花の心配性にも困ったものだ。小蝶はこの暑いのに怒鳴りすぎてくらくらしてきた。
「まったく、どいつもこいつも困ったもんですね、会長……会長?」
癒やしを求めて優人の方を見ると、なぜか彼は書類の束を持って震えていた。顔色も悪い。
「見てよ、小蝶……これ。当時の会計がメモを付けているみたいなんだけど」
優人が差し出したのは5年前の小口現金出納帳だ。ずらりと数字が並ぶ帳面の、あちこちに付箋が貼られている。付箋には一枚一枚、細かい文字がみっちりと書き込まれていた。曰く――、
<4/21 書記の希望でボールペン購入。後から未使用のボールペンが大量に発見された。ちゃんと探してから、購入希望出してこい。無駄遣いと言われたら嫌だから、古いのは処分した>
<5/15 副会長の○○高校訪問の旅費。最安値のルートを使えって言ってるのに、速いからって別ルートの値段を請求してきやがった。話聞けよ>
<6/30 締めで500円合わないけど、とりあえずお菓子代ってことにしとく。会長の追求がうざいから>
おそらく公にはできない情報だが、もし何かあったときに思い出せるよう備忘録として残しておいたものだろう。出納帳に直接書き残したくはないから、誰かに見られるときにはすぐに剥がせるように付箋にしたと思われる。
その意図は理解できるが、単なる状況だけを書いておけば良いものを、個人的な感情まで書き連ねているのが怖い。呪いの日記のような空気が醸し出されている。卒業する前に全て処分してくれていれば良かったのに。
「これを見てるとさ、当時の生徒会はきっと空気が悪かったんだろうとか、月末に数字が合わないのに出納帳を無理矢理締めていたなんて怖いなあとか、もしかして僕もこういう風に役員の皆にプレッシャーかけたり嫌な思いさせてるんじゃないかなあとか、いろいろ考えちゃって……」
「捨ててください、会長っ。感情移入する前に!!」
今はもういない卒業生達の心情を想像し、共感して落ち込む優人に小蝶が吠える。まさか優人にまで怒鳴ることになろうとは。
かくして小蝶ががみがみ叱りつけ、コーデリアが書類の山を崩落させ、静花がうっかりその下敷きになったり、優人と友晴が段ボールを抱えて駆けずり回ったりして、午前中はあっという間に過ぎた。
どうにか今年の分の書類を空いたスペースに滑り込ませ、優人が書庫の鍵を閉めた頃には全員、暑さと重労働でくたくただった。
だが皆の疲労を吹き飛ばすように、コーデリアが元気よく拳を振り上げる。
「さあ、ここからが本日のメインディッシュ――――プールへ行きますわよっ!!」




