悪役令嬢、プールへ行く1
「見なさい、コーデリア!」
6月も半ばの放課後、生徒会室にて。小蝶が小さな紙片をコーデリアの眼前に突きつけた。
「?……何ですの?」
「何……ってあんた、忘れたの!?」
怪訝そうな顔をするコーデリア。
小蝶は思ったような反応を見せない彼女に苛立ち、紙片の左右をぴっと引っ張って、これでもかと見せつける。
2年4組 出席番号2番 青井 小蝶 中間テスト総合順位――――9位。
彼女が持っていたのは中間テストの個人別成績表だった。
他の生徒会役員らもわらわらと小蝶とコーデリアの周りに寄ってくる。
「うわぁ、すごい……学年の10位以内だね」
「今までで最高順位じゃないか?」
「しかも数Aは満点取ってるね。あんなに問題数多かったのに」
皆が素直に感心し、小蝶を褒めそやす中、コーデリアだけが首を傾げていた。
「で、それが何か?」
「あんたマジで覚えてないわけ?私と賭けをしたこと」
「賭け?」
コーデリアはまだ不思議そうな顔をしている。
脇では優人が「賭け」という不穏なワードに固まっていた。
業を煮やした小蝶がコーデリアに人差し指を突きつけて怒鳴る。
「中間テストの成績であんたが負けたら一人で生徒会室の資料整理、私が負けたら体育祭の慰労パーティーを企画・幹事するって約束したじゃない!?」
「……ああ!すっかり忘れてましたわ」
ようやく拳をぽんと打つコーデリア。
「忘れてた、ですって?」
「ええ、完全に」
眉を吊り上げる小蝶に対し、コーデリアはみじんも動揺していなかった。
「それにしてもあんなに大変だった体育祭準備期間よりも前の話をよく覚えていますわね。あれだけ忙しく過ごしながら、今日に至るまで私に対して闘志を燃やしていたとは。さすが勉強ができる人は記憶力も良いのですね」
「馬鹿にしてる?」
「いえ、普通に尊敬していますわ」
ぴりぴりとした空気に静花が目に見えておろおろし始める。
実は彼女もコーデリアと小蝶の賭けのことはすっかり頭から抜け落ちていた。それというのも生徒会の仕事で忙しかったからというのに加え、コーデリアのテスト勉強が予想以上に困難を極めたからである。
もはや小蝶との戦いではなく、赤点との戦いであった。一緒に勉強を教えていた一法は最終的に、「もうこれっきりだ……次からは金輪際お前の家庭教師なんかやらねぇ……」と床に倒れ伏してぶつぶつとうわごとのように呟いていたくらいである。
小蝶としては自分が勉学のことでコーデリアに負けるとは考えられなかったものの、万が一のこともあると思って普段以上に熱心にテスト勉強に取り組んでいたのである。それなのにコーデリア本人は言うだけ言って忘れていたときた。危うく堪忍袋の緒が切れそうになったが、それではいつまでも本題には入れないので、咳払いを一つして気を取り直した。
「……まあいいわ。で、あんたの順位は?」
「…………145位ですわ」
コーデリアは眉間に皺を寄せながらも、正直に答えた。下から数えた方が速いくらいの順位である。
「じゃあわかってるわね?資料整理、やってもらうわよ」
「くっ……仕方ないですわね」
「素直でよろしい」
「ちょっ……ちょっと、待って!」
コーデリアと小蝶のやりとりを固まったまま聞いていた優人が、ここでようやく我に返って話を遮った。
「成績の勝負?とか、初耳なんだけど……」
「会長はお気になさらず」
「ええ、全ては自分でまいた種。約束は守りますわ」
二人は優人の方を見ようともしない。彼女らの間ですっかり話はついているという体だ。
「いや、さすがに放っておけないよ。内容が思いっきり生徒会の業務に絡んでるじゃないか」
基本的に優人はコーデリアと小蝶の小競り合いについては静観の姿勢だ。二人がぎゃーぎゃー言い合っている様子を、「元気で良いね」とお茶を飲んで眺めているくらいである。
だがさすがに賭け事となると穏やかではない。それも生徒会の業務をだしにされたら、生徒会長で生徒会業務の責任者である優人としては黙っているわけにはいかないのだ。
「う……っ」
「むぅ……」
常になく厳しい姿勢をみせる優人に、コーデリアと小蝶は揃ってうなだれる。




