悪役令嬢、テスト勉強する8
コーデリアが安心させるように静花の肩を抱き、一法は立ち上がった。
「多分、千絃だろう」
と即断する一法。
「ええ。また屋敷のどこかを破壊したんでしょうね」
と溜め息を吐くコーデリア。二人ともあっさりしたものである。
「えっ、どういうこと?千絃さんは無事なの!?」
一人だけ驚いて二人を交互に見る静花に、コーデリアがにっこり微笑みかける。
「心配いりませんよ、シズカ。いつものことです。この家は大体三日に一度はどこかが焼けたり、穴が開いたり、崩落したりしています」
「そ、そんなに……」
絶句する静花と、
「そのうち半分はお前がやってるって話だけどな」
冷静に指摘する一法。事実である。
一法の発言についてはさらっと流して、コーデリアは続ける。
「まあ、チヅルは魔術師ですから仕方ないでしょう。魔術に創造と破壊は付きもの。そのあたりは理解しているので、主人たる私も普段は大目に見てあげているのです。でもシズカを怯えさせてしまったのなら、後でおしおきしておきますわね」
「それはいいよ……」
静花は遠慮した。
静花が怯えたせいで千絃がおしおきを受けるのは何とも寝覚めが悪い。それにコーデリアが千絃におしおきするとなれば、今までのパターンからしてさらなる破壊が積み重ねられるに違いない。静花はそのうちこの屋敷が全壊し、まったくの更地になってしまうのではないかと心配になった。
「俺はちょっと様子見てくる。お前らはちゃんと勉強してろよ」
そう言って一法が部屋を出ていく。冷めた態度をとってはいるものの、何だかんだ彼は責任感が強いし、千絃とはそれなりに仲が良いのだ。
「う、うん……」
あとには静花とコーデリアが残された。
* * *
ドラゴンの鋭い爪を持つ巨大な前脚が千絃に向かって勢い良く落ちてくる。防御のための魔術を編み上げるのも、もはや間に合わない。
千絃は悪あがきを承知の上で頭の上で両腕をクロスさせ、そこに魔力を集中させる。せめてもの緩衝材としてダメージを軽減しようという目論見だ。覚悟は決めたものの反射的に目は閉じてしまう。
凄まじい轟音と振動。だが予期していた衝撃はいつまで待っても訪れなかった。
千絃はおそるおそる目を開き周囲を窺う。未だ土煙が立っていたが、どこにもあのドラゴンの姿は無い。
裏庭にいるのは千絃、ただ一人だった。
「まさか、幻覚……?」
まさか、というより、本来ならそれが当たり前だ。ドラゴンなんて最大最強の幻想生物、そう簡単に呼び出すこと、あるいは造り出すことなどできるはずがない。
ただ、幻覚だとすればかなり恥ずかしい。存在しないものを相手に千絃は右往左往していたことになるのだから。魔術師ならば幻とそうではないものの違いなどわかって当然なのに。
「でも……」
ドラゴンの吐いた炎は本物だったはずだ。間近で熱さを感じたし、地面の雑草が焼け焦げている。さらに彼女の目の前の地面は大きく抉れていた。爪の部分が深く窪んだ脚の形。間違いない、奴が振り下ろした右足の足跡だ。
不思議なことに敵は千絃を直接攻撃することはせず、彼女の足下すれすれ、地面に前脚を叩き付けるだけで済ませたらしい。脅し、だったのだろうか。
「ん?」
ドラゴンの足跡のところに、小さな黒い物体が落ちていることに気がついた。注意深くそれを拾い上げる。しなしなに炭化して萎れた細い棒だ。
「マッチ…………?」
なぜそんなものがここに?土煙がおさまり、再び静まりかえった裏庭で、千絃は一人思案に暮れた。
* * *
「コーデリア、ここ、丸付けてるけど間違ってるよ」
静花は問題を一つ解き終えて、ふと目に入ったコーデリアの漢字ドリルを見て、言った。開かれたページはちょうど自己採点を終えたところの漢字ドリルだ。
一法が部屋を出ていってから、二人はやっとテーブルの上の問題集に手を付けていた。静花は苦手な数学の問題集を。コーデリアは「とにかくまずは文章が読めなければどうにもならない」と漢字ドリルを。
「え?」
「これ、烏だよ。鳥じゃなくて」
「同じでは?」
コーデリアが首を傾げる。
「画数が一本違うんだよ」
言われてコーデリアは自分の書いた字と解答の字を見比べて、
「こんなのズルいですわ……!」
と頭を抱えて呻いた。
「間違い探しみたいだよねー」
途方に暮れたコーデリアの様子に静花は笑う。
漢字ドリルの一問だけでここまで反応を返す姿は面白いし、なんだかかわいい。
コーデリアの方はというと少しすねた様子で、
「シズカは漢字が得意ですよね」
と言った。
静花は目をぱちくりとさせる。
「そんなことないよ、普通だよ」
「いえ。そんなことはありません。同じ日本人でも漢字が不得意な人はいます。現にコチョウがトモハルの書く書類は漢字のミスばかりだと嘆いていましたよ」
「基山君はおおざっぱだからねぇ……でも確かに私は漢字は比較的得意な方なのかも。プレイしているゲームがノベルゲームだからかな?」
大体、国語が得意な人間は普段から本を読んでいるタイプが多い。漢字についても、読書家の方がさまざまな漢字にふれる機会が圧倒的に多いため、覚えやすいのだろう。静花がやっている乙女ゲームもノベルゲームで、広義の小説なわけだから、本を読んでいるのと同じ効果を得られているのではないだろうか、多分。
「毎日ゲームしていますものね」
「うっ……、生活に支障が出るレベルのゲーマーですみません…………」
コーデリアの発言は何の意図も無い、ただ事実を言っただけのものであったが、この時の静花の心にはひどく深く突き刺さった。先程の自宅での出来事が静花の頭をよぎる。妹の嘲笑、母と父の冷たい、呆れた目。




