悪役令嬢、テスト勉強する5
コーデリアの回答はあっさりしたものだった。
「いえ、特には」
これに静花は目を点にし、千絃もひっくり返りそうになった。
「えっ、マジ?普通は異世界に来て数週間もすれば、ホームシックにかかって「元の世界に戻りた~い」とか言い出すのがお約束でしょ?そうなったときにあんたをこの世界に出現させた魔術を解析しておくことで、帰還に必要な術も組み立てられる可能性がある。それがあんたのためになると考えていたんだけど」
「私、とりたてて元の世界に戻りたい理由は無いんですよね。それに「なぜ私がこの世界に来たのか」というのも興味ありませんし。今、ここにシズカがいて、私がいる。それで二人で楽しく暮らせているのだから、その理由や仕組みなんて正直どうでも良いですわ」
コーデリアの表情はいつも通りで、無理している様子も無い。心底、言葉の通りに思っているのだろう。
「コーデリア……!」
一方で静花は心の底から安堵していた。これからもコーデリアと一緒にいられる。静花は喜びのあまりコーデリアに抱きつき、彼女もまた満足げにそれを受け止めた。
二人の様子に千絃が舌打ちする。
「仲の良いことで。あーもう、わかったわよ。じゃあ私は純粋に私の知識欲のために模造生命の魔術を研究することにしますっ」
お茶の用意を全て済ませ立ち上がろうとした千絃に、
「それはそうとチヅル」
と、コーデリアから「待った」がかかった。
「先程あなたは術式がゲームに刻まれているとしか考えられないと言っていましたが、可能性としてはもう一つありますわ」
「何よ?」
千絃が不機嫌そうに振り返る。
「シズカの術式によって私の出現が引き起こされたという可能性です」
「静花の?」
「ど、どういうこと?」
コーデリアの言葉に千絃が目を見開く。
静花は全く意味がわからず、コーデリアを窺った。
「私はこの世界に飛び込む直前、シズカ、あなたの声を聞きました」
コーデリアが静花の目を見て言う。
彼女の深い青色の眼差しをまっすぐに受けて、静花の脳内に出会ったあの日のことが昨日のようによみがえった。
三人娘に取り囲まれて暴力を振るわれそうになっていたとき。静花は大切なゲームを抱きしめて、「助けて」と叫んだ。助けを求める相手を明確に思い描いていたわけじゃない。とにかく誰でも良いから自分を救ってほしかった。
そして彼女の願いは、大好きな彼女ーーコーデリアに届いたのだ。
「私が「助けて」ってコーデリアを呼んだから……?」
静花の呼びかけにより、コーデリアが実体を持ってこの世界に現れた。つまり静花によるコーデリアの召喚だ。
新たな仮説に、千絃が口元に指をやりながら、
「ふむ……無いとは言えないわね」
と呟いた。
「で、でも私は魔術なんか使えないよ?」
戸惑う静花を、千絃が頭のてっぺんから爪の先までじっくりと眺め回す。
「確かにあんたからは魔力はほとんど感じない。でも、まったく無いわけでもない」
「えっ、そうなんですか?」
「そもそも魔力は何も魔術師だけが持っているものじゃない。魔力自体は全人口の7~8割が多かれ少なかれ持っていると言われているわね」
「じゃあ私もひょっとして魔術師になれるんですか……?」
ちょっとドキドキしながら尋ねると、千絃は首を振った。
「なれる可能性はある。でもさっき言ったようにたくさんの人間が魔力を持っていても、その中で魔術師になるのはほんの一握りよ。このあたりを説明するために、まず魔術師の定義から始めるわね。
魔術師っていうのは、ものすごく大雑把に言うと術式と魔力をもった人間よ。術式は何らかの神秘を起こすための手順、それを実行するためのエネルギーが魔力。で、大抵の人間は魔力があっても術式を持っていない。エネルギーはあってもそれを充てる先が無いのよね。だから魔術師にはなれない」
静花は浴びせられる文字数の多さに頭が痛くなってきた。
「術式がどうのこうのより説明が難しくて、私は魔術師にはなれない気がしてきました……」
というかこんな難しい話を延々と聞かされるくらいなら魔術師になりたいなんてとても思えない。
コーデリアの方はとっくに知っていることなのか、あるいは単純に飽きたのか、既に会話から離脱してソファでくつろぎながら教科書に落書きなどしている。
千絃も一般人にまでねちねち講義をする気はないようで、話をさっさとまとめにかかる。
「そのあたりは大まかな理解で良いわよ。本題はここから。
多くの人間は魔力があっても術式がない。ただ稀に魔力が無いのに術式はあるっていう人間がいるのよ。当然、彼らはほとんど見つかることはない。術式はあってもそれを回す魔力が無いから、目に見える事象となって現れない。で、そういう人間に限ってめちゃくちゃレアな術式を持ってたりするのよねー」
「そ、それが私かもしれないと……」
「まだ可能性の段階よ。模造生命かそれに近い魔術であれば、とんでもない量の魔力が必要なはず。でもあんたの魔力はあるにしても、限りなく0に近い「あり」よ。魔力が無いとなると、他から持ってきたか、あるいは何かしらを魔力の代用にしているのか……」
ふいに千絃が言葉を止めた。すっと顔を上げ、中空を見る。開いた瞳孔には静花の窺い知れぬ何かが映っているようだ。
「どうしたんですか?」
唐突に空気が変わったことを感じ、静花は恐る恐る千絃に声をかける。
「ちょっと気になることができた。あんた達は真面目に勉強していなさい」
千絃はそう言うと、足早にサンルームを出ていった。
静花は釈然とせず、千絃の後を追ったものかと迷う。
だがコーデリアが、
「チヅルもああ言っていることですし、私達は勉強しましょう?」
と静花に微笑みかけた。彼女は既にソファから身を起こして姿勢を正し、落書きをやめていた。




