悪役令嬢、テスト勉強する1
「はぁ~あ」
静花は自室の椅子の背もたれに体重を預けて、ぐっと背伸びをした。目の前の机には教科書やノート、ドリル、そして何本ものペンが散乱している。
怒濤の体育祭が終わって一週間。まだ興奮冷めやらぬ生徒らに、教師陣は非情な宣告を下した。
そう、中間テストである。
これまで毎日のように生徒会室で打ち合わせをしたり資料を準備したりといった日々が嘘のように、今度はひたすら机に向かうばかりとなった。同じクラスのコーデリア以外の生徒会役員ともしばらく顔を合わせておらず、少し寂しい。
静花は勉強があまり得意ではない。偏差値の高い岩光学園に入学したのは主に母の希望に拠るものだった。
再婚同士の井本家は当初、父の方が実の娘である春華に岩光学園に進むよう望んでいた。そして春華もそれに足るだけの成績を取っていた。
一方で静花の成績はクラスで中の下レベル。これが母には面白くなかった。自分と血のつながった娘が劣っていると見せつけられているように感じたのだ。
そこで気の進まない静花に対して、もっと勉強して岩光学園に進学するよう強く言って聞かせた。普段ゲームに熱中する静花に否定的なのに、ゲーム機の購入をエサにしたくらいである。その甲斐もあって、ぎりぎり静花は合格圏内に滑り込み、無事に岩光学園に入学した。
ここまでは静花としてもある程度納得はしている部分である。
問題は母が静花に対し、「春華と同レベルの成績を求めながら、それでいて春華より優れた成績を取ってはいけない」ということを暗に求めていることだった。
母の一番の目標は家庭内の平和である。そのためには姉妹は大体同じようなレベルで、少しだけ静花が劣っているのがちょうど良い。この微妙なバランスによって、全員の自尊心が満たされ、家庭が健全に回る……静花以外。
現在、静花はうまく母の望む役回りをこなしていると言えるだろう。彼女の成績は決して良くもないが赤点を取るほどではない。そして常に春華より下位だ。
だがこの宙ぶらりんの状態こそが、何よりも静花の勉強に対する意欲を削いでいるのは確かだった。
窓の外に目を向けると、静花の憂鬱な気分を映したかのようなどんよりとした空が広がっている。そういえば昨日のニュースで関東は梅雨入りしたと言っていた。今日ももうしばらくすると降ってくるのだろう。
どうしても勉強に戻る気になれず、そろそろと脇机に置いた携帯ゲーム機に手を伸ばそうとした、その時。
「姉さん、古語辞典を貸してくれない?学校においてきちゃったの」
ガチャリ、とドアを開けて、妹であるところの春華が部屋に入ってきた。慌てて伸ばしかけた手を戻す。
「ちょっ……、ノックくらいしてよ」
「あら、「家族」なんだから別にそんな厳しいこと言わなくても良いじゃない。ああ、もしかしてテスト勉強をサボってゲームしようとしてたんでしょ?」
春華がさっさと本棚の前に立ち勝手に目的のものを取り出す。
静花は図星を指されてうろたえ、止めることもできなかった。
春華はついでとばかりに本棚に並んだゲームソフトまで物色し始める。
「相変わらず変なゲームばかりやってるのね。何が良いのかわかんない」
「春華ちゃんには関係ないでしょ」
くすくす笑う春華に、静花は声を固くする。
「あら。普通、「姉」がおかしな内容のゲームをやっていたら心配になるでしょ?お母さんに言ったら、お母さんだってすごく心配してたわ。おかしなゲームばっかりやってるから、静花が頭おかしくなっちゃうんじゃないかって」
「わざわざ私がどういうゲームをやっているかお母さんに言ったの?」
静花はぎょっとして、つい声が大きくなってしまう。
「言われたら困るの?」
春華は「どこに文句を付けられる?」という余裕の笑みだ。
その顔を見て静花は気がついた。
先程、春華は静花に聞くこともなく迷わず古語辞典を本棚から見つけ出した。つまり彼女は普段から静花のいないときに部屋に出入りしており、どこに何があるか見ているということだ。
それを咎めたとして、「「家族」なんだから別に良いでしょ?」と返ってくるであろうことは明らかだった。
でも聞かずにはいられなかった。
「……前から私の部屋に勝手に入ってたの?」
「問題ある?お母さんが「入って良い」って言ったのよ」
「……」
じゃあ今日一日借りるわねと言って春華は部屋を出ていった。
しんと静まりかえった部屋。
いよいよ静花は勉強などする気が起こらなくなってしまった。だからといって今、ゲームをする気にもなれなかった。
ただただ、この環境、この人生が嫌だった。
行き場を無くした怒りが静花の喉を圧迫して窒息しそうになったそのとき、スマートホンから軽快なメロディーが流れてきた。思わず肩を跳ねさせるが、画面に表示されたコーデリアの名前を見て慌てて「応答」のボタンを押した。
「おはようございます、シズカ。今、よろしいかしら?」
機嫌の良さそうなコーデリアの声に、静花も自然とこわばった顔が緩む。
「うん、大丈夫……というか、コーデリア、電話できたんだね…………」
「発信?とやらまではチヅルがやりましたわ」
「ああ、なるほど」
なかなかスマートホンをうまく扱えるようにならないコーデリアが急に電話を架けてきたので驚いたが、千絃が助けたということらしい。「感謝してよねっ」という千絃の声を背後に、コーデリアが言った。
「それで本題なのですけど。シズカ、これから勉強会をやりませんか?」




