悪役令嬢、体育祭に参加する9
さて、運動部・文化部混合総合障害物競走である。
岩水学園体育祭の第1回から存在している伝統ある競技であるが、実はその完走率は平均5%だ。
というのも各部がそれぞれ凝りに凝った障害物を用意してくる。生徒会もストッパーとしてそれなりに規制しているのだが、その穴を抜けるようにして毎年、素人には攻略不可能なはちゃめちゃな障害物がお出しされるのである。
例えば今年の第1の障害は野球部が用意したものであった。部員がバッティングマシーンをポンポンと叩いて示して曰く。
「ここから打ち出される時速130キロの球を打ち返すんだ!一球でも打てれば合格だ」
いきなりこれである。
選手は口々に「できるかぁ!?」と絶叫することになった。
他にもこの類いの障害物が目白押しだ。
ほとんどの選手はありとあらゆる障害に阻まれ、制限時間内にゴールにたどり着けない。一人でもゴールする選手がいればそのクラスが一位。ゴールした生徒が複数いれば、その中で最も速かったクラスが勝利といった具合だ。
それでも恐ろしいことに、化け物は現れるものなのである。
バスケットゴールに吸い込まれるようにボールが飛び込む。
投げたのはコーデリア。彼女は白線で引かれたスリーポイントラインのはるか手前に立っている。
そして彼女の両目は固く閉ざされていた!
「すごい!成功させたぞっ」
「目をつぶってフリースローなんてNBA選手くらいしかできないと思っていたのに……」
「というかそんな難易度の障害物を用意してんじゃねーよっ」
ギャラリーの賞賛を後にして、コーデリアは颯爽と次の障害に向かって走る。
「あいつ本当化け物じみてるわね……」
畏れと悔しさ半々といった態で小蝶がぼやいた。
目をつぶってフリースローに10回失敗したら、救済措置として片目だけ開けて挑戦できることになっている。小蝶の方は15回目でどうにか成功させたが、それでも十分すごいと言える。
「まだまだこれからよ。スポーツ系ではあいつに敵わなくても、文化系では似たようなレベルのはず……」
そう呟いて自分を鼓舞しながら走る小蝶の目に、コーデリアの背中が映った。
案の定、コーデリアは次の障害でもたもたとしていた。
彼女が取り組んでいるのは美術部の障害である。手元にはカラー刷りのカードが複数枚。それらを見比べたり並べたりしている。
「ここにあるのはモネの「睡蓮」連作から8点のコピーです。これらを制作年順に並べられたら、次行って良いですよ~」
「全部同じに見えますわっ」
この障害にはコーデリアも髪の毛を逆立てた。
「おいおい、モネって睡蓮だけで約250点描いてるんじゃなかったか……」
「美術部ひどい……さすがあの栗本を擁しているだけあるわ…………」
観客やその辺にいた他の障害物走担当の体育祭委員が、ついクレームめいたことを口にする。それを聞き付けた美術部員がきっと睨み付けた。
「失礼ですね。これでも易しくしている方なんですよ!なんせ今回、選択肢に出しているのは全部、日本国内に所蔵されている作品ですから」
「そういう問題!?」
「あと、会長は一発正解でもう次に行きましたよ」
言われてレーンの向こうを見る。確かに優人は手間取った様子もなく、軽い足取りで次の障害へと向かっていた。
そんな彼を待っていたのはレーンのど真ん中で腕を組み、仁王立ちする吹奏楽部部長だった。
「ふっふっふ、よくぞここまでたどり着きましたね会長。だがその快進撃もここまで。我々吹奏楽部の障害物は他の部の比にはなりません」
彼女はさっと背後からとある楽器を取り出した。
「我々の障害物は単純。この楽器……『オーボエ』で一音でも出すことができれば合格です」
ぴゅいー。
「あ、音出た」
と優人。
「すごいっ」
「会長、見事ですっ」
「今からでも吹奏楽部に入りません?」
レーンの外で見物していた他の吹奏楽部員が一斉に拍手を送る。
「そんな馬鹿な!?オーボエは世界で最も難しい木管楽器としてギネスに載っているのよ!?それをこうもやすやすと……くっ……やられ……た…………」
部長だけが衝撃でその場に崩れ落ちる。胸を押さえて派手に倒れてみせたが、別に特に撃たれてはいない。他の部員も別に特に心配していない。
こうして優人は見事、1番で美術部制作の華の門を潜った。
少年が駆け抜け、風が起こる。花は揺れ、散る花びらが吹雪となって舞う。
栗本から熱心に言い含められていた写真部が、このシーンをあらゆる角度から激写していた。そしてその写真は後々、引き延ばされて美術部の壁一面に飾られることになった。
完走は優人ただ一人。
3組が優勝レースのトップに躍り出てしまった。




