悪役令嬢、体育祭に参加する6
「このサンドイッチ、パンから焼いているんですか」
「そうよー。パイだって生地からこねてるわよー」
「うわ……尊敬します」
「もっと言ってちょうだい。そしてコーデリアに目上の人間を敬うということを教えてやってちょうだい。本当、朝から働きづめで大変だったんだから」
コーデリアは自分の悪口で和気藹々と話している三人を、むっとした表情で振り返る。
「ふん、その割には私につっかかる暇はあったようですが。朝もいきなりベッドをひっくり返して」
「それはあんたが目覚ましが鳴っても起きないからでしょうがっ」
女性の細腕でコーデリアごとベッドをひっくり返した!?どうやって!?小蝶と友晴は唖然とした。
「それに開会式前には一度、学校にまで来て職員室で騒ぎも起こしていたじゃないですか」
「え、そうなんですか」
と静花。開会式の準備でばたばたしていて、千絃が来ていたことには気がつかなかった。
「あれは仕方なかったのよ。そもそもあんたがよりにもよって体育祭の日に体操着を忘れて登校したから、仕方なく学校に持ってきたんじゃない。そしたら不審者扱いされて校内に入れてくれないから守衛を眠らせたのよ」
「眠らせた、とは……?」
友晴がおそるおそる聞き返すが、千絃は気にせず話を続ける。
「あんたの教室に行っても皆グラウンドに出てて誰もいないし、職員室で適当な教師に声をかけてあんたを呼び出してもらおうとしたら、ここでも不審者扱いされて。埒があかないから教師の一人を人質にとったのよ。でもそこで、あ、そろそろパイが焼けるからオーブンから取り出さなきゃって思い出して、とりあえずその教師をそこら辺にあったブロンズ像に縛り付けて帰ったんだけど……」
「もういい、黙れ。お前はこのまま家に帰れ」
額を押さえた一法が呻くように言った。コーデリアと千絃をこのまま好きに喋らせておくと、ここからさらにどれだけの悪行が出てくるかわからない。
友晴と小蝶がそろそろと後ずさる。先程まで縮まっていたかに見えた千絃との距離は、あっという間に元に戻った。
「と、ところで会長、進行の方はいかがですか?」
小蝶が気を取り直して優人に尋ねる。そもそもこの昼食の集まりは午前の部の反省会を兼ねていたのだ。
「うん、かなり順調に進んでいる。遅れもないし、事故も起こってない。今のところ問題ないよ」
優人が答える。彼は千絃の凶行を当たり障りのない笑顔で聞き流しながら、サンドイッチを美味しそうに食べていた。
優人の言葉に生徒会メンバーは皆、安堵の息を吐く。
「このままうまくいけばフォークダンス以外にも出ることができるんじゃないですか?ほら、綱引きとか大縄飛びとか、人数さえ合わせれば飛び入り参加可能な競技もありますし」
「そうだね、迷惑じゃなければ参加させてもらおうかな。僕も一日中テントの下にいたんじゃ、体育祭の実感がないし」
静花の提案に優人もまんざらではない様子だ。
「あら、良いですわね。私の枠ならいつでも譲りますから、ぜひ2組に」
「いーや、4組に!」
コーデリアと小蝶が競って自分のクラスへと誘う。
友晴は彼女らの勢いに呆れながら、
「まあ、無理じゃないようだったら声かけてくれ。調整するから」
とだけ優人に言った。
岩水学園高等部体育祭、午前の部終了時点で第2学年の順位は1位:4組、2位:2組、3位:1組、4位:3組という結果だった。
コーデリアら2組は現在2位。午後の部での逆転は十分に可能な点数差であった。
昼休憩が終わって、午後の部もまた滞りなく進行した。応援合戦に棒倒しや騎馬戦など大人数の華やかな種目が続き、クライマックスへの期待が高まっていく。クラスの順位もめまぐるしく変わり、応援席はいよいよ盛り上がった。
問題が起こったのは、体育祭もいよいよ残り3種目というところだった。
それまで気持ちが良い爽やかな風が吹いていたグラウンドを、とてつもない突風が襲った。
本部テントで大縄飛びの点数をスコアボードに書き込んでいた静花は、突如起こった目も開けていられない程の強風に、慌てて手元の用紙を押さえた。
あちこちで悲鳴が聞こえる。天幕が風に煽らればたばたとひるがえった。男子生徒がとっさに支柱を押さえて、どうにかテントの倒壊を防ぐ。
ありがたいことに突風は1分もせずに収まった。
だが次の種目の待機場所の方で、がしゃんっ、と何かが倒れる音、そして再び悲鳴が聞こえてきた。
「もしかして……事故でしょうか?」
記録簿をペーパーウェイトで押さえながら、静花がパイプ椅子から立ち上がる。
「今の音、何か倒れたのかもしれないね」
隣にいた体育祭委員の生徒も、最終チェックをしていた閉会式の進行表から顔を上げ、戸惑い気味に音がした方向を見た。
生徒がわらわらと集まっているようだ。そこに優人と小蝶の後ろ姿も見えた。
次の種目は運動部・文化部総合混合障害物競走で、生徒会からは優人が監督として赴いていた。
もともとはコーデリアも一緒に担当していたが、2組の代表選手として選ばれたため外れたのだ。遠目にはわからないが、彼女もその辺に待機しているはずだ。
小蝶も4組の代表だからあの場にいるのだろう。
静花は様子を見にテントを出た。
待機場所は競技の準備をする体育祭委員や待機している生徒でいっぱいだった。そこにさらに各部が思い思いに用意した障害物、もとい部活用具――バスケットゴールやらドラムやらフライパンやら広辞苑やら――が集められ積み重ねられて、雑多な空間となっている。
そんな中、ただ一箇所だけが不自然に空いていた。
そこに横たわっているのはウェーブのかかった長髪の男子生徒だ。ひどくつらそうに呻いて、片脚を押さえている。
傍には梯子が倒れていた。
「大丈夫、今、救急車を呼んでいるから。もう少し頑張ってくれ」
肩に手を置き励ましているのは、先に駆けつけていた優人だ。その場にいた他の体育祭委員達も不安げな様子で二人を囲んでいる。
その人波をかき分けて、静花は優人と小蝶のもとに駆け寄った。
「どうしたんですか?」
優人が振り返る。その表情は固い。
「怪我人だよ」




