悪役令嬢、体育祭に参加する1
5月某日。空は澄み渡るように青く、柔らかな風が吹き渡っている。まだ夏になる前の爽やかな陽気。
絶好の体育祭日和だ。
「……生徒の皆さんは今日この日まで勉強の合間を縫って準備を重ねてきたことと思います。その成果を存分に発揮し、必ずや体育祭を成功させましょう。一心不乱に努力し、培ったものを惜しみなく出し切ること。その一連の取り組みこそが、皆さんにとってかけがえのない思い出の1ページになることでしょう。またご来場いただいた来賓の皆様には生徒達の活動を温かく見守っていただきたく……」
運動場には岩光学園高等部全生徒がクラスごとにずらりと並んでいる。それぞれクラスのイメージカラーのハチマキを巻いているので、俯瞰すると虹色の帯が敷かれているようだ。
その正面の演壇で、優人は生徒会長として開会の挨拶を述べていた。
「日多木君は今日もかっこいいわね……」
「体操着とハチマキだと普段の大人っぽい印象とは違って、年相応の少年らしい無邪気さが見えて、これはこれで良いな。出会って1年以上経つのに、まだ新しい魅力が見えてくるとは……」
「写真部ーっ、ちゃんと活動しているザマスかーっ!?今しかない、この一瞬の輝きをカメラに収めるザマスよーっ」
列に並んだ杏子、志代、香蓮の三人娘が壇上の優人の姿にほうっと溜め息を吐く。他の女性陣も似たり寄ったりだ。
開会式が終わると、運動場は一気に動き始める。
体育祭実行委員会は受け持ちの種目の準備へ、参加種目の順番が近い生徒は指定の待機場所へ。まだ自分の出番まで余裕のある生徒らは所属するクラスの座席に戻って、プログラムを眺めたり雑談に興じたりしている。
そんな中、一部の女子生徒が体育祭の本部テントの前に集まっていた。「開会の挨拶」という大役を終えた優人を出迎えるためだ。
要は出待ちである。
「日多木君、お疲れさま」
「挨拶、すごく良かったよ~。惚れ惚れして聞いちゃった」
「日多木君、タオルある?持ってきたんだけど、使わない?」
優人に恋する少女達は普段こそ彼の「今は誰とも付き合う気が無いので」という意思を尊重し、遠くから彼を見ているだけにとどまっている。
だがこういったイベント時はまた別らしい。抜け駆けしようものなら規則に厳しい生徒が鉄拳制裁を加えるような場面でも、来賓の手前、極端なお仕置きは控える。教師らもいつにも増して目を光らせているのでなおさらだ。
そのため優人のファンは「今がチャンス」とばかりに優人のもとに押し寄せる。まさに無礼講だ。
三人娘ももちろんその中に入っていた。押し寄せる女子生徒をかき分けて、少しでも優人を間近に見ようと悪戦苦闘している。
優人は「何で今日はこんなに声をかけられるんだろう……?」と思いつつも「ありがとう」と律儀に手を振りながら、本部テントに戻った。
さすがに女子生徒らも生徒会と体育祭実行委員会しか入れないテントには足を踏み入れるわけには行かず、その周辺をうろうろとすることしかできない。
「お疲れ様です、会長」
テントに入ると湯飲みを載せたお盆を持った静花が出迎える。来賓にお茶を出しているところのようだ。
「静花さんもお疲れ」
「お疲れ様です、ユウト」
コーデリアの方はひたすら急須でお茶を淹れていた。彼女の前には湯気を立てた湯飲みがいくつも並んでいる。おそらく小蝶が「あんたは来賓の前には出るな!」と言って、裏に回したのだろう。だが湯飲みごとにお茶の量がまちまちで、こういう作業が向いていないのは明らかだ。
「コーデリアもお疲れ。君は次の100メートル走に出るんだろ?代わるからもう行った方が良いよ」
「それではお言葉に甘えて」
コーデリアがさっと立ち上がる。運動神経の良い彼女は、2組の代表としてかなりの数の種目に推薦されていた。
「そうだ、会長。さっき実行委員会の副委員長が探してました。玉入れのことで確認したいことがあると。呼んできましょうか?」
「うん、お願いするよ」
「わかりました」
静花が頷きテントを出ようとしたところに、今度は教師陣の座席を見回っていた小蝶が戻ってくる。
「会長、理事長が呼んでます。お茶の方は私がやりますから」
「わかった、よろしく」
やはり体育祭当日ともなると生徒会メンバーは皆忙しい。担当業務に、出場演目に、降って湧いた用事に、と駆け回っている。
その中でも生徒会長の優人はあちこちに引っ張り回されている。本部テントで一息つく暇もない。
そんな慌ただしい場に顔を出したのは、優人と同じ3組の蜜だった。小柄ながら気の強い彼女だが、本部テントでは外部者という自覚もあってか少々緊張気味の顔をしている。
「日多木くん、うちのクラスのハチマキ持ってきたよ」
優人は既に赤いハチマキをしている。
が、蜜が差し出したのは同じ赤いハチマキにさらに赤い羽根やら金のスパンコールやらで飾り付けたゴージャスなものだった。3組のモチーフの鳳凰をイメージしたらしい。
これは彼らのクラスの衣装担当リーダーが本番前日になって、「まだだ……まだパッションが足りない……こんなハチマキでは我々の熱き想いが民衆に伝わらない…………!」とか何とか言い出して、作り直しを決めたのだ。
しかし全員分を仕上げるには時間が足りず、結局開会式の時点では普通のハチマキで参加していた(実は3組の衣装担当の生徒らは運動場で並んだまま、ぎりぎりまで羽根を接着剤でハチマキにくっ付けていた。大したパッションである)。
そういうわけでようやく完成したものを、3組の座席にいない優人の元へ蜜が届けに来たのだ。
「ああ、わざわざごめん」
優人が微笑んで差し出された手のひらの上から、装飾過多でごてごてのハチマキを手に取る。
その瞬間彼の指先が蜜の指の付け根をかすって、彼女は思わず顔を赤らめた。
「う、ううん。それより……日多木君は競技種目には参加しないって本当?」




