3話 フィルネ村
「助かった……。」
森を抜けた先には、木の柵で囲まれた小さな村があった。煙突から立ち上る煙。子どもたちの笑い声。畑で作業をする人々。異世界へ来て初めて見る"人の暮らし"に、自然と頬が緩んだ。
「やっと人に会える……。」
村へ入ろうとしたその時だった。
「止まれ。」
村の入口で、鎧を着た門番に声を掛けられた。
「見ない顔だな。どこから来た?」
「えっと……森で目が覚めて……。」
門番は面倒くさそうな顔をすると、腰のポーチから拳ほどの大きさの透明な水晶を取り出した。
「まずはこれに触れろ。」
「水晶?」
「犯罪者かどうかを調べるための水晶だ。」
「えっ。」
俺は少し身構える。
「安心しろ。痛くも痒くもないぞ。」
言われるまま水晶へ手を置く。すると水晶が淡く白い光を放った。門番は頷く。
「レベルはプラスだ。問題は特にないな。」
「レベルまで分かるんですか?」
「あぁ。正確な数値までは見えんが、プラスかマイナスかは一目で分かる。」
「もしマイナスだったら?」
門番の表情が一気に険しくなる。
「即拘束だ。」
「……。」
思わず息を呑む。
「人を殺した者は、善悪に関係なくレベルが減る。レベルがマイナスになれば犯罪者として扱われる。それがこの世界の掟だ。」
「悪人を殺してもですか?」
「あぁ。」
門番は迷いなく答えた。
「理由は関係ない。命を奪ったという事実だけが記録される。」
この世界は、思っていた以上に厳しいらしい。悪人だから許される、なんて都合のいい話はないのか……。
「よし。」
門番は槍をどける。
「フィルネ村へようこそ。」
「ありがとうございます!」
俺は軽く頭を下げ、門をくぐった。門を越えた瞬間、賑やかな声が耳へ飛び込んでくる。
露店で野菜を売る商人。桶を抱えて歩く女性。元気よく走り回る子どもたち。そして、鍛冶屋から響く金属を打つ音。
「すげぇ……。」
ゲームの中でしか見たことのない景色が、本当に目の前へ広がっていた。
「ここが……異世界の村。」
俺は期待と少しの緊張を胸に、ゆっくりとフィルネ村の中へ歩き出した。
ぐぅぅぅぅ……
腹が盛大に鳴った。
「……腹減った。」
そういえば転生してから何も食べていない。ちょうど近くにはパン屋があった。焼きたてらしい香ばしい匂いが漂ってくる。
「うまそう……。」
店先へ近付く。
「おっ、兄ちゃん。焼きたてだよ。銅貨一枚だ。」
「……。」
俺ってお金もたされていたっけ。ないよな。
「一文無しかぁ……。」
前世でも余り金はなかったが、異世界では本当に一文無しだった。
「あの、銅貨って?」
パン屋のおばちゃんは不思議そうな顔をしたが、丁寧に教えてくれた。
「一番安いお金が銅貨さ。銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚。金貨百枚で聖銀貨。さらに聖銀貨百枚で聖金貨になる。」
「聖銀貨と聖金貨ってそんなに珍しいんですか?」
「あたりまえさ。」
おばちゃんは苦笑した。
「聖銀貨なんて一生に一度見られるかどうかって代物だよ。聖金貨なんて貴族様や王族くらいしか持ってないね。」
「へぇ……。」
ゲームみたいなお金だな。まぁ、俺には銅貨一枚すらないんだけど。
「お金を稼ぐなら冒険者ギルドへ行くといいよ。」
「冒険者ギルド!」
その言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴る。やっぱりあるんだ!異世界と言えばギルド!俺はお礼を言い、急いで教えられた建物へ向かった。
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村で一番大きな木造建築。入口には大きな木製の看板が掲げられている。
『冒険者ギルド』
「きたぁぁぁぁ!!」
思わず声が漏れた。これだよこれ!異世界と言えば冒険者ギルド!俺は期待に胸を膨らませながら扉を開く。ガヤガヤと賑やかな声が一斉に耳へ飛び込んできた。
酒を飲みながら笑い合う冒険者。剣や槍の手入れをする者。壁一面には無数の依頼書が貼られ、その前では真剣な表情で依頼を選ぶ冒険者たちが立っている。
「完全にゲームじゃん……。」
思わず見惚れてしまう。しばらく店内を眺めたあと、俺は受付へ向かった。受付には栗色の髪をした女性が笑顔で立っている。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者になりたいです!」
「かしこまりました。」
受付嬢は慣れた手つきで一枚の書類を取り出した。
「冒険者登録には、登録料として銅貨五枚必要になります。」
「……。」
俺は固まった。
「あの。」
「はい?」
「初回無料キャンペーンとか……ありません?」
受付嬢の笑顔が一瞬だけ止まる。数秒の沈黙。
「……申し訳ありません。そのような制度はございません。」
「ですよねぇぇぇぇ!!」
俺は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。登録すらできやしないじゃん……。依頼も受けられない。つまり、お金を稼ぐ方法すらない。
「異世界、思ったより世知辛いなぁ……。」
受付嬢は少し困ったように笑う。
「申し訳ありません。規則ですので……。」
「いえ、こちらこそ無理言ってすみません。」
俺は苦笑いしながら受付を離れた。
「まずは銅貨五枚……どうやって稼ごう。」
肩を落としてギルドを出ようとした、その時だった。
「おい、聞いたか?」
「また北の森でゴブリンが出たらしいぞ。」
「最近やけに数が増えてる。」
「討伐依頼も出るみたいだ。」
ゴブリン。
異世界では定番とも言える魔物。
「へぇ……ゴブリンか。」
その時の俺は、ただ『最初に戦う雑魚モンスター』くらいにしか思っていなかった。
まだ知らない。
そのゴブリンとの出会いが、この世界の常識と、俺自身の価値観を大きく覆すことになることを。
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