27話 燃える集落
「リヒト! 起きろ!」
「……んぁ? あと五分……。」
「寝ぼけている場合か!」
突然、身体を揺さぶられ、俺は重たいまぶたを開いた。
目の前にいたのはレオンだった。
「……レオン? どうしたんだよ、こんな時間に。」
「外を見ろ!」
「外?」
言われるまま、俺は窓のほうへ目を向けた。
そして、眠気が一瞬で吹き飛んだ。
「……は?」
夜空が赤く染まっていた。遠くの森から、黒い煙が立ち上っている。
炎が木々の向こうで揺らめき、こちらまで届きそうなほど大きくなっていた。
「も、もしかして……森が燃えてるのか!?」
「ああ。かなり大きな火事だ。風向き次第では、村にも被害が出るかもしれん。」
「そんな……。」
俺は慌ててベッドから飛び起きた。そこで、ふと気づく。
炎が広がっている方向。あれは、確か――。
「……ゼノたちの集落!」
ゼノとリアがいる場所だ。以前訪れたとき、二人は俺を温かく迎えてくれた。
あいつらだけじゃない。集落のゴブリンたちだって、俺を仲間のように扱ってくれた。
そんな場所が、今、燃えている。
「レオン! 俺、行ってくる!」
「待て、リヒト!」
レオンの制止を振り切り、俺は部屋を飛び出した。
「おい! 単独行動は危険だ!」
「分かってる! でも、知り合いがいるんだ!」
階段を駆け下り、宿の扉を開ける。夜の冷たい空気が頬を打った。それでも、足を止めるつもりはなかった。
ゼノ。リア。どうか、無事でいてくれ。
俺は森へ向かって走り出した。
◇◇◇◇◇
森に入った瞬間、空気が変わった。
焦げた匂いが鼻を刺す。
遠くから、木が倒れる音が聞こえてきた。
風に乗って火の粉が舞い、足元には焼け落ちた葉が散らばっている。
「くそっ……!」
俺は煙を避けながら、森の奥へと進んだ。
だが、夜の森は想像以上に危険だった。
炎に照らされている場所は見えるものの、少し離れれば木々の影が視界を遮る。
普段なら目印にできる木や岩も、煙と暗闇のせいで見つけにくい。
「こっち……だったよな?」
以前、ゼノたちに案内してもらった道を思い出す。
確か、この先を進んで、少し開けた場所を右に曲がれば……。
「……あった!」
見覚えのある大木を見つけ、俺は進路を変えた。
まだ遠い。
それでも、集落へ近づいていることは間違いなかった。そのとき、背後から足音が聞こえた。
「リヒト!」
「レオン!?」
振り返ると、レオンが追いついてきていた。
「だから、単独で行くなと言っただろうが!」
「悪い! でも、急がないと……!」
「分かっている!ゼノたちが心配なんだろう!」
レオンは森の奥を見つめた。その表情は険しい。
「この火の回り方は尋常じゃない。自然に燃え広がっただけとは限らん。」
「……誰かが火をつけたってことか?」
「まだ分からん。だが、可能性は考えておくべきだ。」
俺は拳を握りしめた。もし、誰かが故意に火をつけたのなら。いったい、何のために?
「とにかく、急ぐぞ!」
俺たちは再び走り出した。
◇◇◇◇◇
しばらく進んだところで、前方から人の声が聞こえてきた。
「誰かいる!」
俺が声を上げると、レオンはすぐに足を止めた。
木々の向こうに、人影が見える。
その近くでは、炎が勢いよく燃え上がっていた。
「リヒト、お前は先に行け。」
「え?」
「冒険者だ。火に囲まれて動けなくなっている。」
よく見ると、冒険者らしき人物が倒木のそばで身動きが取れなくなっていた。
「だけど、レオン……!」
「俺が助ける。お前はゴブリンの集落へ向かえ。」
「……分かった!」
一瞬だけ迷った。けれど、レオンなら大丈夫だ。
それに、俺がここで立ち止まっている間にも、ゼノたちが危険にさらされているかもしれない。
「気をつけろよ!」
「お前もな!」
レオンは冒険者のもとへ駆け出した。
俺は再び森の奥へ走った。
◇◇◇◇◇
どれほど走っただろうか。
やがて、木々の隙間から見覚えのある建物が見えた。
「……着いた!」
ゴブリンたちの集落だ。だが、俺が知っている景色は、もうどこにもなかった。
建物は炎に包まれ、地面には焼けた木材が散乱している。
あちこちから煙が上がり、夜空は赤く染まっていた。
「……嘘だろ。」
足が止まった。ここでゼノと話した。
リアと一緒に食事をした。集落のゴブリンたちと笑い合った。それなのに。
「ゼノ! リア! どこだ!」
俺は声を張り上げた。返事はない。
「おい! 誰かいないのか!」
もう一度叫んだ、そのときだった。
「……騒がしいな。」
聞き覚えのない男の声がした。いや、一度だけ聞いたような…。俺はすぐに振り返った。
少し離れた場所に、三人の人間が立っていた。
一人は、険しい顔つきの大柄な男。
もう一人は、黒髪の人物。穏やかな笑みを浮かべているが、その目は周囲を注意深く観察していた。
そして、その二人の前に立つ男。
落ち着いた身のこなしに、冷たい目。白色の髪。
炎に照らされた顔には、焦りも動揺も見られなかった。
まるで、目の前の惨状など気にも留めていないかのようだった。
「……お前たち、誰だ?」
俺が尋ねると、冷たい目の男がこちらを向いた。
「それはこちらの台詞だ。」
淡々とした声だった。
男は俺を一瞥すると、興味を失ったように視線を戻した。
「この場所に何の用だ?」
「俺は……知り合いを探しに来た。」
「知り合い?」
「ゴブリンのゼノとリアだ。二人を知らないか?」
その名前を口にした瞬間。
男のそばにいた黒髪の人物が、ほんのわずかに目を細めた。
だが、すぐに元の笑みに戻る。
俺は気づかなかった。
「……ああ。」
男は短く答えた。
「そいつらなら、ここにいる。」
「本当か!?」
俺は男の視線を追った。そして――。
「……ゼノ! リア!」
二人の姿を見つけた。ゼノは地面に叩きつけられ、身動きが取れない様子だった。
その隣には、リアがいた。
男に腕をつかまれ、逃げられないようにされている。
「リヒト……!」
リアが俺に気づき、声を上げた。
「リア! ゼノ! 無事だったのか!」
俺は駆け寄ろうとした。
「動くな。」
男の声が響く。それだけで、俺の足が止まった。
男はリアをつかんだまま、静かにこちらを見ていた。
「近づけば、こいつがどうなるか分からないぞ。」
「……っ!」
俺は男をにらみつけた。
「リアを離せ。」
「断る。」
即答だった。男の表情は変わらない。
「……お前が、この火事を起こしたのか?」
俺が尋ねると、男はわずかに首を傾けた。
「そうだと言ったら?」
「……!」
男は否定しなかった。それどころか、何でもないことのように言葉を続けた。
「こいつらには、買い手がいる。商品を傷つけるつもりはなかったんだが……。」
「……商品?」
頭の中で、その言葉が繰り返された。買い手。商品。
まさか、こいつは……。
「前もリアを捕まえてた犯罪者たちか。」
「……、だから見覚えがあったのか…。あの金髪はいないな…。」
「お前ら…、リアとゼノを売るつもりか?」
「そうだ。」
男は、何のためらいもなく答えた。その声には、怒りも興奮もなかった。ただ、事実を述べているだけだった。
「……ふざけるな。」
俺の拳が震えた。
「二人を離せ。」
「二度も言わせるな。断ると言ったはずだ。」
男はリアの腕をつかんだまま、冷たい目で俺を見つめた。
「それ以上近づけば、こいつを斬る。」
「……っ!」
リアの顔が青ざめた。俺は剣の柄に手をかける。だが、抜くことはできなかった。
下手に動けば、リアが傷つけられる。どうする。
どうすればいい。
炎が、背後で大きく揺れた。
目の前には、冷静なままリアを人質に取る男。
そして、俺のすぐそばには、助けを待つゼノがいる。
俺は男を見据えた。
「……俺は理仁だ。」
「そうか。」
男は淡々と答えた。
「俺はノアだ。」
それが、男の名だった。
ノアは表情一つ変えず、俺に告げる。
「さて、リヒト。お前はどうする?」
燃え盛る集落の中。俺とノアの対峙が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これはもう、何の情報も得られないでしょうネ。」
「まぁ、潮時だな。」
淡々と他の二人組が話していることには誰も気づかなかった。
1話などを書き直したりしているので見てくれると嬉しすぎて飛び跳ねます。




