1話 俺のこれから
2026年10月20日 読みやすいように訂正
「なんでお主が死んでおるんじゃ?」
「あれ? 俺、ほんとに死んじゃった?」
目の前にいる老人の言葉を聞いて、俺は思わず首をかしげた。
死んだ? 俺が? ……いやいや、ちょっと待て。
何を言っているんだ、この爺さんは。
俺はついさっきまで、普通に道を歩いていたはずだ。確か、新作のドラゴンク◯ストを買って、早く家に帰って遊ぼうとしていたんだよな。
それで、突然飛び出してきた子供を助けようとして……。
…………。あ。そういえば、トラックが目の前まで迫っていたような。
あれ?もしかして、俺……。
「……え、マジで?」
俺は自分の体を見下ろした。手がある。足もある。服だって、出かけたときのままだ。
別に体が透けているわけでもなければ、幽霊みたいに浮いているわけでもない。
見た目だけなら、いつもと何も変わらなかった。
しかし、周囲を見渡してみると、明らかにおかしなことが一つあった。
「……どこだよ、ここ。」
そこには何もなかった。上も、下も、右も、左も。見渡す限り、真っ白。
地面らしきものはあるのに、壁も天井も見当たらない。
どこまで続いているのか分からないほど広い空間だった。
まるで、ゲームのマップを読み込む前の空間に放り出されたような感じだ。いや、ゲームならまだいい。俺は今、現実にこんな場所へ来ているのだから。そして、この真っ白な空間に存在しているものは、俺と……。
「……。」
目の前に座っている、一人の老人だけだった。
ガリガリに痩せた体。長く立派な白い髭。ゆったりとした白い衣服。
いかにも神様です、と言わんばかりの見た目をしている。
ただ、正直な感想を言わせてもらうと……。
あまり強そうには見えない。
いや、神様なんだから、見た目で判断するのはよくないんだろうけどさ。
それでも、RPGに出てくる神様って、もっとこう、神々しいオーラを放っていたり、巨大な翼が生えていたり、ものすごい威圧感があったりするものじゃないのか?
目の前の爺さんは、どちらかというと村でのんびり暮らしている長老に見える。
「……おかしいのぉ。」
老人は俺の顔をじっと見つめながら、首をひねった。
「本当におかしいのぉ……。なぜお主がここにおるんじゃ?」
いや、それはこっちが聞きたい。
こっちは自分が死んだのかどうかすら、まだ完全には理解できていないんだぞ。
それなのに、目の前の爺さんは俺以上に困惑している。
……なんだ、この状況。
俺が死んだことって、そんなに珍しいことなのか?
とりあえず、状況を整理しよう。
目の前にいるのは、謎の老人。周囲は真っ白な空間。
そして、俺はさっきまでトラックに轢かれそうになっていた。
うん。どう考えても、普通じゃない。
ここは素直に聞いてみるしかないか。
「あの、すみません。」
「ん? なんじゃ?」
「改めて聞きたいんですけど……あなたは誰ですか?」
そう尋ねてから、俺は慌てて自分のことも説明した。
「あ、俺……じゃなくて、私の名前は斎藤理仁です。見ての通り、ただの一般人です。」
危ない。
危うく普通に「俺」と言ってしまうところだった。
相手は見た目からして、どう考えても年上だ。
しかも、こんな意味不明な場所にいるんだから、少しくらい礼儀正しくしたほうがいいだろう。
……まあ、すでに頭の中では爺さん呼ばわりしているんだけど。
「ほう。斎藤理仁というのか。」
「はい。」
「ふむ……。」
老人は顎に手を当て、しばらく俺を観察した。
そして、何かを思い出したように顔を上げる。
「そうじゃのぉ。まずは自己紹介をしておくとするか。」
老人はゆっくりと立ち上がった。
「儂の名はヴェルノクス。この世界を管理する神じゃ。」
「…………。」
…………。………………。
「……え?」
俺は思わず聞き返した。
「今、なんて?」
「ヴェルノクスじゃ。この世界の神様をしておる。」
「…………。」
神様。神様だって?え、マジで?
いやいやいや、ちょっと待て。神様って、あの神様?
世界を作ったり、人間を見守ったり、願いを叶えたりする、あの神様?
目の前のガリガリの爺さんが?
「……ほんとに神様なんですか?」
「疑っておるのか?」
「いや、だって……。」
俺はヴェルノクスの頭から足先までを眺めた。
やっぱり、そんなに強そうには見えない。むしろ、ちょっと押したら倒れてしまいそうな体つきだ。
「……いえ、なんでもないです。」
「今、失礼なことを考えたじゃろ。」
「気のせいです。」
「絶対に考えておったじゃろ!」
……なんだろう。神様って、もっと威厳のある存在だと思っていたんだけどな。
少なくとも、こんなふうに俺の心を読んで突っ込んでくるタイプだとは思わなかった。
でも、神様か。そうか。神様……。
いや、待てよ。
神様がいるということは、ここはもしかして……。
「ところで、ヴェルノクス様。」
「なんじゃ?」
「ここはどこなんですか?」
俺は周囲を見回した。
「見渡す限り真っ白ですし、何もありませんよね。もしかして、ここって天国とかですか?」
もしそうなら、俺は本当に死んだことになる。
そして、天国に来たということは……。
いや、待て。俺、そんなに立派な人生を送っていたか?
仕事もしていなければ、まともに外出することすら少なかった。
基本的には部屋でゲームをして、食事をして、寝る。
そんな生活を送っていた人間だ。天国に行けるような立派な人間だったかと聞かれると、正直、自信はない。
……いや、最後に子供を助けたんだから、そこくらいは評価してほしい。
「ここはそうじゃのぉ……。」
ヴェルノクスは白い髭を撫でながら、少し考え込んだ。
「神界じゃ。」
「神界?」
「うむ。神々が存在する世界じゃな。」
「…………。」
神界。神々が住む世界。…………。
なんだそれ。めちゃくちゃすごい場所じゃないか!?
いや、待て。俺、今、神界にいるのか?
普通の人間が来ていい場所じゃないだろ、そこ!
「え、じゃあ、俺……じゃなくて、私は、どうして神界なんかにいるんですか?」
「さあのぉ。儂にも分からん。」
「分からないんですか!?」
「うむ。」
堂々と言い切られた。いや、神様なんだから、そこは分かっていてくれよ!
自分の管理する世界で起きたことだろ!
「いやいやいや、ちょっと待ってください! 神様なのに、どうして俺がここに来たのか分からないんですか?」
「神とて、すべてを把握しておるわけではないからのぉ。」
「そんなもんなの!?」
思わず素の口調が出てしまった。……まあ、もういいか。
相手が神様だろうと、分からないものは分からないんだ。
敬語を使っていたところで、状況が改善するわけでもない。
俺は小さく息を吐いた。
「……はぁ。もういいです。それで、神界っていうのは、具体的にどういう場所なんですか?」
「ふむ。少し説明してやろう。」
ヴェルノクスは、今度こそ神様らしい顔つきになった。
「お主ら人間が死ぬと、その魂はまず天界へ向かう。」
「天界……。」
「そうじゃ。お主たちの言う天国に近い場所じゃな。」
なるほど。やっぱり、天国みたいなものは存在するらしい。
「では、天界に行った人間は、そのまま天国で暮らすんですか?」
「いや、そうとは限らん。」
ヴェルノクスは首を横に振った。
「死んだ者の魂は、生前の行いなどをもとに審判を受ける。その結果によって、天界に留まるか、魔界へ送られるかが決まるのじゃ。」
「……魔界?」
嫌な単語が聞こえた。天国があるなら、そりゃ地獄もあるのかもしれない。
でも、できれば聞きたくなかった。
「魔界って、あの……悪魔とかがいる場所ですか?」
「まあ、そう考えてもらって構わん。」
「…………。」
うわぁ。俺、地獄行きとかだったらどうしよう。
別に犯罪を犯したわけじゃないけど、胸を張って善人と言えるほど立派な人間でもない。
ゲームのために夜更かししたこともあるし、面倒なことから逃げたこともある。
……いや、そんなことで地獄行きになるとは思わないけどさ。
「では、俺はどうして天界にも魔界にも行かず、神界にいるんですか?」
俺が尋ねると、ヴェルノクスは再び首をひねった。
「それがのぉ……。」
そして、困ったように頭をかいた。
「お主が死ぬのは、まだ先の予定じゃったんじゃ。」
「…………は?」
今、なんて言った?俺が死ぬのは、まだ先?
つまり……。
「えっと……俺、死ぬ予定じゃなかったってことですか?」
「いや、いつかは死ぬ。じゃが、今日ではなかった。」
「……。」
…………。いやいやいや!それ、めちゃくちゃ重要な話じゃないか!?
「ちょっと待ってください! じゃあ、俺は本来、まだ生きているはずだったってことですか!?」
「そういうことじゃな。」
「そういうことじゃな、じゃないですよ!」
俺は思わず頭を抱えた。つまり、俺は予定より早く死んだということだ。しかも、神様ですら想定していなかったらしい。
なんだよ、それ。俺の人生、そんなにあっさり終わっていいものだったのか?
「……どういうことなんですか?」
「人間は生まれたときから、ある程度、寿命が定められておる。いつ、どこで、どのように死ぬか。その大まかな流れは決まっておるのじゃ。」
「じゃあ、俺が死ぬのも決まっていたんですか?」
「もちろんじゃ。じゃが、お主の場合は、その時期がまだ先じゃった。」
ヴェルノクスは真剣な表情で続けた。
「おそらく、何らかの原因で運命の流れから外れたのじゃろう。」
「……そんなこと、あるんですね。」
「滅多にないことじゃがな。」
俺は黙り込んだ。そうか。
俺は本当なら、まだ生きているはずだったのか。
ということは……。俺は、あのときのことを思い出した。道路に飛び出した子供。迫ってくるトラック。
子供を助けようと、考えるより先に動いた自分。そして、足がもつれて、逃げられなくなった瞬間。
……俺は、あの子供を助けて死んだんだ。そこまでは分かる。
でも、もし俺の死が予定外だったのなら、俺がしたことはどういう扱いになるんだ?俺は唾を飲み込んだ。
「……つまり、俺は……。」
恐る恐る、ヴェルノクスの顔を見た。
「俺は、あの子供を助けて死んだんですよね?」
「うむ。」
「……それって、無駄死にだったりしませんよね?」
できれば、否定してほしかった。俺は自分の命を懸けて、あの子供を助けたんだ。もちろん、助けたこと自体を後悔しているわけじゃない。
あのまま何もしなかったら、きっと一生後悔していたと思う。でも……。でも、やっぱり。
俺だって、まだ生きていたかった。まだ遊びたいゲームがあった。やりたいことだって、これから見つけられたかもしれない。
そんな気持ちが、どうしても消えなかった。
ヴェルノクスは、しばらく俺の顔を見つめていた。
そして、あっさりと言った。
「ああ。無駄死じゃな。」
「…………。」
…………。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
俺は頭を抱えて叫んだ。
「嘘だろ!? 嘘だと言ってくれよ!? 俺、無駄死にしたの!? せっかく子供を助けたのに!?」
「落ち着け、落ち着け。まだ話は終わっておらん。」
「落ち着けるわけないでしょうが!」
なんだよ!俺の命を懸けた行動が、まさかの無駄死に判定!?こんなことなら、あのとき子供を見捨てて……。……いや。それは違う。
もしあのときに戻れたとしても、俺はきっと同じことをする。
目の前で子供が危険な目に遭っていたら、助けずにはいられなかったと思う。
たとえ、その結果がこれだったとしても。……でも、だからって納得できるかは別の話だ!
「俺の人生、ここで終了!? まだドラ◯エもクリアしてないんだぞ!? ほかにも積んでるゲームが山ほどあるんだぞ!?」
「お主、ゲームの心配ばかりじゃな……。」
「当たり前でしょうが! 俺がどれだけゲームを楽しみに生きてきたと思ってるんですか!」
俺は必死に訴えた。すると、ヴェルノクスは小さくため息をついた。
「……後悔しておるな。」
「そりゃそうですよ!」
「じゃが、安心せい。」
「……え?」
ヴェルノクスは、先ほどまでの軽い口調を少しだけ改めた。
「あの子供は、あのままでは一生治らぬほどの大怪我を負うところじゃった。」
「……!」
「お主が助けたことで、その未来は変わったのじゃ。」
俺は言葉を失った。あの子供は、助かった。
ただ命が助かっただけじゃない。もし俺が助けていなければ、一生治らない怪我を負っていたかもしれない。それを、俺が防いだ。
「……そう、なんですか。」
胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。もちろん、自分が死んだことに納得できたわけじゃない。未練は山ほどある。
でも、あの子供が無事だと分かっただけでも、救われた気がした。
「……ああ、よかった。」
俺は小さく息を吐いた。
「その子が怪我しなくて、本当によかったです。」
……まあ、できれば俺も助かりたかったけどな。そこは譲れない。俺だって、まだまだ生きたかったんだ。
「ところで、ヴェルノクス様。」
「なんじゃ?」
「俺が予定より早く死んだことは分かりました。でも、それなら俺はこのあとどうなるんですか?」
ここは神界。俺は本来死ぬ予定ではなかった人間。
そんな俺が、ここにいる。このあとどうなるのか、気になって仕方がなかった。
「普通なら、天界へ送られて審判を受けるところじゃな。」
「普通なら?」
「じゃが、お主は少々特殊でのぉ。」
ヴェルノクスは俺をじっと見つめた。
「お主の魂は、天界へ向かう途中で神界へ落ちてきたのじゃ。」
「……落ちてきた?」
「そうじゃ。」
いや、落ちてきたって。魂って、そんなに物理的なものなのか?
「どうしてそんなことに?」
「生きたいという気持ちが、あまりにも強かったのじゃろうな。」
「…………。」
…………。……え?
「生きたいという気持ち?」
「うむ。普通、死んだ人間の魂は天界へ向かう。じゃが、お主は違った。まだ生きたい、まだやりたいことがある。その思いが強すぎて、天界へ向かう流れから外れ、神界まで落ちてきたようじゃ。」
「…………。」
俺はしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「……え、つまり?」
「つまり、お主は生きたいという気持ちだけで、ここまで来たのじゃ。」
「…………。しょーもなっ!!」
「しょ、しょーもないとはなんじゃ!」
「いやだって! もっとこう、勇者に選ばれたとか! 世界を救う運命を背負ってるとか! そういう特別な理由があると思うじゃないですか!」
俺は思わず叫んでしまった。異世界転生といえば、そういうものだろう。神様に選ばれたり、世界を救う使命を与えられたり、特別な能力を授かったり。
そういう展開を期待するじゃないか!
なのに、俺の場合は……。
「ゲームがしたいから、生きたいって思っただけ……?」
「まあ、そういうことじゃな。」
「…………。」
なんだろう。自分で言うのもなんだけど、すごい理由だな。いや、ある意味では俺らしいのかもしれないけど。
「あ、でも……。」
俺はふと気になったことを尋ねた。
「俺以外にも、そんな理由で神界に来た人っているんですか?」
「おるぞ。」
「いるんだ!?」
思わず食い気味に聞き返してしまった。
「もちろん、滅多におらんがのぉ。生きたいという思いが強すぎて、神界までたどり着く人間は、昔からごくわずかにおる。」
「へぇ……。」
俺だけじゃなかったのか。いや、まあ、世界は広いんだし、そういう人がいても不思議ではないのかもしれない。
それにしても、死んだあとまでゲームへの未練が影響するとは。
俺のゲーム好きも、ここまで来ると立派なものだな。……いや、立派なのか?
「……ところで。」
ヴェルノクスが、急に真剣な顔つきになった。
「ここに来た人間には、ある選択肢が与えられることになっておる。」
「選択肢?」
「そうじゃ。」
ヴェルノクスはゆっくりとうなずいた。
「お主のように、本来の寿命を迎える前に死んだ者。あるいは、強い未練を残して神界へたどり着いた者。そうした者には、もう一度生きる機会が与えられることがあるのじゃ。」
「…………。」
もう一度、生きる。その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。
え?今、なんて?もう一度、生きる?つまり……。
俺はヴェルノクスを見つめた。
ヴェルノクスもまた、俺を見つめ返している。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「お主――異世界へ転生してみる気はないかの?」
「…………。」
………………いや。待て。
今の言葉、聞き間違いじゃないよな?異世界?転生?もう一度、生きられる?
「きたーーーーーーっ!!」
俺は両手を突き上げ、全力で叫んだ。
「これだよ! これこれぇ!! 俺が待ち望んでいた言葉はぁ!!」
そう!これだ!これこそ、RPG好きなら誰もが一度は夢見る展開!
神様との出会い!異世界への転生!
そして、未知の世界で始まる新たな人生!
今までゲームの中で何度も見てきた展開が、まさか自分の身に起こるなんて!
「うおおおおおっ! マジかよ! 夢じゃないよな!?」
「夢ではないぞい。お主は一度死んでおるからのぉ。」
「それ、わざわざ言わなくていいから!」
俺は興奮を抑えきれず、その場で飛び跳ねた。
いや、だって仕方ないだろ!
人生が終わったと思ったら、まさかここから新しく始まるなんて!
しかも、異世界だぞ!?魔法があるかもしれない。
剣と魔物の世界かもしれない。
冒険者ギルドがあって、クエストを受けて、レベルを上げて、強い装備を集めて……。
もしかしたら、ステータス画面だってあるかもしれない!
考えれば考えるほど、期待が膨らんでいく。
もちろん、不安がないわけじゃない。
知らない世界で生きていくことになるんだ。
危険なことだって、たくさんあるだろう。でも、それ以上に……。俺は、もう一度生きられる。
それだけで、十分だった。
「……お願いします!」
俺はヴェルノクスに向き直った。
「俺、異世界に転生したいです!」
こうして俺の人生は、一度幕を閉じた。だが、すべてが終わったわけではなかった。むしろ――。
俺にとって、本当の冒険はここから始まるのだった。
見てくれた方、訂正点などがありましたら教えていただけるとありがたいです。




