5話 ゴブリン?
フィルネ村を出てから三十分ほど。俺とレオンは、村の北に広がる森を歩いていた。鳥のさえずりが響く。見た目こそ穏やかだが、ここは魔物の棲む森だ。
「そういえば。」
前を歩いていたレオンが口を開いた。
「リヒトはゴブリンについてどれくらい知ってる?」
「何にも知らないな。」
「なら簡単に説明しておこう。」
レオンは歩きながら話し始めた。
「ゴブリンは群れで生活する魔物だ。一匹一匹は弱い。でも数が集まると厄介になる。」
「やっぱり集団戦が得意なんだ。」
「あぁ。木の棒や錆びた剣なんかを使う個体もいる。知恵もそこそこあるから、囲まれたら危険だ。」
「なるほど……。」
思っていたより賢いらしい。
「それと、基本的には人間を襲う。だがごく稀に、人間並みの知能を持つ個体がいるって噂はある。まぁ、俺は見たことないけどな。」
レオンの声が少し真剣になる。
「まぁ、討伐依頼は多い。村の近くに巣を作られると被害が出るからな。」
「そういうことか。」
俺は素直に頷いた。しばらく歩くと、レオンが立ち止まる。
「そうだ。」
腰の後ろから一本の剣を取り出し、俺へ放り投げた。
「ほら。」
「うわっ!」
慌てて両手で受け止める。革の鞘に収まった鉄の剣。少し使い込まれているが、しっかり手入れされていた。
「木の棒じゃ戦えないだろ。」
「貸してくれるのか?」
「今回だけな。壊したら一緒に稼いで返してもらう。」
「……。ありがとうな。」
人生で初めて握る本物の剣。ずっしりとした重みが妙に心強かった。
「そろそろゴブリンの縄張りだ。」
レオンは盾を構える。
「気を引き締めろ。」
「了解。」
俺たちは慎重に森の奥へ進んでいった。その先で、自分の価値観が変わる出来事が待っているとも知らずに。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
数分後。
「……静かだな。」
「いつもなら一、二匹くらい見かけるんだが。」
レオンが辺りを警戒する。その時だった。
ガサガサッ!
少し離れた茂みから物音が聞こえた。
「いたか!」
俺たちは気配を消しながら近付く。だが、そこにいたのはゴブリンではなかった。
「離して!」
幼い少女の声だった。木の陰から様子をうかがう。
そこには十歳くらいに見える女の子がいた。緑色の短い髪。額にはすごく小さな一本角。耳は少し尖っている。だが、それ以外は人間とほとんど変わらない。少女は三人の男に囲まれていた。
黒いマントを羽織り、不気味な笑みを浮かべている。
「やっと見つけたぞ。」
「逃げ回りやがって。」
「今回は高く売れそうだ。」
売る?俺は思わず眉をひそめた。
レオンも小さく舌打ちする。
「あいつら……。」
「知ってるのか?」
「村の近くで子供を拐っては奴隷にしているクソ野郎だ。」
「なんでこんなところに…。」
「犯罪職に就いた連中だ。まともな奴らじゃない。」
男の一人が少女の腕を掴もうとする。少女は必死に振り払った。
「いやっ!」
その姿を見た瞬間。レオンは飛び出していた。
「そこまでだ!」
三人の男が一斉に振り返る。
「冒険者か。」
「邪魔する気か?」
「当たり前だろ。」
レオンは盾を構え、剣を抜いた。
「女の子を囲んで何をしてる。」
男たちはニヤリと笑う。
「お前には関係ない。」
「その女は俺たちの商品だ。」
「商品だと?」
レオンの目付きが鋭くなる。
「リヒト!」
「分かってる!」
俺も剣を抜いた。初めての実戦。足が震える。それでも逃げるわけにはいかなかった。男の一人が斬りかかってくる。
ガキィン!
レオンが受け止める。もう一人が横から回り込む。
「させるか!」
俺は剣を振るう。
ギィン!
相手の剣とぶつかり、腕が痺れた。強い。だけど。
ゲームで敵の動きを読む癖が役に立ったのか、なんとか反応できている。
「チッ。」
三人は俺たちの様子を見て距離を取る。
「あの剣士が面倒だ。」
「今日は引くぞ。」
「覚えてろ。」
そう言い残し、三人は森の奥へ走り去っていった。
「逃げたか……。」
レオンが剣を下ろす。俺も安堵して息を吐いた。
「大丈夫?」
少女へ近付く。少女は怯えた表情のまま俺たちを見つめていた。その時だった。
シュッ!
風を切る音。一つの影が木の上から飛び降りた。
「誰だ!」
レオンが剣を構える。現れたのは若い男だった。少女と同じ緑色の髪。額には一本角。人間によく似ている。
「お兄ちゃん!」
少女が男へ駆け寄る。兄妹だったのか。青年は妹を後ろへ隠すと、俺たちへ木刀を向けた。
「待ってくれ!」
レオンは剣を下ろし、両手を見せる。
「俺たちは敵じゃない!」
しかし青年は警戒を解かない。
「ニンゲンは信用できない。」
その瞬間だった。俺には地面を蹴る音すら聞こえなかった。レオンは少し反応したようだ。
「え?」
気付いた時には目の前にいた。
コツン。
木刀が俺の頭へ軽く触れる。
痛みはほとんどない。だが。
「……あれ。」
急に視界がぼやける。足に力が入らない。
「リヒト!」
レオンの声が遠くなる。
「安心しろ。」
青年が静かに言った。
「眠ってもらうだけだ。」
「待て!!1回話を―――」
俺の意識は、レオンの言葉を聞き切る前に暗闇へ沈んでいった――。
少女はゴブリンです。
何言ってるのかわからないと思うけどゴブリンです。
青年もゴブリンです。
でも人間のような姿です。




