後日談・夏「エルシアと願い事」
「グラティア王国には、魔王がいる」
敗走兵の戯言だと一蹴するには、あまりにも不可解だった。モンテディオス王国が誇る魔術兵団が……その力を失っていた。痛手どころではない。
今回のグラティア王国への進軍に費やした魔術兵は多く、立て直しにどれほど時間がかかるのか。
魔術を使えなくなったのは、よりにもよって魔術兵団含めた主力。軽装の……歩兵や騎兵は怪我こそしているものの免れているが。
「また王弟ギンケイの仕業か……?」
こめかみを押さえながら問うても違うと言う。夜とはいえ、あの白銀の髪色ではないのは確か。ローブを翻した青年が魔獣たちを使役していたという。
幻蚕と玄蜘蛛を操っていたと聞いて、血の気が引く。
……あの女が言っていた伝承は、真実だったのか。
天と地を司る魔獣と魔を統べる者の特徴そのものではないか。
辺境大森林の深層部への立ち入り禁止を発令した。魔王の怒りをこれ以上買うわけにはいかない。
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「エルシアちゃんは何を着ても似合うわぁ」
うっとりとしているこの方は、ローダウェル卿の妻リラヴァ様。私は今、ローダウェル侯爵家でお世話になっている。
「娘もほしかったのよねぇ……お嫁さんはいるんだけどね?」
グラティア王国初の女性騎士として活躍されたこともあり、大変な女性人気があるリラヴァ様。麗人と名高いこの方に「妻が母に夢中になってしまう!」との理由であまり会わせてもらえないと悲しげに語っていたわ。
……分かる気がする。エスコートは完璧、あれもこれもと勧められる衣装や飾りはどれも完璧に好みに合致している。あまり高価なものは好まないことも即座に見抜いた上で、断れない程度の品でどこまでも甘く配慮されている。
色んな意味で危険な人物だった。それは会わせてもらえないわけだわ、と一人納得をする。
「エルシア様は、こちらか?」
「女性同士の語らいを邪魔するとは何事か!」
見るからに慌ててやってきたローダウェル卿に一喝するリラヴァ様。……強くて素敵。
違うわ、ローダウェル卿は急ぎの要件のはずよね?普段はこんな時間にいらっしゃるわけがないもの。
「リラヴァ様、きっとご事情があるのですわ」
一拍遅れたけども止めなくては。「エルシア様は心優しくておかわいらしいわぁ」とまたいつもの甘い声色に戻る。ローダウェル卿がこちらを複雑な目で見ている。
「すまないね、邪魔をしてしまった。急ぎエルシア様に、森の仔がグラティア王国へ移住する件についてご尽力頂きたく思う」
……いきなりの事に驚き、何度か目を瞬く。移住?
ローダウェル卿から聞いた話によると、リシアン様から届いた書簡が発端だという。
突然、森の仔総勢五十六名を辺境伯領で受け入れると……。あの方は今度は何をしているのでしょうね。
更には森の仔からの献上品という名目で届いた帯状の織物。母様から聞いているわ、それは儀式の時に使うはず。魔を統べる者へ感謝の儀式、のだけども。婚礼の時にも似たような物があるが、聞くところ随分と派手な刺繍らしいので儀礼用で間違いないだろう。
本人は違うと言い張っていたけれど、お祖母様たちの様子からしても完全に魔を統べる者として崇められていたわ……。
困っていた様子だったし、仕方がない方ね。私も森の仔の血を引く者としても、個人的にも彼に恩義はあるわ。そうとなれば、全面的に協力いたします。
言語の問題は、森の仔の中には今も数人の男性がいるはず。元はモンテディオス王国の冒険者だったけれど、森の仔と婚姻したいとそのまま残ってしまう稀有な方が。
彼らを呼べば通訳の問題は解消するはず。祖父にあたる方もそうだったから、母様はどちらの言葉も話していたと語って聞かせてくれた。……話せることが、仇となったのだけれども。
森の仔の暮らしぶりについても思い出せる範囲で伝えようとしていた。その最中、リシアン様が使いにと出した精霊様たちがわずか三日で帰ると言って聞かずに消えてしまった時は騒然としたけれど。
辺境に連絡をと関係各所が慌てて準備をしていたら「次はお返事もらうまで帰らない!」と戻ってきた。
……完全に振り回されている。森の仔たちは冒険者登録完了と新規領民届けも同封されていて「辺境伯早い早い!」と新たな混乱は生まれていた。
つらつらとまたリシアン様に伝えるべき案件をまとめる。
「エルシー、リピニャアがお手伝いありがとって」
火乃と名乗る精霊様は何度も顔を合わせるからか、すっかりこちらに居座るようになってきて話し掛けてくれることも多い。
「あなたの契約主には借りがあるのよ?」
国に異母兄弟に姉妹はいる。けれど、その誰よりもリシアン様の方が余程近い身内に思える。境遇も髪色も……話し方も。どう接すればいいか分からず強く当たっても「はいはい」とばかりに受け流されて、怖いと言えば大事なネックレスをあまりにも気軽に手渡してくるから。
「リピニャアそんなことなーんも気にしてないよ?」
そう言ってから火乃様は隣の精霊様と何やら楽しそうに、こちらには聞こえない言葉で話している。
「あっ!エルシーのお願い、リピニャアがお礼に聞いたげるって言ってたよ」
隣の精霊様に何か言われたのだろう火乃様が、不意にそんな事を言い始める。
願い事?
もうとっくに叶っているわ。人為的集団魔獣暴走は起きなかった。森の仔はリシアン様の領地で安心してこれから過ごせそう。これ以上は……もう何もない。そう告げると
「エルシーだけのお願いは?金色の王子様と結婚するでいいー?」
あまりにも無邪気な一言に固まる。金色の王子様といえば、第二王子ルイシン様しかいらっしゃらない。
顔が一気に熱を持つ。
「そのお顔は正解だね!オジサンのことは火乃たちも止めてあげるから任せといてね!じゃあリピニャアに伝えてくる!」
言うだけ言って、止める間もなく火乃様ともう一体の精霊様も消えてしまった。
「……ちょっとぉー」
漏れ出たのはか細い声だけだった。私はこの国に来てから、随分と弱くなってしまった気がする。
会えばきっとにやにやとからかうように笑うあの辺境伯にはもう……合わせる顔がない。




