後日談・夏「王都服飾店における従魔帯同違反・第一号」
「いーち!」
「「「そーれ!」」
「にー!」
「「「そーれ!」」
謎の掛け声とともに第三騎士団の朝はランニングから始まる。第三騎士団の伝統だそうだ。隊長が数字を叫び、他の者が「そーれ!」と続く。リズム感はよく走りやすいのだが、如何せんランニングとは思えない全力疾走でこれをやる。
体力には自信があるほうだったが、慣れるまではきつかった。
◇──◇──◇──◇──◇
「アグニス、すまん……ちょっといいか?」
気まずそうな顔をしているのは部隊長の一人。対魔獣に関しては圧倒的な戦力を誇る第三騎士団だが、天敵は書類仕事。
私は昨年までは市井警備にあたる第五騎士団にいた事もあり、多様な書類関連の仕事には慣れている。それも最も忙しいとされる王都警備だったので業務幅もかなりあった。「困ったらアグニスに聞け」となっているのが誇らしいのと、いやもっと第三騎士団らしい事で認められたいとでせめぎ合っている。
「どうしましたか?」
「マルヴィンのやつがちょっとな……第五騎士団と揉めてるらしい。アグニス、第五騎士団とも繋がりがあるだろ?何とかしてくれ」
マルヴィン先輩が第五騎士団と?一体何があったというのだろうか。詳細を部隊長に聞こうとしたが、いまいち要領を得ずよく分からない。
とりあえずマルヴィン先輩が第五騎士団の詰所にいることは分かったので、そちらへ向かう。慣れた道であり迷う事なく着いた。
「ルビーちゃんを!ルビーちゃんをどこへやった?」
「落ち着け!鎮静で眠らせてはいるが、ちゃんと保護している」
……マルヴィン先輩の声が聞こえる。ここは、容疑者を取り調べるときの部屋なのだが。
ガタガタと机が揺れる音が不穏だ。あの部屋の調度品はどれも重みがありそう簡単には動かせない。何なら椅子は床に固定されている。これらが武器とならないよう徹底されているので、物音がする時点で異常だ。
ルビーちゃんに何が?この時点でした嫌な予感に扉の前で思わず立ち止まる。いやルビーちゃんさんと敬称をつけないとマルヴィン先輩から怒られる……彼が従魔を溺愛している事は第三騎士団なら誰もが知っている。
「失礼します。第三騎士団のアグニス・ローダウェルです。部隊長の命令によりこちらへと……」
言いかけている途中でかつての同僚たちが数人、ワッと駆け寄ってくる。
「アグニスじゃないか!よく来てくれた」
「そうか、今の第三騎士団にはお前がいたか……助かる」
やたらと歓迎されているのだが、一体何が……?
不機嫌そうなマルヴィン先輩を無視する形で第五騎士団から話が聞けた。
何でもマルヴィン先輩が従魔を連れて王城外に出掛けたらしい。許可証があれば従魔を連れての外出は出来るのだが……行った場所が悪かった。王都に店を構える高級服飾店へ入店しようとした。店員が口頭で止めたが、距離があったそうだ。更には声も震えており、気が付かずにそのまま入店したとのこと。
店内は阿鼻叫喚となり、店員が第五騎士団へ通報。到着した第五騎士団が鎮静と眠りの魔法にてルビーちゃんさんを捕獲。荒ぶるマルヴィン先輩が第三騎士団の隊員ということもその場で判明したものの、聴取のために詰所まで連行したという流れだった。
「……マルヴィン先輩、なぜルビーちゃんさんを服飾店へ?」
そこは武具工房でよかったのではないだろうか?専門店もあるし、従魔を連れて行っても問題はない。というか、先輩も以前はそちらを利用していたはずだ。
「武具工房は装飾がいまいちだった。ルビーちゃんも成体になろうとしているのに……お洒落の一つくらいをさせるのが俺の務めだ」
真っ直ぐな瞳だった。従魔がいない私だが、もしいるとすれば……大切に扱うだろうし気持ちは分かる。
「マルヴィン先輩……」
さて、どうしたらいいのか迷う。本人に一切の悪気はないようだ。第五騎士団は私をなぜか聴取席へと座らせている。これは君たちの仕事ではないのか?
しかし、慣れてはいるのでそのまま書類を埋めながら話を聞く。
「マルヴィン先輩から見たルビーちゃんさんについてをお聞かせ願えますか?」
「赤毛がかわいい、いつまでたっても俺の後ろを着いて歩くかわいい俺の従魔だ」
かわいいと二回言っているが、書類には省略して記載する。
……ふと、辺境にいる友人の顔が浮かんだ。すまない、君はそもそも従魔を連れ歩いてはいないのだが、つい。
「ルビーちゃんさんの種族名をお願いします」
「大牙熊だ」
ふむ……そこは理解しておられるのか、難しいな。
「大牙熊の特徴はご存知ですか?」
「赤毛の熊型魔獣。体高は大きな個体だと五メートル程になる。咆哮に魔力をのせており、それで相手が止まったところを狙ってくる。牙が特徴だが、実際には爪で攻撃してくる事が多い。攻撃には火属性魔法が付与されており掠るだけでも危険であり、直接当たらなくとも火傷を負うことがある」
魔獣辞典を暗唱するかのごとくつらつらと述べるマルヴィン先輩。
「なぜそのような特徴を持つ大牙熊のルビーちゃんさんを……服飾店へ?」
「……」
マルヴィン先輩は黙った。そしてなぜかショックを受けているらしい。
「マルヴィン先輩、ルビーちゃんさんはもう仔熊ではありません。端から見たら立派な成体の大牙熊なので、むやみに市街地を連れ回してはなりません。服飾店なら尚の事……ご令嬢も多いのですよ?」
「しかしだな?ルビーちゃんは大人しくてかわいくて、目も他の個体より一際大きく輝いており……!」
ルビーちゃんさんが非常に大人しい事は第三騎士団なら知っている。マルヴィン先輩が蝶よ花よと育てた結果、戦闘能力があまりない。
その代わりマルヴィン先輩が張り切って魔獣を討伐している。……おそらく、このあたりもルビーちゃんさんが大人しくなった要因の一つであると私は思っている。
「聴取書です。あとは第五騎士団で清書をお願いします。マルヴィン先輩の認知のズレに関しては第三騎士団で矯正します。悪意はないのですが、被害と影響はあります。服飾店への弁済や来店客へのフォローは必要かと思うのでお願いします」
罰金と第三騎士団内で座学の再履修。合格点に達するまで騎士としての活動は謹慎が妥当な処分であろう。
第五騎士団から「アグニスが来てくれてよかった」「今回は助かった」とそれぞれ声を掛けられながら、少しだけ名残惜しく思った。
「誰だーーーっ?!ルビーちゃんを!かわいいルビーちゃんをこんな劣悪な……よりにもよって獣用の檻だと?!こんなところに閉じ込めやがって……」
ルビーちゃんさんのお迎えに行ったマルヴィン先輩の叫び声が聞こえる。
……彼を宥めて、そして第三騎士団まで連れて帰らねばならない過酷な任務が今から始まる。
「……アグニス、大丈夫か?困ったらいつでも転籍願いを出して第五騎士団に戻ってきていいからな?」
呆れたように話すかつての同僚に「こういう事にはもう慣れている」と答えると「すっかり向こうに馴染んで、逞しくなったな」と……背中を叩いて送り出された。




