春編38話「麓へ」
ギギギ……とゆっくりと後ろを振り返る。俺を魔王伯だとか面と向かって言うやつは限られている。
「何でここにいるんですか?てか、一人で来たの?!」
悠然と立っているのは王弟殿下、ギンさんだった。相変わらず護衛もつれてないし、この人マジで何やってんの?
「一人じゃないよ?火乃ちゃんと来たもんねぇー?」
猫なで声やめろ。火乃も火乃で無視はやめてやれ、こう見えてもれっきとした王族なんだから。
「……てか、何しに来たんですか?」
「ルイたんの初陣を見守るために決まってるじゃないか!苦労したんだよ?王城を抜け出すのも、騎士たちに見つからずにここまで来るのも!」
……やべぇ。相変わらず言ってることがおかしい。つらつらと王国の騎士の撒き方は把握しているとか語ってるけど、あいつらそれ知ったら泣くよ?てか、すでに王城は大騒ぎなんじゃないかな。
「まぁ、それはともかく面白いことが森であっていると火乃ちゃんに聞いたけど……相変わらずぶっ飛んでるね!ちょっと何をどうしたのか聞いてもいいかい?」
視線の先には縛られた隣国の推定隊長格が転がっている。……困ったな。あと白玉もち、頼むからじっとしててくれ。押し込んでも外が気になるのか、一匹を隠したらあとの二匹が出て来る。
「そうだな、まずはその新たな守護獣について聞こうか?」
「何のことでしょう?」
即座に言い返したものの、相手はギンさん。事もなげに「魔獣を止めろ」のあたりから見ていたよと言われて俺は崩れ落ちた。それ、最初からって事じゃねぇか……。
「見てたんなら、何っで止めてくれなかったんですかねぇ?!」
「いや……魔王伯でも止められないの、俺が止められるわけないよね?」
何言ってんの?みたいに呆れて言われても……一言も言い返せねぇよ!
「まぁまぁ、落ち着いて。そもそも何であんな時間に森の中にいたのさ?」
あー……どこから説明すればいいのかな。とりあえずレオ兄さんと言い合いになったあたりから、ぽつぽつと話すことにした。
◇──◇──◇──◇──◇
「そして森に家出したってわけだ?」
「家出じゃなくて、白玉もちの様子が変だったから……ちゃんと朝には帰るって書き置きも残しましたし?」
断じて家出ではない。てか、何だよ。森に家出ってまともじゃねぇだろと思うけど、言わない。
「向こうからしたら完全に家出だね!今、何時だと思ってんの?しかも家出先が森ってのがまた……。あーあ、レオナリスくんかわいそー」
言い返せない……さすがにやり過ぎたことは俺も反省してるんだよ。
「そして家出先の森で、一人で集団魔獣暴走も隣国の軍勢も撃退するとかどこの魔王なの?本当に魔王になるつもりなの?」
いきなり真面目に心配してくるのやめろ。魔王になるつもりはない。そして精霊たちが白玉もちに会いに続々と増えてるから、落ち着いて話しにくい。
仕方ないので、結界の中……いつものお蚕さんたちの縄張りの場所まで案内すると笑い転げている。このおっさん、どうしよう……王族じゃなかったら蹴り飛ばしている。
「メルヘン魔王城!魔王城がツリーハウス!!」
何かこの人、楽しそうでいいよねと諦めるしかなかった。
「言っとくけど、俺の趣味じゃない……」
「リピニャア、ちーちゃい時いってたよ?木のお家住むって!」
火乃はマジで黙ってて。ギンさんの笑いが当分、収まる気配がない。
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麓では一転、騎士も冒険者もざわついている。精霊たちが何かを言って、続々と森の方へと向かっている。
『リピニャアのとこ行こ!守護獣が生まれたよ!』
『守護獣にご挨拶ー』
どうもこの「リピニャア」の部分だけは他の人たちにも聞こえるようで……何事かと騒ぎになっている。
「ピニャアって何だ?」
「ィピニャアーじゃなくてか?」
リシアンと上手く発音出来ない精霊たちが彼のことをリピニャアと呼んでいたから、それだろうなと思う。
精霊たちの動きを見て、騎士団も森へと突入する準備をしている。だいぶ明るくなったし、突入の頃合いではあるんだけれど……行ってももう色々と終わっているだろうと思った。
「街道でモンテディオス王国の武装をした者たちが壊滅している!」
この一報が届いて、俺もそろそろこの場から離れないとマズいかもしれないと抜け出すタイミングを窺う。でもリシアンのために精霊たちの言葉は何とかしないといけないし……。
近くにいた冒険者に、そっと
「精霊たちは古代言語を話している。ピニャーはお疲れ様だよ……終わったことを労ってる」
こう告げて、そそくさと離れる。冒険者もまた近くの者にそれを伝え始めたので、何とかなるかなと思った。
リシアン……本当に森で何してるんだろうと思った。
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森の仔たちは、改造されていたお蚕さんたちを看取るために集落へと引き上げていく。
こちらの群れから何体かは彼女たちを送り届けるように伝えたから、大丈夫とは思う。
そして俺とギンさんも……そろそろ麓へ下りないといけない。
「ギンさん……」
「分かってる、俺も勝手に来た身。騎士団長から怒られることは覚悟している」
無駄にそこで男らしい顔するのやめてください。
「リシアンはバルドレム先生を引き付けてくれ。後のことは俺に任せるといい」
「一番やべぇのをこっちに押し付けるのやめてくれません?」
ゴルディはそんな俺たち二人を乗せたまま黙々と下山している……あの、もうちょっとゆっくり。
「「あ」」
そんなタイミングで騎士団と鉢合わせた。冒険者もいる……厄介なことに高ランク揃いじゃねぇか。
「王弟殿下です!捕らえろ!!」
「リシアン、お前こんなとこで何してんだ!」
手綱をしっかり握りしめて、ゴルディに指示を出す。心得た!とばかりにゴルディがポイッと隊長格だけを投げ捨てる。
「「逃げて!とりあえず麓まで一気に!!」」
一番近くにいたやつらは縛られている隣国の武装をした者に気を取られ、半数以上はそのまま深層部へと向かっているので何とかなるはず。
「待って!よく考えたら何で俺たち逃げてんの?!うっわ、騎士団ガチじゃん」
「いいから黙って、舌噛むよ?!だってやべぇじゃん、見るからにやべぇって!!」
麓まで何とか逃げおおせたところで……仁王立ちしている師匠の姿があった。俺とギンさんはもう万策尽きたとばかりに諦めることにした。
二人揃ってずるずると引きずられていくのを、ゴルディが黙って見送っていた。




