春編36話「夜明け前」
「脱皮?」
パサついた白玉もちを抱えて、いつもの群れの場所まで着いたんだけど……ただの脱皮前ってことらしい。
何だよ、心配させて……。気が抜けたので、大樹に寄りかかるように座り込む。
とりあえずこの脱皮が終われば成体になるようで、見守ることにした。
膝に乗ったスノウモスルァーの毛並みのよさと、温かさがどうにも眠気を誘って……気が付いたらぐっすりと眠っていた。
◇──◇──◇──◇──◇
目が覚めたら満天の星空、そしてふかふかのベッド。……ベッド?!
飛び起きたら、やたら手触りのいい布団に包まれている。木目の美しい内装はごくシンプルで、揺れるレースのカーテン。
「どこ……?」
天井もない謎空間で、まだ夢でも見てんのかなと思った。
『リシアン、ピァ゙ルァー?』
風乃がやって来た。朝によく聞くやつだし「起きた?」だな、これ……。無意識に耳飾りを探すけど、今はない事を思い出す。
「てか、ここ何……」
風乃にそのまま着いていって外に出ると、立派なツリーハウスが背後にあった。……ねぇ、何これ?
そして誇らしげな精霊たちとお蚕さん。そしてぐったりしている座布団。
『リシアンニェミ゙トリェビィャバ……』
風乃が何か説明しているけど分からん。半分くらいしか聞き取れねぇ。リシアン、子どもの時?何か言ったけなぁと考える。精霊たちがしきりにツリーハウスを指さしている。
「……子どもの頃に、ツリーハウスに住みたいとか言ったような?」
『ルイニャー!』
そっか……言ってたのか。でも俺、今二十六なんだよ。ツリーハウスに憧れる年頃じゃない。
白玉もちの脱皮も順調だから見守っていた時。妙な地鳴りを感じた。お蚕さんたちの場所は結界を張られているのに?
――……おかしい。
外に出ると、まだ少し離れたところ。異常なざわめきがする。真っ先に飛び出して来たのはスピードのある魔鳥。
その少し後ろでは鹿型魔獣が今まさに熊に狩られようとしているところ。
集団魔獣暴走だ……!
「魔獣を止めろ」
命令にすぐに応じたのはスノウモスルァー率いるお蚕さんの群れで、結界を張ったのかある程度から先はウロウロとして進めない。
無理に進もうとするのにはビームで威嚇している。強ぇ……。
次に座布団たち玄蜘蛛が糸で、牙で次々に魔獣たちが動かないように捕らえていく。
「食うなよ?!多少はいいけど……。あとは暴走が起きないように魔獣は元いたあたりか、テキトーにどっかに追いやって?」
頷いた精霊たちが転移魔法かな……次々に魔獣たちがその姿を消していく。
集団でなくなれば、とりあえずの脅威は立ち去るだろう。順調に数を減らしていく魔獣たちを眺める。
それにしてもキリがないくらい数が多いな……こいつらは何に追われて暴走してんだか。
座布団たちが張り巡らせた糸に次々とかかる魔獣を眺めながら、そろそろ元凶のお出ましかなと木の上に身を隠しながら待ち構える。
「――……!」
お蚕さんに守られるように飛び出して来たのは女性。続け様に何人か同じように現れるので、面食らってとりあえずは結界の中へと誘導する。
この独特な衣装は森の仔か?
「まだいそうなら保護しに向かって!」
こっちの群れのお蚕さんに声を掛けると、数体が飛び立っていく。
迷うことなく向かっているから、どうやら森の仔の住処を知っているようだった。
しばらくすると、ガチャガチャと不快な金属が触れ合う音がする。
「どこへ行った?」
「見つけ次第捕らえろ!一人も逃すなよ」
武装した隣国の兵士を、木の上からじっと観察をする。
「魔獣たちは通り過ぎた後だな、よし」
バカみたいにわらわら集まってきてやんの。国境も越えたのは向こう。これなら多少やり返しても問題はないなと王国法と照らし合わせながら考える。
「進軍を始め」
「お前ら何てことしてんだよ!」
指揮官の号令と、彼らの頭上から俺が姿を現すのとはほぼ同時。
隊列の奥から連れてこられた、魔石を埋め込まれた異形なお蚕さんを見た時のことだった。
話には聞いてたけど、限度っていうものがあるよな?
さて、どうしてくれようか。
『リシアン、ニャーリィア?』
「ニャーリィア?」
風乃がわくわくしながらそう聞いてきたから、聞き返す意味でそう口にした。
……発音しやすかったのがマズかったんだと思う。
スノウモスルァーの指揮で、お蚕さんたちが一斉に隣国軍に向かって突撃を始めた。
座布団たちが張り巡らせた糸に今更ながら気が付いて、藻掻いている隣国軍に容赦なくその鱗粉が襲いかかる。
軽い地獄絵図だった。淡い白銀は隣国の兵士に触れると黒く色を変え、発動しかけた魔法は次々に消え去っていく。
軽装の者だけが何とか使える魔法で逃げ始めようとしているので……おそらくこのへんは何も知らずにただ連れて来られただけなんだろうな。
これ、あれだよね。裁定……お蚕さんたちの特殊能力の魔法簒奪が発動するとは思ってなかった。
止める間もなく、事態を呆然と見守る事しか出来なかった。
「撤収ー!」
「総員退避せよ、繰り返す総員……」
何かを振り払う仕草を見せながらも、どうやらこのまま撤退してくれるようだなと思った。
うっわ、何してんのかと思えば玄蜘蛛の小さいのが噛み付いてんのか……あれ。なぜそこまで追い打ちをかける、お前ら。
とりあえずこちらも呼び戻すのに必死になる。
「スノウモスルァー、もういい!帰って来い!あと座布団も子どもたちを集めて?」
隊列も何もかも崩れて、散り散りに逃げて行く隣国軍。
「この……魔王が」
憎々しげにこちらを睨みつけるのはおそらく隊長格だろう。
「あ、一人くらい捕まえとこ。座布団、あいつがいい」
俺が指差した隊長っぽいのを、承知したとばかりに素早く捕まえてきてくれた。口もしっかり糸で塞いでいるし、身動き一つとれない彼は俺の前に来る頃には気絶している。……ちょっと引いたけど、とりあえずこれでよし。
「幻蚕は置いていけ」
改造された異形のお蚕さんはいまだにジタバタしながらこちらに敵意を剥き出しにしている。
使役に使っていたであろう魔道具も上手く発動出来ないようで、制御を失っている。
まだ動ける者がこくこくと何度も頷いてから、動けない者を引きずりながら立ち去っていく。
多少あたりの木々が巻き込まれて倒木があり、その土煙が収まる頃にやっと静けさが戻って来た。もう日が昇りかけている。
いまだに暴れている異形のお蚕さんだけが痛々しい。正気を失っている。
これはもう、取り返しがつかないのかもしれない。手に掛けるのが、せめての情けかと思う。
一つ、ゆっくりと息を吐いてから対峙する。
『リシアン、ドゥイェリパミビャバゥニャ!』
『ミェリィルェドゥイェリパ!』
その瞬間。見てみてと、精霊たちが脱皮が終わった白玉もちを連れてきた。
一回り、大きくなり朝日で白銀の体毛が輝いている。
「白玉もち?」
そう聞くと、しっかりと頷いてから異形のお蚕さんの元へと立ち向かっていくのを止められなかった。
止めてはいけない、雰囲気があった。




