春編34話「エルシアと魔王」
やってしまった。麓の薬店に帰り着く頃にはだいぶ頭が冷えた。
勢いよく出て来てしまったけれど、完全に言い過ぎたと思う。
『ミリ!リピニャア、ルェイ゙ニェイド?』
精霊たちが心配してか、保存食を目の前にせっせと持ってくる。しばらく料理どころでもないし、早いし楽だからと保存食ばっかり。充実はしてる。
でも、もそもそするしあんまおいしくはない。……スープくらいなら作ってもいいかと思って、立ち上がった。
とりあえず食べて人心地ついたら、余計に先程のことを思い出しては凹む。思い返せば何か兄上の様子も変だった気がする。
追い詰められてるっていうか、焦ってる?みたいな感じ。
『リピニャア?』
『リピニャア、ミ゙ィゥルニアドゥア゙ルィミャー』
何やら話しているけど、翻訳機能ないとマジで不便だな……大体は分かるけど。とりあえず俺が兄上と喧嘩したって言いふらすな。
あと俺のこと、リピニャアって呼んでるのな。
だらだらしている時間はここまで。やっと取れたまとまった時間、兄上と喧嘩して久々の精霊言語を観察して……何やってんだろ。
今度会ったら、ちゃんと兄上の話も聞こう。まずは目の前の仕事を片付ける事と、意識を切り替える。
◇──◇──◇──◇──◇
後続の補給部隊が到着しては、また王都へと戻って行く。一部隊が来たら一つは帰るみたいな感じ。
人の入れ替わりが多いから、都度確認と館にいる騎士団長への報告とが増えた。
ジャスウェルがこのへんをうまくフォローしてくれてるから俺はまとめて報告を受けるだけなんだけど。
「ヴァルディリア辺境伯、少しいいか?」
今日の分の連絡事項は終わりかと思えば、騎士団長から呼び止められた。
「婚約者殿が最近少し、沈んでおられる。様子を見に行ってほしい」
ガチの婚約者ってわけではないんだけど……あとたぶん俺にはあんま心開いてないです、エルシア様。
騎士団長もそれを知っているのに婚約者扱いはまたからかってんのかな?と思う。
「からかっているわけではないよ。エルシア様についての報告は受けているだろう?」
まぁ、大体は。王族だというのにその扱いを受けてこなかったってあたりはざっくりと。本人からは何も聞いてないけど。
「君も……少し、似ているだろう?ヴァルディリア辺境伯なら彼女の気持ちが分かると思ってな。強制はしない」
貴族教育もまともに受けてない子爵家の庶子だからなぁ。俺よりよっぽどエルシア様のがそのへん勤勉だし、しっかりしている。でも、いきなり環境が変わった時の困惑する気持ちはそれなりに。
仕方ないなぁと思いながら、エルシア様の部屋へと向かう。
「今日は何の御用?」
相変わらずツンとしている。懐かない野生のリスだな、これ。
「何でエルシア様は俺にはそんな当たりが強めなんです?」
ずっと気にはなっていたんだけど、聞く機会もなくてそのままだったからこの際にと思って尋ねる。
「そんな……事は」
あれ?無自覚だった?何やら考え始めたのでそのまま待つ。
「そうだったかもしれないわ。……だって、羨ましかったんだもの」
ゆっくりと話し始めるエルシア様。
「貴方は子爵家の庶子の生まれだと聞いているわ。それなのに、なぜだかルイシン様たち王族からの覚えもよくて。普段は冒険者と薬師なんて貴族らしからぬことをしても許されてるし、自由だし!」
言い始めたら止まんねぇな、おい。
「兄だという人を見て、この人の弟が魔王ならと話が通じると思ったのに……!」
要は色々と思っていたのと違ったからってことね。何となく分かった。
「まぁそのへんは魔王なんで、色々と自由なんですよ?」
「そういうどこまで本気か冗談かが分からないところが困るのよ、貴方と王弟殿下は」
アレと一緒にされた!それはさすがにちょっとやだ。ギンさんほどおかしくないはずだし。
「冗談は置いとくとして、エルシア様は何にそれほど怯えてらっしゃるのですか?」
強く当たるのは怯えの裏返しだろうと思って、ずっと気になっていた。身内に近い髪色のせいか、わりと俺には当たりやすいのかな?と思ってほっといたんだけど。
「ルミちゃん、ちょっと離れて?」
人払いをして、二人になった部屋には何とも言えない空気が流れている。
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辺境伯が、王家の影に指示をしてそれが通った。この事を目の当たりにして戸惑う。
先程の魔王だという発言が真実味を帯びてくる。
「貴方が本当に魔王だとして……私の事を信じてくれる?」
続きを、と促されるままに不安に思っていたことを吐き出す。
敵国の王女の言う事をどこまで、この国が本気にしているのか分からないこと。親切すぎて戸惑うこと。
改造魔獣の中には、母の従魔がいてそれを見捨ててしまったこと。……その子が、今回の人為的に引き起こされる集団魔獣暴走にいたらどうすればいいか分からないこと。
「お蚕さんを改造魔獣に……?」
冷えた目に、しまったと思った。幻蚕はこの国では守護獣として扱われているのに……。
「大丈夫、お蚕さんたちは傷付けないで保護するから」
あっさりとそう口にするので、ぽかんとする。
「でも、私あの子に……あの子たちのことを知っていたのに何も……」
復讐が、怖い。見捨てた罪悪感が今もまだ消えることはない。騎士たちは強いと思う。けれど、それを突破してくるのではないかとぐるぐると考えてしまう。
「集団魔獣暴走が怖いのです……我が国が、ごめんなさい」
ぽたぽたと一度溢れた涙は止まることがない。
「いやいや、エルシア様は止めに来たんでしょう?謝ることはないんで」
私が泣き止むまで、しきりに話し掛けてくれている。……うん、この方が悪い人ではないことは分かっている。
「そのお蚕さんも別に怒っちゃあいないと思いますけどね。まぁそのへんはエルシア様にしか分かんない部分か……」
慰めているのか、そうでないのかは分からないけれど。
「そんなに怖いならこれ、貸してあげます」
首から下げていたネックレスを外して手渡してくれたけれど、見るからに高価そうな魔石が付いている。
「そんな高そうなの、無理よ?」
「いい加減に王女ってことに慣れましょうね?あと貸すだけですから。これ、とっておきなんで……ルイシン様にでも聞いてみたら?」
……にやにやと笑うところは、やっぱり気に食わないわ。
「ありがとうございます。お借りしますわ、リシアン様」
白銀の魔石は淡く輝いて、母上の大切なあの子の温もりを思い出す。いつもより少し、素直になれる気がした。




