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続・片耳から「ピニャー」って聞こえるけど、俺にしか聞こえない精霊言語だったwww〜辺境伯編〜  作者: 康成


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春編33話「弟」

 やっとリシアンとゆっくり話せるなぁと、その日は朝から楽しみにしていた。

 先日はあまり私的に話せるような感じではなかったからなぁ。名目上とはいえ、いきなり婚約者候補が出来ても落ち着いていたからよかった。リシアンも大人になったなぁと思っていた。


 約束のことはもちろん覚えていたのだけれど、その日、医官と薬師とで話題となったのが服薬管理。

 前に辺境に行ったとき、猟師の男性が重複して同じ薬を購入していた件のことを話していた。薬歴管理帳を作ってはどうだろうか、どうすれば患者は使ってくれるかなどと盛り上がった。

 特に冒険者たちへの普及は難しいなということもあり、リシアンが来たら聞いてみようと思っていたんだ。裏口から入ったというリシアンの事は、薬師が話が弾んでいる僕たちを気遣ってしばらく伝えなかったらしい。

 昼ご飯を一緒にと約束をしているしリシアンが来たら呼ぼうという段になってやっと、既に着いている事を知った。もう昼過ぎだった。


「ごめんね、リシアン。ちょっと話がまとまらなくて」

 慌てて向かい、ぼんやりと椅子に腰掛けている姿を見て一瞬で血の気が引く。頭から指先までが、凍りついたようだった。

 少し痩せたこと、目の下にうっすらあるクマでいつもより鋭い目つきのはずなのにどこか力がないように見えた。

 全然違う見た目なのに、前世の弟がどうしても重なった。あの子も痩せ型だったから、たまに会っても「こんなものかな?」とあまり気に留めていなかった。

 棺の中、目を瞑った彼を見てこんなに痩せていたのかと愕然としたことを思い出す。


「レオ兄さん、これ」

「リシアン、痩せた?」

 同時に声を発してしまったけれど、気が気ではなかった。

「いや?そこまで変わってないと思いますけど」

 本人は特に気にしていないようだけれど、じわじわと焦燥に思考が侵食される。今度こそ、今度は過労だなんてさせないし少しの変化も見逃したくない。

「……ちゃんと寝てる?クマもあるけど」

 顔色は、そこまで悪くはないけれど。辺境伯となって間もないのにこの事態だ。忙しくないわけがない。

 

「大丈夫だよ?ちょっと忙しいだけでそんな問題ないと思う」


 この一言で、僕は頭が真っ白になった。前世の弟との最期の電話を思い出す。

 あの時もそうやって大丈夫だと……問題ないと言っていたのに、君は逝ってしまったじゃないか。

 何でこんな時にいつも頼ってくれないの?口の中がカラカラに乾いているが、何とかいつも通りを意識した声を絞り出す。

「そうだ、気になっていたことがあるんだけど……リシアンは今回どこに配備されるの?後方ではないんだね」


 目の届く範囲とは言わない。少しでも近くに、配備されていたらと思った。もう間に合わないなんて嫌だった。

「前線。森は庭みたいなもんだからって言われたし、まぁ慣れてるし」

 本人は淡々としているけれど、一番遠い場所だった。辺境大森林付近へと配備される医官はバルドレム先生を含め、武芸や攻撃魔法にも秀でている。

 そんな彼らを差し置いて、僕が前線へと赴くことは出来ない。


「何で……リシアン、辺境伯だよね?中間地点で辺境大森林と街との連携をとるためにもそちらの方が……」

 そうだ、リシアンはわざわざ前線に出なくてもいいはずだ。騎士団長を始め、戦力となる者はすでに多くいる。連絡役の方が適任だと思う。

「そういう案もあったけど、そっちより森のがやりやすいかなと俺も思ってたし?ちょうどいいよ?」

 

「リシアン!」

 

 感情に任せて、怒鳴ったのは初めてだった。いつもの、想定外のことをする弟に多少は声を上げることがあっても……こんなに心底やめてくれと思うことはなかった。

 弟も少しびっくりした顔をしてこちらを見ている。君は何も……分かってない。

「そんな……危ないじゃないか。ただでさえ音の方向も分からないのに……何かあってからでは遅いんだよ?」

 どうにかして、止めたかった。ただそれだけだったのに、この一言で部屋の温度が少し下がったかのようだった。


「俺、もう三年くらいこの状態だしもう慣れてるけど?」

 目も合わせずに淡々と告げる弟。

「慣れているのと危険さは別物だからね?どれだけ気を付けても君は……!」

 君は……あの頃と違って、片方の聴力を失っている。前世の、平和な日本と違って魔獣のいるこの世界で君は楽しそうに魔法を使っているけれど。

 僕は魔獣と戦ったことはない。でもその危険性なら知っている。普段の君が何をしているかを少しでも知りたくて……。

 こんなにも危ないなんて、知らない方がよかった。そうしたらきっと心配しなくて済んだから。でも僕は、知らないままでいる恐ろしさに耐えきれなかった。

 僕がそんな風に思っている事なんて、きっと君は知らない。


「……兄上のお気持ちはよく分かりました。そんなに俺って危なっかしく見えますか?前なら……どっちも聞こえてた俺にも、同じように止めましたか?」


 淡々と言っているけれど、何かを堪えるようにして……それでもぎこちなく笑って言おうとする弟から思わず目を逸らしてしまった。

 突然に、思ってもないことを言われてびっくりする。そうだとも、違うとも即答するには難しくて少しの迷いが反応を遅れさせた。 

 軽い音がして、机を見ると耳飾りを外して机に置こうとしているところだった。

 

「いいですよ、これなしでもやってみせます。すみません、兄上。俺……もう時間がないんで行きますんで」

「ちょっと、リシア」

 待って!と伸ばした手はするりと(かわ)された。

 もうこちらをちらりとも見ることはなく、行ってしまった。閉まった扉を見つめたまま、そこから一歩も動けなかった。


 どうして、こうなってしまったんだろう。

 机の上にはたくさんの料理が所狭しと並んでいる。どれももう、すっかり冷めてしまっている。

 耳飾りは大切な物だしすぐにでも届けようと思い、のろのろと手を伸ばす。


「どうして……」

 そっと握りしめた金属と魔石のそれは、もう持ち主を忘れたように冷たい。



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