春編32話「全部、空腹と寝不足のせい」
集団魔獣暴走がいつ起こるかの予測もだいぶはっきりとしてきて、今日はいつもより時間が取れそうだった。
やっとレオ兄さんに会える!いや、会ったけどこないだは全然話せなかったし。だから今日は超楽しみ。
送ってもらった狼についての文献も……うん、あれはあれで役に立ったし御礼を言わなきゃな。
あとは何を話そっかな。色々あったから、また「報告もしないで!」と怒られることのないようにちゃんと整理しとこうと思った。
街の様子はいつもと変わりなく、というかいつも以上に活気に満ちている。
お蚕さんがモチーフとなった白い旗があちこちに揺れている。
「あら?リシアン、ちょっと痩せた?」
屋台の女将さんから声を掛けられる。
「そう?てか、あの白い旗あちこちにあるけど何?」
魔獣を追い払うには守護獣だろうと、お守りの影響もあって街の人々の間に広まったらしい。
へぇーと思いながら、改めて眺めるとどれも微妙に違っていて面白い。
「皆、リシアンがくれたお守りには感謝しているのよ。ありがとうね」
サービスと言って串焼きを奢ってくれるらしい。でも、今からちょっと時間が取れたからレオ兄さんとご飯を食べるし持ち帰りでと注文をする。
「そういうことは早く言いなさい!」
と、女将さんが声を掛けて周りの店からも……なぜか色々と食べ物を持たされた。こんなに食べきれるかな?と思いつつもありがたく受け取る。
集団魔獣暴走で大量の魔獣肉が近々入荷予定だから気にするなと言われた。たくましすぎる。
さて、レオ兄さんは街に今滞在している。それも師匠がいつもいる薬店にだ。俺もミレア姉さんもかつては住んでたくらいだから、ここらでは一番広いんだよね。勝手知ったる薬店には裏口から入る。そろそろ昼時だけど、まだお客さんもいるし大量の昼ご飯をとりあえず置きたい。
「あ、リシアンさん。レオナリス様は今ちょっと対応中です」
と言う薬師に、中で待たせてもらうから大丈夫と返事をする。
……香ばしい香りって、余計にお腹が空くよねと思いながら待つ。せっかく出来たてだったのに段々と温度が下がっていく料理を見つめる。まぁ、俺にはレンチンの魔法があるし!と思いながら待つ。
レオ兄さんが姿を表したのはもうすっかり料理が冷めきってしまった頃。移動時間も考えたら、もうそんなに時間はないなって思い始めた頃。
「ごめんね、リシアン。ちょっと話がまとまらなくて」
慌てて来てくれたからまぁ……いいけど。
「レオ兄さん、これ」
「リシアン、痩せた?」
遅れてきたのを理由にしてレオ兄さんのがレンチンの魔法はうまいしお願いしよっかなと思ったら、すごく真剣に聞かれた。
「いや?そこまで変わってないと思いますけど」
どうだろ?最近ちょっと忙しかったしなぁと思いながら、どれから食べようかなと料理に目移りする。だって腹減ったし。
「……ちゃんと寝てる?クマもあるけど」
医官モードが発動している。それは昨夜、館の嬢から呼び出されたせいだと思うよ?
「大丈夫だよ?ちょっと忙しいだけでそんな問題ないと思う」
そう答える俺に、レオ兄さんはどこか遠くを見るような目をする。たまに、こんな表情をしている時がある。
俺を見ているようで見ていないと気が付いたのは最近。
「そうだ、気になっていたことがあるんだけど……リシアンは今回どこに配備されるの?後方ではないんだね」
あ、そっか。バタバタして中継地点以外はそのへん共有されてなかったなと思う。いや、騎士団長とかそのへんクラスは把握してんだけど全体には手が回らず。
「前線。森は庭みたいなもんだからって言われたし、まぁ慣れてるし」
いざとなれば……ならなくても、スノウモスルァーたちも張り切ってるから危なげなく抑えられると思う。
「何で……リシアン、辺境伯だよね?中間地点で辺境大森林と街との連携をとるためにもそちらの方が……」
レオ兄さんは渋い顔をしている。
「そういう案もあったけど、そっちより森のがやりやすいかなと俺も思ってたし?ちょうどいいよ?」
「リシアン!」
強い口調で言われてびっくりする。え?何か俺、レオ兄さんの気に障ること言った?
何かを言おうとしばらく目を泳がせているレオ兄さんの続きをじっと待つ。
「そんな……危ないじゃないか。ただでさえ音の方向も分からないのに……何かあってからでは遅いんだよ?」
その言葉に冷水を被ったように頭の先から冷える感覚がする。ああ、そういう……。
確かにこないだの改造魔獣が出た時はヒヤッとしたけどさぁ……それは別にレオ兄さんは知らないはずだ。
「俺、もう三年くらいこの状態だしもう慣れてるけど?」
あんな例外以外では……しかも直近であれがあったから、もう下手なことはしねぇよ。
「慣れているのと危険さは別物だからね?どれだけ気を付けても君は……!」
その一言にカッとなる。
「……兄上のお気持ちはよく分かりました。そんなに俺って危なっかしく見えますか?前なら……どっちも聞こえてた俺にも、同じように止めましたか?」
兄上は黙ったままだ。それが答えなわけ?
耳飾りを外して、机の上に置く。
「いいですよ、これなしでもやってみせます。すみません、兄上。俺……もう時間がないんで行きますんで」
「ちょっと、リシア」
止めようとする兄上の手なんて、払わなくても避けられる。そのまま、薬店を飛び出すように帰る。
耳飾りは完全防音と精霊言語翻訳と発話の機能を兼ね備えてる。
外すことまでないとは思った。でもその時は悔しくて、兄上からそう思われている自分が情けなくて仕方がなかった。
それなら、これなしでもやってやるよ!と勢いに任せて出て行ってしまった。
『リシアン、ルィピミャーア?』
いつもと同じ風乃の声だけど、言葉が違う。
「大丈夫……」
うまく笑えてたかどうかは分かんなかった。




