春編31話「館の嬢」
お守りの配布は順調に進んでいる。クレメンテから街の人が喜んでいるとの話を聞いた。託児院の子どもたちも、周辺領にて一時避難場所が決まってとりあえずは安心。全員同じところへとはいかなかったけどそれはやむ無し。
子どもたちは別々の場所だけど、同じお守りを持ってるから平気だってさ。
冒険者ギルドでも配ってもらってるけど、こちらも評判は上々。騎士たちがすごくうらやましがってるんだけど……お前ら、あるじゃん。ちゃんとしたやつ。
馴染みのやつだけに渡すわけにもいかず、増産が決まった。
まぁ、こっちは座布団に頼めばいいし大丈夫だろう。
館の方にもちょこちょこ顔を出してはいる。騎士団の拠点だし、保護している森の仔も気になるし。
この人だけが集落っていうのかな……を出て、こちらに来たんだけど他の人は?とか気になって。
とりあえずスノウモスルァーに森の仔の集落がどのへんにあるのか、安全性はどうなのかを見て来てって頼んでる。
お蚕さんは人じゃないし、国境を超えてもセーフかなと思って。今は群れの一部が捜索に行ってる。
「リシアン、お疲れ?」
館の嬢の一人が声を掛けてくる。
「まぁ、多少はね?」
顔馴染みだし気安く話し掛けてくるよね。定期的に往診に行ってたのはミレア姉さんだったけど、前からたまに手伝いに呼ばれてたし。
ミレア姉さんがレオ兄さんのとこに嫁いでからは、俺の仕事になってるけど……嬢たちからは「ミレアちゃんのがよかった、返して」などと言われる始末。
ミレア姉さんは嬢たちに針仕事から料理や菓子作り、それと簡単な礼儀作法を教えたりもしていたらしい。お陰で引退後も館に残って裏方の仕事に回ったり、街での仕事も見つかりやすい。
ぽつぽつとミレア姉さんの話をしていたからなのか。
「リシアン、まーだミレアちゃんのこと引きずってるの?館で遊んでく?」
「はぁ?!」
急に何言ってくるんだと思った。
「健気でかーわいい」
軽くからかいながらも、こちらが本格的にムッとする前にすっと引く。
「冗談だって!あ、これありがとね。かわいくてお気に入り」
元の形は残したままリボンやらで飾って、チョーカーに仕立て直したお守りをご機嫌そうに見せびらかしてくる。
「じゃ、お仕事がんばってね」
と来る時も自由なら立ち去る時まで自由な嬢を見送った。
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日がな与えられた部屋に引きこもるのも気が滅入るので、ルミと中庭へ散歩に行くのが最近の日課。
若い女性たちの華やかな笑い声が聞こえて、足を止める。同時に向こうもこちらに気が付いたようで、すっと頭を下げている。
顔を上げたままなのは森の仔の彼女だけ。近くで見守る騎士たちも礼を崩さない。
「そんなにかしこまらなくてもいいわ……」
ルミは「それが王女殿下へ対する態度としては当たり前なので慣れてください」と言うけれど、自国では当たり前ではなかったから。
「そうなの?私、お姫様と一度でいいから話してみたかったのよ」
「こら、そういう意味じゃないの。敬語は使いなさい。申し訳ありません」
ここに務めている彼女たちは、その仕事内容から想像もつかないくらい明るい。いつも楽しそうな声がするから、私も彼女たちと話してみたかった。
「あまり、堅苦しいのは好まないわ。あの……」
ちらりとルミを見ると、早々とお茶の準備をしている。……人数分なんて、私はまだ頼んでいないわ。
「いい香りのお茶ね。隣国産のものでしょうか?」
同性でも見惚れる美しい仕草と笑顔につられて、無事にお茶に誘うことに成功した。
「先程まで何を話してらしたの?」
平民とは思えない、優雅な仕草でお茶を飲む彼女たちを見る。森の仔もその様子をうっとりと眺めている。
「殿方を虜にする方法について」
お茶が変なところに入って咽るところだった。前言撤回。彼女たちはその道のプロだった。そしていつの間にか森の仔とも自然に身振りを使って話している適応能力には舌を巻く。
「孤高のソロと呼ばれる冒険者がこちらに来たのもあって……最近また隣国から冒険者パーティーが来たでしょう?中々手強いのよねぇ」
彼女たちでもそんな事があるのね、と思いながら話を聞く。
「王女殿下?隣国の殿方はどのような女性を好むのかしら?こちらではねぇ……」
あけすけに話しているのを、顔が赤くならないようにして聞くのに必死だった。グラティア王国ではそのような……興味はないのよ?ないけれど、後学のため。
これもまた知識なので悪い事ではないと思うの。と、誰に言い訳をするでもなく話しぶりが面白いこともあって聞き入った。
「モンテディオスでは……もっと積極的な女性が好まれます」
次第に声が小さくなったのは、言いながら恥ずかしくなったから。
「「もうちょっと詳しくお願いします」」
その、爛々と瞳が輝く今の表情などすごくいいと思います。
しどろもどろになるところはあったけれど、想像以上に楽しく話せた。また色々と教えてくださいねとお願いされたので、今日のところはこれでお開き。
「楽しかったですか?」
手際よく片付けながら、ルミがいつもよりほんの少し柔らかな口調で話し掛けてくる。
「……ええ、有意義だったと思うわ」
そう返す私に「また近いうちに場をご用意しますよ」と言われたので、これはもしかして仕組まれていたのでは?としばらくの間、疑った。
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「何、こんな時間に呼び出しって……」
夜中だというのに、館からの呼び出しだよ。マジ眠い。
「ごめんね?でも早い方がいいと思ってさ!」
少しも悪いと思っていない笑顔で迎え入れてくれたのは、今朝も会ったばかりの嬢。
「はい、リシアン。あんまり大事な物を他所者に渡しちゃダメよ?」
手渡されたのはお守りの一つ。
「……どういうこと?」
一人一つってことで配ったはずなんだけど……。眠い。頭が回らない。
「ルカ様を追って最近来た、モンテディオスの冒険者パーティー。あいつら、売り払おうとしてたのよ。……あとの三人からも他の子が回収してくるから、もうちょっと待ってね」
にこにことしている嬢を見て、やっと目が覚めてきた。マジか。館の嬢たちは他店に間借りして臨時で客をとってると聞いてはいたけれど、そのため?
「あー……管理をもうちょい考えないとな」
「姐様が旦那さんを締めとくって言ってたから、大丈夫と思うよ?街の人は大丈夫そ?」
街の分は……まぁ、それこそ困った時には売り払っても構わないとは思ってたけど。一応クレメンテにも相談しとくか。
「ありがと、助かった」
嬢はうれしそうに微笑んではいるけれど……この御礼はきっと高く付くなと気が気ではなかった。




