春編26話「道中」
「「……」」
馬車の中はしんとしている。それもこれも急遽、辺境へと行くことになったから。志願したのは私だけれど。
本当は止められていたけれど、私が志願していると知った時の王弟殿下は……あの方は相変わらず無茶苦茶だわ。言うに事欠いて「人質として連れていけばいいよ!」だなんて。
この発言を聞いた一国の宰相ともあろう方が、躊躇なく王族を物理で止めるとは思わなかった。
人為的集団魔獣暴走の後に騎士団が追って辺境の地に攻め込んでくる可能性が高いとみている。そのため私を連れ行くことで「人質」とし牽制に使えると説明していたわ。
モンテディオス王国にとって、私には人質としての価値なんてないのに。
「まだ王女殿下は長旅の疲れも取れておりませんのに、また移動など……!」
と憤る新たにグラティア王国が付けてくれた侍女たち。……何だか、自国にいた時よりずっと丁重に扱われているわ。
新しいドレスをと張り切る侍女たちをどうすればいいかも分からず、途方に暮れかけてもいたので辺境行きは願ってもないこと。ただこちらにも想定外の人数が割り振られそうで慌てて固辞した。
「少数精鋭で揃えたのでご安心くださいね」
と言われたが、むしろ安心要素はない。結局は自国から連れてきた侍女という体のルミと相変わらず同じ馬車での移動となった。
「ルミ……」
「何でしょうか?」
沈黙に間が持たず、痺れを切らして話し掛けるも相変わらず淡々としている。私にはさっきからずっと気になっていたことがある。
「この移動速度は異常ではなくて?私が乗っているのは馬車よね?」
「騎士団長がおりますので。大丈夫です。適宜、馬の交代で休憩もありますしごゆるりとお過ごしください」
あまり答えにはなっていないと思ったけど、これ以上は深く聞くまいとも思った。沈黙のまま高速馬車旅は続く。
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さすが遠征慣れをしている騎士団は違うなぁと思いながら、馬車から外を眺める。
医官部の数人、騎士団からの記録要員は馬車での移動だ。
「……いいなぁ」
いつもは丁寧なのに、思わずといった具合に悔しさと憧れとが混ざった声音。
「大丈夫。アグニスくんもすぐあちら側にいくよ。……とは言っても、こんな事は起きない方がいいんだけどね?」
「そうですね!何もないのが一番です。しかしながら、その時が来た時のためにもっと精進します」
うんうん、頑張ってねと穏やかな気持ちで見守る。
「これ以上、リシアンと差がつくのも嫌ですし。私も今度は記録要員ではなく正式に……」
アグニスくんはリシアンのことをちょっと意識している部分があるらしい。貴族としては確実にアグニスくんの方がしっかりしているから、意外だ。
「記録は大切だよ。それこそ信頼の置ける人にしか頼めない仕事だからね」
教養の素地がしっかりとして、さらには研鑽を怠らない姿勢が評価されてのことなんだと思うけどなぁ。
「ありがとうございます!」
明るい笑顔にちょっと大きな張りがある声。いつもの調子が戻ってきたかなと微笑ましく思う。素直でいい子なんだよなぁ。リシアンも……素直ではあるんだけれど、うん。深く考えるのはやめよう。
共通の話題だからだろうか。そこからはしばらくリシアンの話で盛り上がった。リシアンが王都に来た時には飲みに行ったり、たまに近況を報告したりと僕が思っている以上に仲は良いみたいだ。
ほのぼのとそんな話を聞いたり、逆に僕が幼少期のリシアンとの思い出を話したりしていた。
「アグニス、ちょっといいか?」
第二騎士団の一人がアグニスくんを呼んでいる。
「すみません、レオナリス様」
馬車の外に出て、ぽつぽつと数人の話し声が聞こえる。気の置けない仲といった雰囲気は貴族学院の同期だからだろう。
「……あっ、ちょっと待て!」
そう聞こえたと思えば馬車の扉が開いて、目を輝かせた青年がいる。
「リシアン様のお兄様ですか?!リシアン様には大変お世話になっております。補佐官のジャスウェル・ラルストンです!」
……何かまたすごい子が来たなぁ。とりあえず気になることの確認からだ。
「弟がお世話になっているのではなく?」
「いえ!私がお世話になっております。今回もリシアン様に王都まで書簡と情報を届けるといった任務を託され……たのですが、これは?」
ええ、これがその手紙を受けて派遣されている先行部隊なんです……。
「ではもう、書簡は王都にすでに届いて?」
一週間前には届いてます、とも言いづらい。
「さすがリシアン様……きっと私などには話せない新たな術式で王都まで急報を」
「いい加減にしないか、レオナリス様が困惑しているだろう!」
止めてくれてありがとう、アグニスくん。ラルストン補佐官の中でリシアンのイメージはどうなっているのだろうかと激しく気になる。
「失礼しました。リシアン様から周辺領の異変がないかも情報収集と報告もするようにとのことでしたが……アグニス様」
先程までとは打って変わって真面目な口調になる。
「西側に接するバラクロフ伯爵領において通年よりも隣国から商人や冒険者の流入が、やや目立ちますね。誤差と言っても支障はない程度ですが」
時間が足りなくて情報精度は甘いのですが、と続くラルストン補佐官の声を聞きつつ僕たちは目配せをする。
その方角はモンテディオス王国から森を越えずに来られる唯一のルート。
「騎士団長へ急ぎ、報告だ。ジャスウェルも来てほしい」
ラルストン補佐官は一瞬その動きが固まった。
「騎士団長ってそんな……アグニス様だけが行ってきたらいいじゃないですか!あの騎士団長の前に私のような低位貴族がお目通りなど」
往生際悪く粘り始めた。アグニスくんも、彼を連れてきた騎士も困っている。
「君のような有能な補佐官が付いているとは、弟もさぞ助かっていることでしょうね。この事は私からも弟に伝えておきます」
「はい、すぐに行って参ります。必ず戻ってきますので何卒よろしくお願い致します」
二人の騎士に引きずられながらなおも、こちらに向かって何かを言っているラルストン補佐官を見送った。
辺境までの残りの道中。ずっと一人の話題になるとは想像していなかった。
リシアン……とりあえず君が元気そうで何よりです。




