春編24話「光」
「火乃が中々帰って来ない……」
レオ兄さんのところへ使いを出したが、何か問題でもあったのだろうか。契約精霊だから他のやつに頼むよりずっと指示が通る。それで火乃に任せようと思ったんだけどな。
とはいえ、風乃まで使いに出したら色々と困る。常時、音を届けてくれるサポートがあって助かってるし。最近では、お蚕さんさんたちや座布団の言ってることの通訳もしてくれてるからさすがに欠かせない。
「リシアン、悩んでる?」
「やること多くてさぁー」
ルカにまで手伝ってもらって、あれこれこなしている現状。知見は広いし、各国の情報もさすがに色々と渡り歩いていただけあって詳しい。だいぶ集中力も欠いてきたし、目を覚ますためにも薬草茶を淹れる。ついでに甘味も必要だから追加。
「そうだ、ルカ。精霊言語が話せることは隠しておいた方がいい」
騎士団が来る前にこれは伝えておかないといけなかった。
「そうなの?今までは特に何も言われなかったけれど」
相変わらずおっとりしているなぁと苦笑する。
「俺もその事がバレて色々と大変だったんだよ……」
そのせいで気が付けば王族絡みのとんでもない事態に巻き込まれた。あの時は大変だったな、マジで。
「もしかしてそれで辺境伯になったの?」
「いや、それは別件」
そっちはただ、お蚕さんたちの繭を大量に送ることがマズかっただけの話だ。こんな事になるとは思ってなかった。
「……うん?すっごく意味は分かんないけど、気を付けるね?」
もうちょい話せることだけは選んで説明をしようとした。でも聞けば聞くほど混乱しそうだから、そういうことで納得しておくねとルカから断られた。
とりあえず精霊言語は「古代言語の一種」ということにして誤魔化す方針が決まった。
「俺もカラベルト伯爵家に勘付かれると厄介だからね」
品よく茶を飲みながらルカがさらりとそう口にした。
「あ、やっぱルミちゃんの……」
「ルミスを知っているの?!」
すごい反応速度だった。顔を上気させて次々に質問をぶつけてくるルカは初めてだった。とりあえず落ち着いて……話はそこからだ。
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カラベルト伯爵家に生まれた者の運命は、生まれた時点で二分される。
独自の魔力判定装置、そして生後間もなく与えられる毒への耐性にて決まる。表の系譜には存在しない者の数は多い。
嫡男なれど、能力が逆転すれば入れ替えも当然のように行われる。
全ては精霊信仰と、精霊を祖に持つ王家への忠誠による。伯爵家の中でも特殊な立ち位置は王家の影を多数輩出していることから明らかだが、この事実を知らない家門は多い。
俺も早くから適正を見出され、着実に王家の影となるべく育てられていた。十歳の頃に教会で火属性の精霊と契約を結んでからは、これでしばらくは揺るがない立ち位置を手に入れたと安堵した。
能力を認められるとやっとそこで、能力に纏わる獣の名を与えられる。無名が当たり前のこの家では、やっと存在を認められるため「狐」と呼ばれるだけでもマシだった。
同年の子がまた一人、倒れたがそれも日常の一つとして何の感情も持たなかった。心を持つと、生きてはいけないと思う程度には染まっていた。
ただ淡々と日々の訓練や多種多様な教育漬けの日々。この教育で初めて、他の貴族家と自分の生まれた家の違いをまざまざと見せつけられた。
特殊さに嫌気が差したし、他所ではこんな事はしていないんだと思うと妬ましかった。王族は崇拝の対象だが、貴族への苦手意識はここから。
そんな環境でも最初は目立っていなかったが、諦めの悪い子が一人いた。三つ年下のその子は誰よりも高い資質を持ちながらも、いつかはこの境遇から抜けられると信じてやまなかった。
その態度もあって本当ならまだ強い獣の名を与えられただろうに「鼬」と呼ばれていた。
俺が、その子を認識したのはどうしても体質に合わない毒にあたった時のこと。蹴落とし合って、生き残ることへ皆が必死だ。弱さを見せるのは命取りなので、身を隠して毒が抜けるのをひたすらに待っていた。
ひどい悪寒がする。契約精霊が必死に魔法で温めてくれようとするけれど、それだけでは追い付かなかった。
「兄様、見つけた」
小柄な体躯を活かしてか、ひょっこりと鼬が俺が隠れていたところまでやって来たのだった。
どうやって見つけ出したのかは分からない。埃と蜘蛛の巣にまみれているので、普段は使われていない通路を駆使して探し当てたのだろう。なぜそこまで必死になって俺を探したのかも分からなかった。
「兄様ではないだろ……帰れ」
「同じ髪色は狐兄様だけです。本で見ました。同じ髪色は血縁の者に多いと」
……真っ黒のこの髪色は、基本的には表の系譜の者にしかいない。
「兄様は私のことを虐げない。だから特別」
何もしないのは相手にするまでもないからで、それは特別なことではない。鼬も俺に害をなすことはなかったので、ただそれだけのこと。
「兄様が嫌なら今日は帰ります。これだけ飲んでください」
小さな小瓶一つを残して、音もなく消えていった。
中身は解毒剤ということは臭いで分かった。
付いて回る鼬をいよいよ邪険には出来なくなった。俺と共にいることで、他から虐げられることも減るので余計にくっついて回る。こんな環境で、擦れずに育つ鼬のことは見ていられなかった。だけど数年も経てばそれは当たり前のことになる。
十五を迎え史上最年少で王家の影として任命される事が目前だったある日。
鼬が持ってきた物だから、特に躊躇わずに口にしたのがよくなかった。
仕込まれていた強力な毒で、動くこともままならない。混乱した鼬が必死に俺を担いで、どこか安全に身を隠せる場所をと探し回っている。
こいつか仕込んだ毒ではないという事は理解した。
水の中にいるように、耳が遠くなる。五感がじわじわと削られていくのを肌で感じる。
「ごめんなさい、兄様……ごめんなさい」
泣いて謝るこの子に、してあげられること。道中あちこちに引っ掛けて爪も数枚剥がれかけているというのに、そちらには目もくれない。
「ルミス」
名付けをしようと思ったのは、精霊や魔獣との契約に必要なことだったから。他に出来そうな事もなくて、思いつく中で一番の贈り物がそれだった。
「光という意味だよ。お前の名前にする」
パクパクと口は動いているけど、もうあまり聴こえない。
「俺はもうここを出る……ルミスも、生き延びて」
この状態だと、逃げない限りはもう死ぬか翌朝までもったところで処分が待っている。
一か八かでも逃げることに決めた。残っても……俺を助けようとしているルミスにまで害が及ぶのは確実だろうと思った。
魔力だけは幸いにもある。これで無理矢理にでも身体だけは動かせる。
「じゃあね」
契約精霊が派手な火魔法で、外壁を吹き飛ばした。ものすごい風だから相当な威力だろう。爆風でルミスも遠くまで転がっていった。受け身は取れているし大丈夫だろう。
逃げることも想定はしていたけれど、まさかこんなタイミングになるとは思っていなかった。兄様と慕ってくるあの子も連れて行こうかと思ったけれど、子ども二人は目立つ。
あの子はこのままここで……王家に仕える影となればいい。そうしたらその身は王家が貰い受けることになる。
それだけの力はあるだろうから、置いていける。影となり王族という新たな主人を得れば、この家からはもう干渉が出来なくなる。
生き延びることの希望を教えてくれたのはあの子だったから俺も……。
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ぽつぽつとルカが語る過去は壮絶の一言だった。けれど一番に引っ掛かるのはそこではない。
「……ごめん、ルカ。俺が知ってるルミスとは別人かもしんない」
ルカのことを兄様と呼んで過酷な環境でもいつかはと希望を持つ?基本的に何の感情もない、淡々としているのがルミちゃんだ。
「あと髪色も違うし……」
染めてるのかもしんないけど。でも性格が随分と違う……。
「そう?それならそれでいいよ」
たぶんあの子は大丈夫だから、とルカは声量とは裏腹に澱みなく言い切っていた。




