春編23話「派遣選抜」
目が覚めて少しの間、白を基調とした見慣れぬ家具のある部屋で混乱する。豪華な家具の数々を眺めながら、グラティア王国へと到着した実感が徐々にわいてくる。
「お目覚めですか?陛下たちへの挨拶は申し訳ないのですが、明日の夕刻を予定しております。それまでは長旅の疲れを癒やしてもらえれば」
見慣れた侍女だが、その実態を知った今では頭が痛い。
「お加減が優れませんか?……疲れが出ているかもしれませんね、医官を呼びましょう」
「いらないわよ!そして貴方はまだ私の侍女なの?」
グラティア王国のことは知っているつもりだった。認識が甘かったことをひしひしと感じている。
侍女は間諜だし、王弟殿下は変わった御方だし……ルイシン様だけはやさしかったわ。年も近くて、道中でお話することも多くて。そんな事を考えていたら、ルミが消えた。
「ちょっと、ルミ?どこへ行ったの……?」
グラティア王国の侍女がやって来て、朝の支度を手伝ってくれる。ありがたいのだけれど少し、心細かった。
しばらくしてルミが連れて来たのは穏やかな雰囲気を纏った医官だった。
このような雰囲気の方もいるのね。王弟殿下が医官部を率いていると聞いていたから、意外だわ。
ルミにそっと合図をされてから、この国では高位の者から名乗ることを思い出して私から名乗る。
「モンテディオス王国、第二王女のエルシア=フィル・ディオラスよ」
「総長……王弟殿下は忙しいので代診を務めさせていただきます、副医官総長のレオナリス・ヴァルディリアと申します」
ヴァルディリア辺境伯の親族かしら?
私が名目上とは言え婚約を前提に訪問する予定の方。
「ねぇ、貴方。リシアン・ヴァルディリア辺境伯をご存知?」
ピタッと、一瞬だけヴァルディリア医官は固まった。
「……彼は弟です。隣国のどこでその名を?」
「王弟殿下から聞いたのですわ。それとルイシン様からも彼の話は聞いております」
従魔を連れた……貴族としては風変わりだというその方は優秀な薬師と冒険者としての活動をされていると聞く。
ルイシン様も楽しそうに彼の話をしていたから悪い方ではないと思うわ。
「レオナリス様、エルシア王女殿下はリシアンのところへ向かわせる予定です。婚約者候補ということになっています」
「ルミスくん?!ちょっと、どういう事になってるの?」
ヴァルディリア医官が慌てて口調も乱れているし、ルミも声のトーンが低くなった。ルミスくんと親しげに呼んでいるし……どういう関係なのかしら?
「王弟殿下がそういう名目にしました。婚約者候補という事にしてこちらに保護したので、レオナリス様にもお伝えするよう言付かっております」
「それだけじゃないよね?僕にそれを伝えた本当の理由は?」
……副医官総長ということもあって、ヴァルディリア医官は王族からの信頼も厚いのね。やり取りをしながらも、満遍なく降り注ぐ治癒魔法の腕からもそのことは分かる。
「……リシアンの説得、よろしくね☆って言ってました」
誰がとは言わなくても理解したようだった。短い付き合いの私でも王弟殿下しかいらっしゃらないと思うもの。
レオナリス様はふぅと一つ大きなため息をついた。
「失礼しました。少々取り乱しました。健康状態ですが、少し胃の不調があるようですね。お疲れもあるのかもしれません」
しばらくは消化にやさしい食事を届けさせること、食の好みなどをいくつかを聞かれた。
「……それでは私はこれで。何かあったらすぐに侍女にお知らせください」
最後にそう伝えてレオナリス医官は去っていった。
「ねぇ、ルミ?ヴァルディリア辺境伯も先程の医官と似ているのかしら?」
あのような雰囲気の方だといいなと思う。冒険者をしているとはいえ出自は貴族。魔法の腕前はルイシン様もお認めになっているし、知的な方なのかしら。
「いいえ、まったく。リシアンは……会えば分かります」
断言の後に珍しく言い淀むルミに、私はこれ以上は何も聞けなかった。
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「ギンケイ様っ!」
「どうしたんだい、レオナリスくん。さぁ落ち着いて呼吸はひっひっふー」
無視してそのまま近付く。
「リシアンを、モンテディオス王国の第二王女殿下を婚約者候補として仕立て上げたってなんですか?」
「あ、俺ちょっと……」
逃げようとしているけどそうはさせない。
「王弟殿下の本日のご予定は全て確認済です。この時間は医官部での業務のみです。他の緊急業務もありません。それでもどこかへ行くと言うのであれば、その御要件を副医官総長の私にも教えてからにしてください」
奔放な弟を持つ兄のスキルを舐めないでいただきたい。
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辺境への派遣人員の選定は各所で揉めに揉めた。
一番は火乃くんの存在が大きい。まず騎士団長が行きたいとごね始めた。第二騎士団では「あの騎士団長とともに戦える機会!」と立候補者が多数。
第三騎士団では熾烈な争いになって複数の怪我人が出たところで止められた。
そして医官部はというと……
「だからリシアンの説得のためにも僕が行く方がいいでしょう?」
「いーや、今回はルイたんの初陣ともなるからね!叔父の俺が共に行く以外あり得ないよね?!」
医官総長と副総長による争いが勃発した。どちらも王城に不在というのはまずい。せめてどちらかだけでも派遣人員に入れてほしいとギンケイ様が陛下に懇願して、やっとで許可が降りた。しかし、そこからは互いに一歩も引かない。
「叔父上、いい加減にしてください。此度の派遣要請……騎士団長が来ることは決まっています。それにこうも頻繁に王族が何人も同時に城を離れるわけにはいかないでしょう?」
ルイシン様が呆れたようにこの様子を眺めている。
歴戦の猛者、騎士団長がいるだけでルイシン様の安全は確保されているようなものだ。
「火乃、リピニャアの兄上がいいー!リピニャア、兄上来たらよろこぶね?」
陛下の前でそう言い放った火乃くんの一言で、僕が辺境への派遣を勝ち取った。
ギンケイ様は諦めが悪く、なおも陛下に食い下がってはいたけれど
「……叔父上とリシアンを組ませたらこっちも予想がつかないからな」
ぽつりと言ったセイラン様の言葉に、その場にいたギンケイ様以外の全員が頷いた。




