春編20話「到着」
私室の机の上に今朝はなかった封筒。そして今度は火属性だろう精霊様が鎮座している。
またか。
「兄上に、お手紙!リピニャアから!」
そして精霊様が喋った。リシアン、もしかして毎回僕のことをびっくりさせようとしてる?
「至急派遣ようせぇ!魔獣の騎士団をリピニャアが呼んでるよ」
至急派遣要請?魔獣の騎士団だから第三騎士団のことか。精霊様が追加で差し出した封筒には緊急時にしか使用されない、独特の赤色の封蝋が押されていた。
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「「この馬鹿っ!」」
圧が強いよ、圧が。一人でも手に負えないのに二人か……。そして、こういう時は正座だと二人に教えたのはたぶんレオ兄さん。
そろそろ足の感覚がないです。立てるか……?
「まさかあんなに一瞬で食べられるものとは思わず」
師匠に座布団が例の魔獣を食ったことを伝えたら、ギルドまで連行された。結果として、やべぇのが増えた。
「飼い主なんだからしっかりせんか!」
「お前が止めなくてどうする?」
ルカはこの様子をあわあわと眺めている。
「リシアンは、放し飼いなので仕方がないです」
放し飼い……うん、放し飼いだけども。一般的な従魔はその名の通り、契約者の近くに常にいるものらしいよ。ルカ、フォローになってそうでなってない。
場は混沌としている。今なら足を崩してもいいかな?
「でもあの蜘蛛がいなかったら、危なかったと思う」
このルカの一言でしんとなって、俺も姿勢を正した。
Bランク二人であんだけ苦戦したもんなぁ……せめて弱点なりが分かればいいんだけど。
「あ、魔石は回収してきてる……二つ出てきた」
重みのあるそれを机に置くと凝視している。
「白角鹿の魔石と?」
やっぱりもう片方の異形の魔石を前に二人も悩んでいる。
「……人為的な魔石だな、これは。質が悪い」
先に結論を出したのは師匠だった。魔石の加工から考えるも、研磨なりをして効率を上げることは出来るけど人為的には作れないはずで。
「二つあった魔石を人為的に融合させている。結果がこれだ。濁って干渉してやがる……」
あぁ、そういう……。ん?ということは、誰かが謎魔石を作って鹿に埋め込んだ?
「あとこれ……牙生えてんの。キモくね?鹿なのに」
「言い方!」
すげぇ早さで怒られた。いやだって、気持ち悪いからな。あいつら草食なのにこんなん生えてんの。
「……永久歯だな。草原狼に似てるな」
ギルド長が聞いたことない魔獣の名前を言ってる。ルカなら知ってるかな?と、伺い見たらそっと「帝国付近に出る小型の狼みたいな魔獣。こっちにはいないね」と教えてくれた。
何かよく分からん魔獣と鹿。人為的に魔獣が生み出されたとでもいうのだろうか……。
そう思い当たったところで、背筋が冷える。
「……ルカ、モンテディオス側には浅層部にも魔獣がいたんだよな?それも変異種の。ちなみになんだけど、さっきギルド長が言ってた狼のやつも出たりは?」
「それはないよ。あぁ……でもモンテディオス国内にいるのはいる。けど、辺境大森林とは真逆の帝国方面だね」
勢いよく立ち上がろうとして足の痺れで崩れ落ちる。正座さえ!正座さえしてなかったら。
「落ち着け、リシアン。もう第三騎士団の要請もしているし、そろそろギンケイが帰ってくるだろう。あれは……やたらと勘がいい。帰国を待ってからでも遅くない」
王弟をあれって言った。でもギンさんだし心配……日頃の奇行しか今のとこ浮かばないし。
いや、師匠が勘がいいとか言うくらいだし大丈夫なのか?何やかんやあの人、王族だもんな。有能なはず、たぶん。きっと。
「冒険者ギルドはこのままの体制でいくが一旦は総員森から撤退。リシアンたちが持ち帰ってきた魔石と骨から属性解析が終わるのを待て。翌朝までには終わらせる」
ギルド長の本気を見た。
「薬店にある笛飴の在庫全部、あれ合図になるし手が空いたやつら全員で森から呼び戻すのに使って」
まだ歩けないどころか立てない俺は、薬店の鍵をルカに託した。
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「こちらを第三騎士団のアグニス・ローダウェル卿へお願いします」
運輸部へリシアンとバルドレム先生連名の一通の書簡を届け出る。アグニスくんの父親は騎士団長だ。僕が騎士団への取次を頼むより早く届くはず。
複数用意していてくれて助かる。次は……王太子殿下であるセイラン様のところへ急ぐ。この方なら僕が直接行っても邪険にはされないはずだ。
上長のギンケイ様の帰りが待ち遠しい。あの方さえいればもっと早くに各方面に伝わったのにと思うが、リシアンたちがまず頼りにしたのは僕だ。それに応えないといけない。
「セイラン様、レオナリスです。急ぎお伝えしたいことがあり参りました」
当然のように中へ通されて安堵する。
「何があった?レオナリス」
高く積まれた書類に通していた目をこちらへと向けてくれる。
「バルドレム・トピリア侯爵、リシアン・ヴァルディリア辺境伯連名で辺境へ第三騎士団の派遣要請があります」
赤色の封蝋にさすがのセイラン様も少し眉を顰めた。流れるような手捌きでペーパーナイフを操り、中の書簡を取り出す。
「辺境に新型魔獣と思しき存在が出たそうだ。冒険者も対応にあたるが、Bランク冒険者パーティーに重症者一名……怪我の詳細が書かれているのは私よりレオナリス宛だろうな」
数枚に渡って、バルドレム先生の字で書かれているそれには初期対応でリシアンが止血……?
バルドレム先生が到着した時点でほぼ止血を確認との文字を見て固まる。それは治癒魔法でもかなり高度で、魔力を消費するものだ。
あの子の魔力量でそんな治癒魔法を使ったら、魔力枯渇で倒れてしまう。具合は悪くなっていないだろうか。
数日は安静にしてあまり魔力を使わずに……と願うも、リシアンのことについては書かれていない。
「私は陛下へこの事を報告しに行く。レオナリスは……リシアンのことだから大丈夫だ。返事を書いてからでいい。医官も派遣するからそちらの手配を進めてくれ」
気遣いはありがたくも、心配は消えない。今しばらく医官総長のギンケイ様は隣国から帰って来ない。その間、医官部のトップは副医官総長の僕だから辺境へは行けない。せめて信頼の置ける者を一人でも多く向かわせたい。
セイラン様が立ち上がったその瞬間、同時に重たい扉が勢いよく開く。
「セイたーん!叔父たんの帰還だよ!会いたかったよね、待ってたよね?!お土産もいっぱ」
「叔父上!護衛もろとも置いていくのはやめてください。ほら、陛下のところへ行きますよ。申し訳ありません、兄上も執務中で……レオナリスも来ていたのか?」
先程まであんなに待ち焦がれた人は、想像以上の勢いで帰ってきて……色々と力が抜けた。
日常が、少し帰ってきた気がする。




