閑話「補佐官クレメンテの初日」
「クレメンテさん、今から野菜の特売があるわよ!」
「それは!ありがとうございます」
辺境の街にもだいぶ馴染んできた。最初は市場調査も兼ねて街の様子を見ていた。なぜ店により価格差があるのか、なぜ日によって同じ物でも値段が変わるのかと買い物をしているご婦人方に聞いていたら快く教えてくれた。
姉妹が多いこともあり、女性たちと話すことには慣れている。結果、気が付けば仲間認定をされたのか話す機会が増えた。
侮れないのは彼女たちの物事を見る目の鋭さと、王城から派遣された補佐官だからといって物怖じしないところだ。
今ではすっかり、多方面の情報だったり人や物を見る彼女たちの審美眼を信頼してよく話している。
領主様も女性だからといって軽視することはない。各業態の代表者を選出する時も「精肉なら屋台の女将だろ。精肉店側の店主は人見知りだから、女将のが向いてる」などさらっと言ってのける始末。
貴族社会では常識外の事を言っていると気が付いていないのだろうか?この手の……代表だったり領地運営に携わるのは他領では男性しかいない。
領主様は、本当に変わっておられると出会った日のことを思い出す。
◇──◇──◇──◇──◇
挨拶に行った日、領主様はいなかった。
住まいである薬店はまだ閉店していて不在、道行く冒険者から「リシアンならまた森に行ってる」と教えてもらった。
「真面目そうだなぁ、あんた。リシアンの補佐?をするんだろう……覚悟しとけよ」
と厳つい見た目とは裏腹に妙にやさしかった事で、冒険者を見る目が変わった。冒険者ギルドで待っていたらそのうち来るからと案内もしてくれた。
冒険者ギルド内は最初は人が少なかったが、徐々に騒がしくなる。やはり荒っぽい者も多く困る。
「王都から来た文官?わっざわざ何しに来たんだよ」
「領主様の補佐官としてやって参りました」
まず、王都の文官という時点で私の事を気に食わないといった態度で絡んでくる者もいる。
まともに返しても、しつこく絡んで来るので対応が難しい。
「入口で溜まってんなよ、邪魔」
取り囲まれて身動きも取れず、かといって彼らが危害を加えるわけでもないからと誰も動けなかった。
それを一蹴したのが、領主様だった。というか、手が塞がっていることもあり文字通り一人を蹴飛ばしていた。
「この人、どう見ても冒険者じゃないよね。お前ら、何やってんの?あと邪魔」
もう一度、邪魔だと言って蹴ろうとする動作で冒険者たちは散っていった。……舌打ちをするのはやめましょう、領主様。
「ありがとうございます、領主様。補佐官としてやって参りましたクレメンテ・メネガットと申します」
挨拶をすると領主様があからさまにマズい、といった表情をされる。
「……あー、王城から派遣されるっていう文官の人?やっべ、今日だったか」
すっかり忘れていたらしい。わざとに不在だったわけではなさそうだ。
「ちょっとギルドの報告だけしたらすぐ戻るから、先に薬店で待ってて!」
見ず知らずの私に、そう言って薬店の鍵を渡してくる始末。危機管理能力はないのかと、少し不安に思った。
薬店は綺麗に整理されており、中々立ち入る場所ではないので物珍しく思って眺める。
薬の価格もかなり抑えられている。そのために冒険者活動で補填しているのだろうかと思った。
「ごめん、待たせた!」
バタバタとやって来た領主様がまず謝罪から入るのに面食らう。
「……それは構いませんが、大事な鍵をいきなり渡すのはどうかと」
つい、苦言を呈して「しまった」とは思った。こういうところを王城では指摘されていたからだ。
「いや?王弟殿下から届いた人物評定書を読んでたから大丈夫かと思って」
真面目だと書かれていたし、あのまま冒険者ギルドに置いていくより薬店のが安全だと思ったからと事もなげに話す。
領主様が王弟殿下と親交がある事は、貴族の中でもすでに広まっている。交友関係は狭いが王弟殿下を始めとして王太子殿下、第二王子殿下といった王族。さらには同年だからか、騎士団長のローダウェル侯爵家の末子のアグニス様。更には薬学の権威であるトピリア侯爵とその代官までと……狭い交友範囲だが、その影響力は計り知れない。
夜会も王城の新年祭に二度だけ参加。話し掛けようにも、彼の周りにいる者を見て誰も触れられない方だった。
私も……領主様と話すのは今日が始めてである。
いざ話してみるとさらに謎が深まる人だった。下手したら、王弟殿下以上に掴みどころがない人物だった。
躊躇なく冒険者を蹴り飛ばしたかと思えば、それは私を心配したからで。荒っぽいのかと思えば、薬店の商品は冒険者のために価格が抑えられている。
「冒険者活動をされているのは、薬の価格を抑えるためですか?」
とりあえずは気になった事を聞いてみる。きっと高い志を持っているのだろう。
「いや?自分で採ってきた方が早いし、品質もいいから」
あいつらに採取させると、いまいち雑な時もあるからなどと言い始めた。……何を考えているか、余計に分からなくなった。
「質も良いならなぜここまでの低価格に?」
「冒険者は基本的に金がないからな。あと効きゃあいいからそれだけの話で……ちゃんと、味の改良とかしたのもあるよ?」
確かに高価格の物が少しだけ端の方に陳列されていた。あれは高ランクの冒険者向けなのだろう。
「あとさっきから気になってたんだけど、腰とか痛めてる?」
王都から辺境までの道程は長く、座りっぱなしだった事もあり節々が痛む。少し休めば大した事はないと思うが、よく見ている。
売り場から軟膏が入った一つを持って来て目の前に置かれる。
「……ちょっと臭いはあるけど、すぐ効くと思う。これを使って今日はもうゆっくり休んで?」
金銭も払わずに受け取れないし、まだ補佐官として仕事もしていないのに帰れないと伝える。今日来ることを忘れていた詫びだ、治ってから出直せと言う領主様に折れた。
軟膏は……確かに独特の臭いはした。ただ、翌朝には随分と身体が軽くなったことに驚く。
念入りに洗い流して、気になる臭いが落ちた事を確認してから領主様の元へ向かう。
辺境での仕事が始まる。
領主様によく効いたと伝えると、満足気に笑っていた。
「それにしても……王城でもここまで効果がある軟膏はありませんでした。独特な香りはあるものの素晴らしいですね。何を材料としているのでしょう?」
ふと気になって聞いてみた。辺境独自の薬なのだろうか。これが王都でも広まれば産業としてもかなりいいのではないだろうかと、財務管理の血が騒ぐ。
「辺境でしか採れないやつが入ってるせいかな……あと貴族はこれを知ると嫌がるし、需要も多いから辺境で冒険者が使えばいいって師匠も言ってて」
彼の言う師匠……トピリア侯爵がそう言うのであれば、残念だが諦めるしかないだろう。
「そうですか……ちなみにその辺境でしか採れないという物は何でしょう?」
「地竜」
短く返されたが、聞いたことのないものだった。
「辺境固有種の、馬鹿でかいだけのミミズだよ」
と言う領主様の次の一言で肌が粟立つ。しっかり洗い流したから大丈夫……と必死に己に言い聞かせる。
しかしミミズ……。名前も口にしたくないこの生き物を、苦手に思う貴族は多い。生理的に無理だといった表現が一番合致するだろう。
領主様は、私のそんな様子を見て声を上げて笑っていた。
いたずらが成功した子供のように笑う領主様。
……王弟殿下よりもはるかに掴みどころがない人物だという認識に変わった瞬間だった。
当異世界においてのミミズは、日本でのイニシャルG……黒光りする例のヤツに相当する生き物として貴族たちに認識されています。
平民たちは別に何とも。「あ、ミミズいるな」くらいの温度感です。




