春編15話「過保護」
最近、何だかルカに避けられている気がする。いや、元々は俺もルカもソロの冒険者だから別におかしくはないんだけどさぁ。
冒険者ギルドに行っても見かける頻度が少なくなった。俺が少しお披露目関係の準備と後始末とで、書類仕事に忙しかったってのもあるんだろうけど。
少しだけ時間が取れたから、せめてどんな依頼がでているか見ようとギルドに向かったらバッタリとルカに出くわした。
「あ、なんかちょっと久しぶり」
「うん……」
短い会話なら出来るようになったと喜んだばかりだったけれど、何か素っ気ない気がする。
何かしたっけなぁ、俺。
『『リシアン!早く森に来て、急いで!』』
「は?」
ポポポンと何体もの精霊が急に出てきたと思ったら、ぐいぐい引っ張ってくる。え、まだ依頼文にも目を通してないのに。
『ゴルディくん、リシアンお急ぎ便!』
え?マジで何?わけも分からないまま、ゴルディに早く跨れと促されるがままに……森に駆け出した。
精霊たちの指示でそれはもうゴルディは速かった。ぶつかりそうな枝葉は精霊たちが風で散らしていくからノンストップ。
過去最速で森の深層部まで着いた。何がしたいんだ、一体。そしてめちゃくちゃ協力的なゴルディも何か知ってんの?
「とりあえず何なのか教えてくんない?!」
『『リシアン、しぃー!』』
黙るように言われても。そのまま静かにお蚕さんたちの群れの場所は……拡張されていた。
黒い山があるけど何?
「あ、生まれたんだ……」
近付くと、黒い山は座布団とその子どもたちだった。仔蜘蛛が二百匹近くいる気がする。
座布団はその中からヨロヨロと出てきてから、ペコリと頭を下げる。そしてすっと、3匹の仔蜘蛛を手渡してくる。
真っ白い玄蜘蛛……?白変種かな、珍しい。
『その子たちね、何か違うんだってー』
『リシアン、知ってる?』
これで呼ばれたのか。座布団もまた心配そうにじっと見つめている。
「白変種じゃないの?」
そう聞いてみると、首を横に振る。この3匹だけは肉食ではなくお蚕さんと同じく草食だそうだ。
あの時の卵嚢は少し端が欠けていて、保温を兼ねてお蚕さんたちが繭で包みなおしていたからなぁ……。
魔力が干渉したのかもしれない。そしてどういうわけだか変異した、とか?
「糸出せる?いーと」
ゆっくりと仔蜘蛛に聞けば、ゆるゆると目に見えないほどの細い糸を小さな手足で器用に丸めている。
指先に乗るほどのそれをしばらく観察する。
やたらと弾力があって伸びるな……そして簡単には切れない。
「玄蜘蛛の糸ともお蚕さんのとも違うなぁ……新種?」
分からん。とりあえずこういう分析は師匠のが得意だ。持ち帰って依頼した方がいい気がする。
ちなみに小さい黒い……通常個体の玄蜘蛛は俺に噛みつこうとして、ものすごい勢いで座布団に回収されていった。
『その子たちね、か弱いんだって』
『他のから白い子、狙われちゃうの』
座布団から、お蚕さんから、精霊からもじーっと見つめられる。黒い仔蜘蛛の視線はただ獲物を狙う目だから無視する。
「……で?」
すっと繊細な造りの木目の美しい籠が差し出される。隙間には細かく透明に近い糸が張り巡らされている。
『躾が終わるまでリシアンに預かってもらいたいんだって、か弱いから』
……こいつら「か弱い」って言ったら俺が断らないとでも思っているんだろうか。しきりにか弱さをアピールしてくるな、おい。
白い仔蜘蛛もいそいそと自ら籠の中に入っていく。
……断れない。
「分かったよ。ただあんま長くは無理……おい、聞け」
言ってる途中から荷物を追加するんじゃない。
『お水はこれをあげてね。毎日、朝晩と交換してあげて』
『ご飯はこれだよ。あとはリシアンの畑にある薬草でもいいよ』
『柔らかい芽の部分しかまだ食べないからね、あと果物もあげるから植えて』
過保護がすぎる。あと何匹かの精霊は手伝いにきてくれるらしい。助かるけど指導がすでにうるせぇ。
こうして仔蜘蛛を連れて帰ることになった。
「あれ?さっきと違って中が見えないな?」
お蚕さんたちの縄張りを抜けると白い膜がかかったように籠の中が見えない。
『結界機能がついてるから!』
ドヤって言う精霊に「どんだけ過保護にする気なんだよ」と言いかけて黙った。
推定新種の魔獣。発見して、そのランク次第ではとんでもない報奨金が出る。……冒険者には見られたらマズい気がするので、そのまま師匠のところへ連れて行くことにした。
◇──◇──◇──◇──◇
「師匠、ちょっと相談があるんだけど」
街の薬店はこの時間は少し落ち着いている。
「どうした?リシアン」
ちょっと見渡してから、他の薬師が調合と対応をしているのを確認する。
「……研究室で」
そっと告げると、師匠も内密の話だということを理解したらしく自らの研究室に招き入れてくれた。
「珍しいな、お前が来るなんて」
「うん、ちょっと……従魔の仔のことで相談があるんだけど」
師匠の動きが止まった。
「まさか……幻蚕の幼体を連れてきてないだろうな?」
俺の抱えた籠を凝視している。
「いや、そっちじゃなくて。座布団の仔なんだけど」
「座布団って何だ?東国の敷物がどうした?」
やっべ。座布団のことは説明してなかった気がしないこともない。
「座布団は……お蚕さんたちが捕まえてきたバカでかい蜘蛛、です。で、大きさが座布団サイズだからこう、座布団って呼んでたら自分の名前と思ったみたいで従魔に?」
目が合わせられない。怒鳴られるかと身構えていたけど
「そんなバカな話があるわけないだろう。従魔契約を何だと思っている」
鼻で笑われた。仕方がないから身につけていたギルドタグを外して見せる。
――従魔:スノウモスルァー【幻蚕】
座布団【玄蜘蛛】――
すぐ引っ込めようとしたら手首を掴まれた。ちょ、痛いって!折れる、マジで折れる!
「……リシアン、幻蚕は分かりたくないが分かる。バカでかい蜘蛛が何だって?そんな大きさの玄蜘蛛がいるわけないだろう?!」
「冒険者ギルドの測定器なめんな!俺だって新種かと思ったんだよ。そしたら何か玄蜘蛛だったけど、今はそれどころじゃなくて!」
ぐぐぐと力比べをするように睨み合うことしばし。
「……その籠には何がいる?」
え、どうしよっかな。今の様子を見てたら出すのが心配になる。
「いや、だから座布団の仔。ちょっと変わってるから見てほしいなと思って」
「出す前に教えてほしい。何がどう変わっている?」
めっちゃ腕組みしながら見てくるから圧が強いんだけど。
「白変種じゃないけど真っ白」
「お前は玄蜘蛛の何を学んできたんだ?玄蜘蛛は黒だ。白変種ではないなら変異種か?それがそこまであからさまに色が変わることはまずない」
強く言い切るからちょっとムッとする。
「いや、マジだって。お蚕さんたちも精霊たちも座布団の仔って言ってたし」
籠からまだ小さい仔蜘蛛をそっと取り出す。おとなしく3匹、きちんと整列した。師匠は錯乱した。
その太い腕に捕まれば、逃げられることもなく何かしらわめいているジジイが落ち着くのを待った。
酔う、揺さぶられ過ぎでこれはマジでヤバいやつ。
師匠が落ち着く頃には俺もぐったりしていた。
「リシアン……お前……」
「何でジジイのが疲れてんだよ」
と言うと、後ろ頭をしばかれた。いい音どころか鈍い音がして俺は沈黙した。
「俺が見た限りでは新種だ。ただなぜこうなったかは……」
「あぁ、お蚕さんが欠けた卵嚢を繭で包んでたよ」
「そうか……幻蚕と玄蜘蛛は天敵同士だがな。だが、お前が言うならそうなんだろな……」
投げやりに肯定されたらされたで微妙な気分になるな。
「とりあえずこの仔蜘蛛の糸。分析を頼みたいんだけど。属性とかもまだ分かんないんだよね」
そこからはもう俺の声は届かなかった。どう分析をかけるか忙しく頭を巡らせているのだろう。
そっと帰ろうとしたら
「全部……いや、全部とは言わんが一匹だけでも置いていってくれ」
目がヤバかった。久しぶりにドン引きした。
「おい、過保護ども。ジジイから仔蜘蛛を守れ」
精霊たち総出で止め始めたからその隙に逃げるように薬店を飛び出した。
さすがのジジイも精霊たちに手出しをすることは出来ず、無事に逃げ切れた。やっぱこの師匠は冒険者よりもやべぇ存在だなと俺は再認識した。




