98 人形師の仕事ぶり
何でマリちゃんがそんなのから頼まれごとをされたのか、本気でわからなかった。接触の機会なんてないだろうに。それとも、人伝に頼まれたとか?
ところが、マリちゃんの話だと、そのまさかのまさか、直接彼に会ったというのだった。
「治癒局のお使いで王宮の中を歩いていたら、アンソニーさんがとある中庭の噴水の傍で仰向けになって寝ていて。一緒にいた先輩が、あの人は王宮の管理者っていって私たち平民には関わりあいのない人だから放っていきましょう、って言われて、そういうものかなと思って通り過ぎたんだけど、お使いを終えて戻ってきたら、アンソニーさんが治癒局の前で待ってて、シホちゃんにこれを渡してくれって言付けてきたの」
それは、人形作りについての本だった。ざっと目を通した感じでは、基礎は既にできている者を相手にしたものだ。
「これを読んで勉強して、次に自分が入る体を作ってくれって。……それって、シホちゃんに人形師になってほしいってことだよね?私、シホちゃんから人形師になりたいってきいたことなかったから、受け取っていいかわからなかったんだけど、アンソニーさんについていた騎士に、この頼まれ事は絶対に成し遂げてくれって言われて。何でも、アンソニーさんがこんなことを言うのは珍しいからって」
奴が珍しいことを言ったら何でも言うことをきいてやらないといけないのか。
そんなことを内心でつっこんでいたが、ふと、マリちゃんが私を心配そうに見ているのに気がついた。
それで、マリちゃんを安心させようとして私は言った。
「マリちゃん、大丈夫だよ、平気だから。人形師も将来の選択肢の一つには入っているから」
「そうなの?」
「うん。魔素術を極めたいっていうのが一番で、人形師もそのためにはいい環境かなって」
「そうなんだ……。私、シホちゃんはどこかの警備隊に入るのかと思ってた」
治安目的が主な目的として、各地に警備隊が設置されている。名称はそれぞれの土地で多少の違いはあるらしい。
警備隊は魔素術師のみで構成される。前世でいうところの警察に近い、のか?ただ、この魔素術師部隊は犯罪捜査はせず、治安維持だけを行う。その過程で実力行使が必要なときには魔素術を使うので、当然のことながら魔素術の腕前が必要とされる。
とはいえ、魔素術を使う場面が、細やかな神経を求められることが多いので、それが面倒臭そうなんだよね。しかも、使う術のパターンが決まってそうだし。
だから、人形師の方がいいかな、とは思っているのだけど。
マリちゃんは私が本を普通に受け取ったのに安心したらしい。にこやかな表情で会長夫妻と一緒に帰っていった。
翌日、アンソニーがくれた本を持ってクラリィ婆ちゃんの家に行った。クラリィ婆ちゃんは私が持ってきた本を見て、少し驚いたような表情をした。
「婆ちゃん、この本、知ってるの?」
私が訊くと、婆ちゃんは頷いた。
「まあねえ。私の師匠の師匠が書いた本だよ。これをどうしたんだい?」
婆ちゃんの問いに少し考えてから、
「王宮の管理者って名乗ってる人形にもらった」
婆ちゃんが固まった。それから、私の傍に滞空していたホリィに声を掛けた。
「今の話は本当かい?」
「まあねえ、正確には、宮廷でマリちゃんがあいつから預かってきたんだけど」
「へええ?何であの子が管理者なんかからこの子宛にそんなものを預かるなんてことがあるんだい?あれはこの子を知らないだろうに」
「それが出くわしたことがあるのよー。アンリウォルズに連れられて学院に来ててねー」
「管理者が学院に?」
婆ちゃんが目を眇めた。それって何かまずいことだったのかな、と私は思ったが、婆ちゃんのそんな表情は一瞬で消え、私に本を寄越すように言った。
私は婆ちゃんに本を渡した。婆ちゃんは本をぱらぱらとめくり、
「何やらいろいろ書き込んであるが。管理者は何でこんなものをあんたに
?」
「私に自分が使う次の体を作ってほしいんだって。そのために勉強しろって」
「ああ、なるほどねえ。で、あんたはどうするんだい?マツカサリュウを直すのを手伝ったみたいに、あれの次の体を作ってやるのかい?」
「いや、なんか簡単に言うけどさ、それって神使が入る人形を作れってことでしょう?神様が降りてくる憑代を作るのと難易度がそう変わらない気がするんだけど」
すると婆ちゃんはため息をついた。
「馬鹿だねえ、お前は。人形師は誰しも、難易度なんて考えて人形を作ってないよ。ただいつも全身全霊を賭けて作るんだ。それに神様が入るだろうかとか神使様が入るだろうかとか、そんなことは考えずにね。それは結果でしかないから」
「じゃあ、私がもしアンソニーの体にするためって思って人形を作っても、アンソニーがそれには入らないかもしれないってこと?」
「どうだろうね。そもそも御指名だからねえ……。まあ、あんたは余計なことを考えずに精進すればいいってことだよ」
「……まだ、人形師になるとは決めてないんだけど」
「まだまだ考える時間はあるさ。一旦他の仕事に就いてから人形師になってもいいんだからね」
「人形師って、小さい頃から修行するもんじゃないの?」
セイナ・ニコナみたいに。学院できいた噂では、彼女は四歳から人形師の工房に出入りし、修行を始めたらしい。
婆ちゃんは私をじろりと見た。
「私が人形師の修行を始めたのは、高原を出て王都に来てからだよ」
それは婆ちゃんが十三歳くらいの頃ということになる。
「更に言うと、ルートヴィヒなんかは十六歳を過ぎた辺りで人形師を目指したらしいからね。それで十年もいかないうちに上師になったんだから、まあ何歳から始めないと、なんてのはないと思っていいだろうさ」
特殊すぎる例を挙げられても全然参考にはならなかった。




