97 マリちゃんが預かってきたもの
週末、私とマリちゃんはいつものように帰った。マリちゃんは宮廷に行く週だった。
王宮からの迎えの馬車は会長宅ではなくなぜかうちに来るようになっていて、その土曜日も、朝、私と母と会長夫妻と出王宮の馬車に乗り込むマリちゃんを見送った。
マリちゃんは、見送りなんてしなくていいよ、と言っていたが、会長夫妻は笑みを浮かべながらマリちゃんの言葉をやんわりと受け流していた。
マリちゃんが出発した後、母が会長夫妻を招いて少しだけお茶をした。
「王宮に上がるのは今回で三回目ですが、まだ心配で心配で」
会長が言った。
「マリは、王宮でどんな人に会ったとかどんなことを学んだとか話してくれるのですが、その話の中に出てくる人たちが、普通では考えられない方々でして」
「もしかして、偉い貴族に絡まれてるとか?」
私はあの顔だけ王子のことを念頭に置きながら訊ねた。会長は頭を振り、
「いや、そんなことはないんだが。治癒術師の長や副長に習っているようで、畏れ多いと思ってしまうんだよ」
それはマリちゃんからもきいている。えらく上の人が絡んでくるな、と私も思ったのだ。それでも、マリちゃんの話しぶりからは嫌な感じはしなかったので、ただ話をきいているだけにしていたのだが。
会長夫人が私に頭を下げた。
「護身術の先生のこと、世話をしてくれてありがとう。私たちに相談してくれたら何とでもなったけど、あの子、一人で動けるようになったのね」
「そうだった、その礼も言おうと思っていたんだった。シホちゃん、本当にありがとう。それにしても、フェドゥール伯爵家とはね。感慨深いな」
「どういうことですか?」
私の問いに、会長が言った。
「ああ、それはうちの三男が恩義を受けた話なんだが」
「三男……」
そう言えば、このご夫妻には四人息子がいたのだった。長男は王都にいて、この前までマリちゃんがお世話になっていた伯父さんだ。次男はマリちゃんの父親で、三男というのはマリちゃんの叔父というわけだ。
「そうだ。特に、あの家のある騎士にお世話になってね。その方はもう騎士は退かれているんだろうが」
「仕方がないですよ、貴方。最後にきいた話では瀕死の重傷を負って、それでも一命をとりとめた、ということだったのですから」
「瀕死の重傷って、何かあったんですか」
「ああ、シホちゃんは知らないかもしれないな。二十年以上昔、伯爵領が竜に襲われたことがあってね。そのとき、うちの三男がたまたまそこを訪ねていたんだ。そのとき、そのゼインという騎士に随分世話になったんだが、その騎士は竜が攻めてきたとき、捨て身の攻撃で竜に傷を負わせたんだよ。それで伯爵領は助かったんだが、騎士ゼインは逃げ出した竜が城に出鱈目に浴びせてきた炎の攻撃から主家の姫君を庇って瀕死の重傷を負ったそうなんだよ。うちの三男は騎士ゼインにまた会ってそのときの礼を言いたいとずっと言っているんだが」
「あー……、同級生がその家の子なので、今後話をきいてみましょうか?」
「そうか、そうだったな。いや、不敬になってしまうと申し訳ないから、構わないよ」
「多分大丈夫と思いますよ。その同級生は気安い性格なんで」
会長夫妻は、マリちゃんが戻ってくる時間になったらまた迎えに来ると言って帰っていった。
二人が帰っていった後、母が何やら考え込んでいた。
「何、母さん?」
「いえ、何でも。ちょっと気になることがあったのだけど」
何が気になっているのかと訊こうとしたところに、うちの玄関のドアがノックされた。
出てみると、クラリィ婆ちゃんだった。
「なあに、婆ちゃん」
「鱗の選別したものを人形師協会に送るんだ、梱包を手伝っておくれ」
「何、鱗が全部揃ったの?」
「いいや。まだ足りないが、もう置き場がなくてしょうがないんだよ。本当ならルートヴィヒにやらせればいいんだが、そういう実際的なことは本当に不得手でね」
婆ちゃんの後ろには当のルートヴィヒが立っていて、へらりと笑った。
「すみませんね、力仕事ならある程度は役に立てるのですが」
実際に作業に入ると、本人の言う通り、手先のことでは役に立たなかった。箱に詰め込むところまではできても、箱の蓋に釘を打ち付けることができない。トンカチで指を打つか、蓋を打つかになる。釘の頭を打て!と何度思ったことか。
仕方ないので、箱の蓋に釘を打ち付けるのは私とクラリィ婆ちゃんとでやった。私はそんなに金槌を使ったことはないのでそんなにスムーズには出来なかったが、ルートヴィヒよりは断然ましだった。
それよりも婆ちゃんが凄かった。少ない動きで的確に釘を打ち付けていく。
「まあ、年の功かね」
婆ちゃんは言うが、私が婆ちゃんの年齢になったときにそうなれていそうな気が全くしない。
作った鱗の置き場がなくてしょうがない、と婆ちゃんは言っていたが、その通り、婆ちゃんの家のあらゆる場所に、婆ちゃんとルートヴィヒが作り上げた鱗が詰め込まれた籠やら袋やらが押し込まれていて、それを引っ張り出して運送用の箱に詰め込むのには結構な時間がかかった。馬車に乗せられる量ほど箱詰めができたら、その都度、人形師協会が差し向けてくれた馬車に乗せて送り出す。
その繰り返しを一日中続け、夕方にはようやく全て人形師協会に運び出すことができた。
最後の馬車にはルートヴィヒも同乗した。家が人形師協会の近くにあるのでついでだと言う。
私は馬車を送り出してから家に帰った。
家に帰ると、マリちゃんがいた。マリちゃんは私を待っていたらしい。会長夫婦は一度迎えに来たが、私を待つというマリちゃんに、少しジェニファの家にパンを買いに行く、と言って出かけてくれたようだった。
「ごめん、マリちゃん。もっと早くに帰れれば良かったんだけど」
「ううん、お仕事だもの、仕方ないわ。私の方こそ、突然でごめんね。ただ、これは今日のうちに渡した方がいいと思って」
マリちゃんは私に一冊の古びた本を渡してきた。
「これ、何?」
「アンソニーさんに頼まれたの。シホちゃんに渡してって」
アンソニーって……、あの、王宮の管理者とか言ってたあいつか?




