96 意外に思われたがそうでもなかったらしい婚約
アンリウォルズ先輩は律儀だった。
翌週の月曜日には約束のお菓子を持ってきてくれた。そのときにレイドール公爵令嬢のことを相談すると、対処すると約束してくれた。
そしてその翌週にはアンリウォルズ先輩とレイドール公爵令嬢の婚約が魔素術科の私たちにも伝わってきた。
レイドール公爵令嬢が神々の宴に参加する際の従者もアンリウォルズ先輩が勤めることも、木曜日の課外授業の後に私たち宴の参加者には伝えられた。その日はレイドール公爵令嬢は欠席で、出席していたアンリウォルズ先輩が私たち宴の参加者に伝えたのだった。
先輩はそのことを伝えながら、婚約披露パーティーへの招待状を私たちに渡してきた。パーティーは来週の土曜日にあると言う。
ジェニファをはじめとした魔法科の生徒は招待状を普通に受け取ったが、私とクロウは招待状を手に取るのを躊躇った。
クロウが受け取ろうとしないので、私は小声でクロウに言った。
「あんた、今の親は貴族なんだから受け取ればいいじゃないの」
クロウは逆に私に小声で言った。
「お前こそ受け取らないのか。公爵家からの招きだぞ、名誉だとか思わないのか」
「思わないわよ。平民がそんなところに行って、碌なことになりはしないでしょ」
こそこそ話している内容は、アンリウォルズ先輩に聞こえていたのだろう。先輩はにこやかに、
「案ずるな、我が婚約者と一緒に神々の宴に参加する同志として招くのだ、我らの家が催す祝いの場でお前たちが嫌な目に遭うことはない」
私は苦虫を噛み潰したような顔をした。いやー、私以外の神々の宴の出席者って、全員貴族だよ?他の人たちと私は同列には語れないでしょ。
何とか出席しないで済む理由はないかと私は考えた。そうして思いついたのは、これしかなかった。
「あの、私、そういう場に出るのにふさわしい服装って用意できないですよ。もし出席するとしたら制服で行くしかないんですけど」
自分やマリちゃんがデザインした衣装に変身する練習はしているが全然進んでいないし、本当にこのままだと制服しかない。
アンリウォルズ先輩は不思議そうな表情をした。
「高原氏族には礼装があるだろう。あれは陛下の御前に出てもおかしくはないものだし、それで来れば」
「うちは高原を出たときに氏族を抜けてきたんで、あの礼装を着るわけにはいかないんですよ」
「そうなのか」
「そうなんです。高原出身者はみんなそういう風に抜けて出てくるんですよ」
正確には、抜けさせられる、だけど。
アンリウォルズ先輩は少し考える様子を見せていたが、
「それならアリス・ゼンは欠席で仕方がないか」
私は心底安堵した。ジェニファの誕生日パーティならジェニファの両親とか気安く話せそうな人がいるからまだ制服でも大丈夫そうだけど、アンリウォルズ先輩とレイドール公爵令嬢の婚約披露パーティなんて、高位貴族ばかりで逃げ場がなくて、制服を着た平民がそんなところにのこのこ行こうものなら、まあ確実に冷笑の嵐だろう。
とりあえず、羨ましそうな顔をしているクロウのことは無視しておく。貴族頑張れ。
「それにしても、急ですね」
出席を回避できた安堵から、私は思ったことを正直に口にしてみた。アンリウォルズ先輩は不思議そうに訊ねてくる。
「急、とは婚約がか?」
「それもですし、披露パーティも来週とか」
「婚約の件は前からあった話だ。パーティの件は、まあそうだな。確かに急といえば急だ。だが、ヴィオレットが宴の出席者に選ばれている以上、できるときにしておいた方がいいだろうと」
「……それってどういう意味です?」
まさか、宴で死ぬかもしれないから、とか?
先輩は肩を竦めて見せる。
「宴がいつ開かれるかわからないからな。もし宴が開催されればそちらが優先になるから、もし日程がかぶってしまったときには婚約披露パーティを中止にせざるを得ない。そうすると招待客にも迷惑がかかってしまう」
なるほど、納得した。
先輩は、今度はレイドール公爵令嬢とともに挨拶に来る、と言って去っていった。いや、来なくていいんですけど。
先輩がいなくなっった後、その場では一番高位のライゾール侯爵令息が私に言った。
「婚約パーティを欠席するというのは正しい判断だったが、着ていく服がないというのはどうなんだ。今後王宮に行くことになっているが、そちらは大丈夫なのか」
今まで公爵令嬢がいたときにはその陰に隠れていたくせに、いなくなったらよく喋る。しかも至らんことを。
「あ、いざとなったら制服で行くので」
「そのときは私も一緒に制服で行くから」
ジェニファが私の肩に手を置きながら言う。侯爵令息がぎょっとしたような表情をした。
「いや、それは問題があるのでは」
「でも、学院の生徒にとって制服は正装でもあるでしょう。だったら問題ないと思うんですけど」
「あ、そのときは俺も制服で行くから」
クロウが言った。加勢ありがとうと言うべきか、それとも、貴族っぽいことから逃げるいい口実と思っただけだろうがと突っ込みを入れるべきか。
リントリー伯爵令息が、ご丁寧に生徒手帳を見ながら、
「まあ、いいんじゃないですかね、校則にも学院生の正装は制服とするとあるし」
と言った。うん、知ってる。それはもう確認してある。
まあ、練習して変身できるようになっていればそれに越したことはないのだけれど。
私の心の中を察したのか、ジェニファが私の耳元で囁いた。
「がんばろうね、シホちゃん」
勿論よ、と返そうとして、続くジェニファの言葉に凍り付いた。
「陛下の御前に行くときは従者も一緒だから。シホちゃんが制服だったら従者も制服になるからね」
「……てことは、ジェニファの方も?」
ジェニファは困ったような表情をした。
「それはどうかなあ。私の従者は学院生じゃないから」
「え、どういうこと?」
「大人の人なの。兄の伝手で」
それじゃ、従者は正装して、ジェニファは制服ってこと?それは駄目だろう。
「ジェニファ、国王に会うときはきちんと普通に貴族の正装をしてね。クロウも。私一人が制服で行くから」
勿論、ガリエス先輩にも普通に正装をしてもらう。私一人が平民らしく制服で行きますよ。まあ、それまでに変身できるようになっていたらそれが一番良いんだけど。




