95 甘味に呼ばれたモノ
思いがけない乱入者に、部屋の中にいた私たちは固まった。突然だったということもあるし、当人の風体がちょっと変わっていて、これは一体何者かと見定めるのに時間が掛かったというのもある。
ひょろ長い、と形容するのがぴったりな体型をした男性で、正確な年齢は見ただけでは不詳。十代以下ではないな、というのは確かだが、それだけだった。霜降りになった濃いグレイの髪は、鋭角に尖った細い顎とは対照的にこんもりとしたおかっぱになっていた。
眼鏡の奥の三白眼が私たちを睨んできたので、呆気にとられている私たちも、警戒の色を強めた。
とりあえずその男の前に亀の甲羅を展開すると、男はぎろりと私を睨みつけてきた。
「ほう、なかなかの使い手がいるようですね。結構結構、術を使うには燃料がいりますから。どんどんと食べるがいいですよ」
と言ってから、男は、但し!と大声で付け加える。
「食べるのは私も一緒です。貴女に独り占めさせるわけにはいきません」
「いや、別にあんたに食べていいとは言ってないんだけど」
ファラーグ先輩の呟きに、男は今度はファラーグ先輩を睨めつけた。
「何と心の狭い!ここにある宝の山は貴方のものかもしれませんが、私にも分け合うべきです!」
「いや、俺のものでもないんだけど」
「では、何故口を出すのですか。貴方には関係のないことでしょう!」
ファラーグ先輩はガリエス先輩を見た。ガリエス先輩は少し気圧された様子で男を見ていた。
ガリエス先輩を見るなり、男の口元が、にまぁ……と弓なりになった。
「おや、これはガリエスの末裔ですか。相変わらずの髪の色ですね。さすが、我らと血を分けた者たちだ」
「血?」
ガリエス先輩が怪訝そうに訊き返す。
と、そこに部屋の外から朗々とした声が掛けられた。
「ああ、ここにいたのか。勝手に飛び出さないでくれ」
言いながらのんびりと入ってきたのは、アンリウォルズ先輩だった。私たちは唖然としながら先輩を見る。
向こうは平然とした様子で私たちを見て、それからテーブルの上に堆く積まれた菓子を見て、なるほど、と呟いた。
「学院にはそんなに砂糖はないだろうと思っていたのだが、それは違ったようだな。これは誰のだ?」
「あの、俺が持ち込みました。皆で食べようと思って」
ガリエス先輩が言う。アンンリウォルズ先輩が驚いたような表情をしてガリエス先輩を見た。
「君が?何と、これは意外だった。君にそういう一面があったとは。ただ、少しいただけないな」
「何がですか?」
菓子の持ち込み禁止なんて、そんな校則がこの学院にあったっけ、と思いながら、私が訊ねる。
アンリウォルズ先輩は困ったような表情をしながら、
「同席している面子だよ。貴族の男子学生が平民の女子学生を連れ込んだように見えるだろう」
私はマリちゃんと顔を見合わせた。
「確かに私たち、先輩たちに声を掛けられましたけど、何も後ろめたいこととかないですよ?」
「それはそうなんだろうが、悪意ある者から見ると絶好の醜聞ということになりかねないということだ。できれば、ラウトゥーゾ子爵令嬢がいればよかったんだが」
「あー、先輩に誘われて、ジェニファに声を掛ける間もなく来ちゃったんで。次から気を付けます」
「うん、次があればだがな」
先輩の言いぶりに少し引っかかるものを感じたが、それを吹き飛ばしてしまうほど大きな声が辺りに響いた。
「早く!早く食べよう!これほどの宝の山を前にして、なぜこれ以上待たされないといけない!」
さっきの白づくめの男だった。アンリウォルズ先輩が宥めるように言う。
「待て待て、誰もお前をこの会合に招くとは言っていないだろう。菓子なら仕事を終えた後に用意しているから、それまで待て」
「嫌だ。今これをここで食べる。仕事を終えてからお前が用意した菓子をここでまた皆で食べる。ガリエスの家の者と会うのは久しぶりだからな、少しゆっくり時間を過ごしたい」
「だが、帰りの時間がだな」
「そんなもの、転移すればいい。このガリエスならお前と違って器用な魔法の使い方をできるだろう。ガリエスとはそういう者だ」
「だからと言って、王宮への転移をさせるわけにはいかない」
「だったら王宮へ転移できる魔法使いを呼べ。おい、そこの魔素術師。この亀の甲羅を解け。私はお前たちに危害を加えるつもりはない。ただこの宝の山を味わいたいだけだ」
私は助けを求めるようにアンリウォルズ先輩を見た。
「この人、何なんですか、一体」
「王宮の管理者だよ」
ん?と私は考える。そんな言葉、確かどこかできいたような。
王宮の管理者と紹介された男は声を張り上げた。
「王宮だけではないぞ!私が管理するのは、この学院も、ラウトゥーゾの遺跡も、高原の神域もだ」
「高原の神域?」
私は首を傾げる。
「あそこには別に管理者がいますけど」
「おお、お前は高原の出身か。見た目通りだな。うむ、確かにそういうものはいるが、そやつだけでは手が回らんのでな」
「随分な言い種ですね。あなたの申告通りの仕事は人間には到底できないと思いますけど」
法螺を吹くな、と暗に言ったつもりだったが、男は堂々と胸を張り、
「そうだ。私は人間ではない。お前の肩に乗っている奴とか服のポケットに入っている奴と同じような存在だ」
言うなり、男は私に向かって淡く光る玉を放った。それはふわふわと漂い、亀の甲羅をよけてその裏側から私の肩に止まっていたシュルに当たった。途端にシュルの姿が露わになる。
「クルル?」
シュルは首を傾げて見せた。
男はまた何か魔法を繰り出そうとしたが、その前に私のキュロットのポケットからホリィが飛び出した。
「ちょっと、なしなし!あんた一体何しようとしてたのよ?」
「やっと出てきたか。何、いつまで隠れているのかと、あぶり出しをしようと思ってな」
「だーかーらー、そのためにどんな魔法を使おうとしてたのかってこと!シホに危害が加わるような魔法を使おうとしてたでしょ」
「それはさっさと出てこないお前が悪い。あるいは、お前をさっさと出そうとしなかったこの娘が悪い」
「まったく、相変わらず管理者ってのは性格悪いわ。何でそんな傍若無人なのか」
「そんなの決まっているだろう。レオナルドの装置を維持するという私の役割を果たすのに他者なんぞ気にする必要はないからだ。そんなのはただの無駄だな」
菓子の山を前にそんなことを言い切るのが何だかシュールだった。さっきからよく見ると、口元は妙に動くし、目もぎょろぎょろと動くが、表情は全く変わっていなかった。その滑らかな肌は、高原の民と同じような白っぽい肌色にも見えるが、肌の質感に違和感がある。皺が全くない。前世で言うところのサルスベリの木の肌質によく似ている。
「まさか、貴方、人形?」
「先ほどから、人間ではないと言っているではないか、愚かな術師め。私はこのものたちと同様、神々の力の一端として現れているものだ」
「そして体は人間に用意してもらわないといけないのよね」
ホリィがぼそっと言う。
「え、どういうこと?」
「そのままよ。事告げの女主人様も人形に降りて顕現されたでしょ。シュルもこの男も、同じように人形師が作った人形に入っているのよ」
「あんたも?」
「私は神々の力を使って直接自分で自分の体を作っているのよ。まあ、それが私の能力でもあるんだけど」
「お前は創造師だからな」
男が言った。眼光鋭く菓子の山を見つめながら。
アンリウォルズ先輩は困った様子でガリエス先輩を見た。
「お前がこれを持ってきたと言ったな、申し訳ないが、この者もご相伴に預からせてもらえないだろうか。この埋め合わせは必ずする」
「それは……まあ、いいですけど。元は兄が持ってきたものなので」
「そうか、もしかするとこれらはモノルムのものか。あそこはうまい菓子が多いからな。わかった、後日取り寄せて渡そう」
その言葉に、ガリエス先輩が私を見た。
「そういうことだそうだから、いいかな?」
「……別にいいですけど」
でも何で私の方を見るかな?
マリちゃんがくすりと笑う。
「シホちゃん、食べたくて仕方ないような顔してるもの」
なるほど、まあ、既に私は揚げ菓子を口にしてるしねえ。
結局、アンリウォルズ先輩まで含めた全員で席に着き、お菓子を食べた。
アンリウォルズ先輩が連れていた男は、アンソニーと名乗った。
アンソニーはむしゃむしゃもりもりと菓子を食べ続けた。食べ始めるとそんなに沢山喋ったりはしなかった。人形のくせに、人間のように食べた。高原の神域も管理しているとか、レオナルドの装置とか、いろいろききたかったのだけど。
アンソニーは黙々と食べ、私が一つ菓子を食べるうちに三つは食べるというペースの早さで、ガリエス先輩が持ってきた菓子の七割ほどは彼の口の中に消えていった。
テーブルの上の菓子が全てなくなると、アンソニーは黙って立ち上がり、暇を告げることもせず部屋から出ていこうとした。アンリウォルズ先輩がその後をすぐについていこうとする。
部屋を出ていく直前でアンソニーは立ち止まり、私たちを見返した。
「馳走になった。あと、そこのガリエス。人形の言うことなんぞには耳を貸さないように」
ガリエス先輩は呆気にとられている様子だった。私は表情を変えないようにすることで精一杯だった。アンソニーが言っているのは、ユゲリアのことか?でも何でアンソニーがそんなことを知っている?
私はファラーグ先輩の反応を窺った。ファラーグ先輩もガリエス先輩がカフェでユゲリアと会っていた件をきいている筈だからだ。
ファラーグ先輩はアンソニーが出て行くと、
「何言ってるんだ、あんたも人形だろう」
と呟いた。それをきいて、ガリエス先輩が小さく吹き出した。マリちゃんは困惑した様子で、
「神使様にそういうことを言うのはどうかと思いますが」
「いや、まあそうなんだけどね」
ファラーグ先輩は肩を竦めてみせた。
ガリエス先輩が私に済まなそうに言った。
「すまない、折角兄が沢山買ってきてくれたのに」
「いいえ、アンリウォルズ先輩が埋め合わせてくれるということだったので、それを楽しみに待ちます」
そう言いながら、ふと思いついた。
レイドール公爵令嬢にもの申せる人がいるじゃないの!




