94 この世界にもストーカーというのはいるらしい
先輩の言葉に、私は少し意味がわからなかった。後を尾けられている?ユゲリアと会っていた件があったから?いやでも、モノルムから帰ってきてからということだったから、それとは無関係か。
マリちゃんがおずおずと訊ねた。
「尾行……ですか」
「そう。学院の中は公爵令嬢だけが動くから、授業中とか寮の中とかは尾けられることはないけど、学院の外に出ると、必ず公爵家の家人が後を尾けてくる。この間の命の日には、公爵令嬢自身が尾行してきた」
なるほど、と私は納得した。以前からレイドール公爵令嬢はガリエス先輩につきまとっていて、それでこの前の日曜日も先輩がユゲリアと会う場面を目撃することになったのだ。
「あの、嫌だったらやめてほしいって、直接言った方がいいんじゃないですか」
マリちゃんが控えめに言う。何回も頷きながらファラーグ先輩も言う。
「やっぱりそうだよな。もっと言ってやってよ。こいつ、心底嫌がってるのに立ち向かおうとしなくてさ。そりゃあ、公爵家の人間に言うなんてやりにくいとは思うけど」
「わかってるならこれ以上言うな。お前だって同じ立場だったら言えるか?」
「あー、いや、それはその」
呆れた。ファラーグ先輩は、自分でもできそううにないことをガリエス先輩にしろと言っていたらしい。それじゃ説得力ないだろう。
それにしても困ったことだ。家の格のせいであの公爵令嬢にもの申せる人物がいないのが。問題なくもの申せるとしたら、まあ学院の教師ならいけるか?あとは公爵家と同等かそれ以上の家格の出の生徒か。
「先生には相談したんですか」
まずはそこからだろう。ガリエス先輩は困ったような表情をする。
「兄の同級生で先生をしている人がいるから、その人に相談はしてみたんだ。でも、それくらい自分で何とかしろって。俺は今後も同じようなことで困ることが出てくるだろうから、その対処の練習と思えって」
「何ですか、それ」
憤慨して言うと、先輩は困ったような様子で言った。
「悪気はないんだと思う。昔から俺たち兄弟を知っている人で、下の兄にも昔、似たようなことを言っていたらしい」
「下のお兄さんも同じような目に遭ったことがあるんですか」
まあ、そういうことがあっても仕方がないかな、とは思う。ここにいるガリエス先輩が月を思わせる美形なら、あっちは太陽を思わせる美貌だったから。
ガリエス先輩は少し困ったような表情で、
「まあ、兄の方がいろいろ?でも、兄はそれを全部返り討ちにしていたらしいよ」
「じゃあ、先輩もお兄さんを見習うとか」
「無理だよ。俺には兄みたいにはできない。兄は何というか……自身満々といった感じで、トラブルとじゃれ合うような人だったから」
でも、そんな人でも魔にいいように扱われてあんなことになったわけなのだけれど。
「やり返しても、情状酌量とかないんですかね?」
私が言っても、先輩たち二人は首を傾げるだけだった。
「どうだろう……?学院の外でのことは証明のしようがないし」
「この前の命の日にカフェにまでついてこられたって言ってたじゃないか。それなんかどうなんだ?」
「でも、直接的なのはそれくらいだし。ねっとりと見られているのはいつもだけど」
「やっぱり証明は難しそうかあ……」
「証明は難しくても、ダメなものはダメですよね。やっぱり誰かに注意してもらった方がいいんじゃないでしょうか」
マリちゃんが考え込みながら言う。そうだねえ、と頷きながら私は揚げ菓子を口に入れた。
と、その瞬間、部屋の扉が勢いよく開き、白い長衣を着た人物が、
「誰ですか、甘いものを私の通り道の傍に持ち込んでいるのは!」
と叫びながら乱入してきた。




