93 公爵令嬢からのとんでもない情報
昨日、練習場を出てから、ジェニファは公爵家の馬車に案内されたそうな。馬車といってもどこかに行った訳ではなく、ただの密会現場として使ったらしい。
馬車に乗り込み、向かい合って座ると、公爵令嬢は少し躊躇う様子を見せながら、
「あの……。ガリエス先輩のことなんですけれど」
と話し出した。それをきいたとき、ジェニファも、色恋の話か、と思ったそうな。でも何で自分にそんな話をしてきたのだろう、と思い、黙って続きをきいたらしい。
「昨日、その、ガリエス先輩を町中で見て、何をしているのだろうかと見ていたのです。そうしたら、とあるカフェに入っていきまして。素敵な雰囲気の建物で、若い人が沢山出入りしていて、先輩は誰かと会う約束をしているのだろうかと私も後について入ったのです」
そこまできいて、ジェニファは怪訝に思った。ガリエス先輩は伯爵家の子息とはいえ、暮らしぶりはほぼ平民と同じと言っていいので、町を普通に歩いていても、その途中でカフェに入ってもおかしなことではない。
ただ、レイドール公爵令嬢は違う。四つある公爵家の中でもアンリウォルズ公爵家と肩を並べる、貴族中の貴族である。アンリウォルズ家と同様、現国王の姉妹が降嫁した家でもある。そんな大貴族の令嬢が町中を歩くなんてまずないし、その途中でカフェに入っていくなんてのも考えられない話だ。
ただ、そこに突っ込みを入れると話が進まなくなりそうなので、ジェニファはやっぱり黙っていた。
公爵令嬢の話は続く。
「先輩は店の奥の、衝立で区切られた席に入っていきました。そうしたら衝立の向こうから女の子の声がしたので、誰かいるんだなと思って、少し、その、中を見たのですけれど、先輩の向かいの席には誰もいなくて……いえ、いた、と言っていいのか、その、可愛らしい女の子の人形が座っていて」
ジェニファの部屋でジェニファがそこまで話したとき、私は急に意識が覚醒した感じがした。それまで恋バナかよ、と思いながらきいていたのが、急にガチのホラーを聞かされた、という感じだ。
ジェニファも少しばかり表情を固くしている。
「公爵令嬢の話では、小さな子どもくらいの大きさの人形だったと。それが喋ったりお茶を飲んだりしながらガリエス先輩と話をしていたと。そして最後に、また話をしましょう、こちらの提案についてそれまでに考えておいて、と言って、人形は姿を消したそうよ。ちなみに、人形は先輩と同じ銀の髪と青い瞳をしていたって。とにかく美しかったって」
「……まさか、ユゲリア?」
私の呟きに、私の頭の上に浮かんでいたホリィがけたたましく言った。
「そんなの決まってるでしょー!あんな性悪人形があれ以外にそうそういるもんですか!」
「私もそう思います。とりあえず公爵令嬢には、このことを兄様に伝えていいか、と訊ねて了解を得ました。元から令嬢は兄様が神祇庁に所属していることを計算に入れて私に話すことにしたみたいで」
「レイドール公爵令嬢は、この話は誰にもしていないの?」
「そうみたい。そもそも、先輩を町で見かけた、と言っていたけど、どうやら先輩の後を尾けていたみたいで。そんな中で見聞きしたことなんて、家族にも相談しようがないでしょうしね」
「でもジェニファには相談しようと思ったんだ」
「自分一人で抱えているのがしんどかったんでしょう。それに、同級生に話すのならそんな大事にならないと思ったんじゃないかな」
いや、大事にならないとは限らないんじゃないかな。
「とりあえず、公爵令嬢には、この話は他の人にはしないよう口止めをして、寮に戻った後すぐに兄様に魔法で連絡をとったの。そうしたらシホちゃんとも情報を共有してガリエス先輩の様子を見てくれって」
「……あ、そう。でもさ、学年も学科も違うし、私、先輩を見張るとかできないよ?」
「大丈夫、兄様からファラーグ先輩に話して、それとなくガリエス先輩を見張ってもらうことになってるから。シホちゃんには、明後日の放課後の課外授業のときに気をつけてもらったら」
「それって、ジェニファもいるじゃん?」
「そうなんだけど、やっぱりシホちゃんの方が気軽に先輩と話せるでしょ」
話すって……、それって先輩に問いただせってこと?いや、できないでしょ、そんなの。
そう言うと、ジェニファは苦笑して、
「大丈夫、そんなこと思ってないよ。でもそうね、シホちゃんだったら案外するっと訊けたりして。この前のお休みの日に、カフェで同席してたのは誰ですか、って」
「嫌よ、そんなの。レイドール公爵令嬢なら先輩にそういうこと訊いても
おかしくないけど、私はそういうのないもん。先輩もわかってるから、訊いたらかえっておかしく思われるよ?」
「そうかなあ、先輩はシホちゃんに心を許してる感じがするから、大丈夫かなって思ったんだけど」
えー、ジェニファから見て先輩ってそんな感じに見えてたんだ?というか、心を許すとか許さないとか、あの先輩、そんなにガードが固いようにも見えないけど。
翌日の放課後、私はマリちゃんとクロウと一緒に魔素術科の教室から課外授業が行われる階段教室へ行った。最前列にはいつものようにレイドール公爵令嬢とライゾール侯爵令息とリントリー伯爵令息が並んで座っており、その後ろの列にジェニファが座っていた。
ファラーグ先輩とガリエス先輩も既に来ていて、教室の一番後ろに陣取っていた。心なしか、ガリエス先輩の表情が険しく見えるのは気のせいか?いや、気のせいだと思いたい。
「じゃあ、私、行くね」
マリちゃんはいつものように後方の列に向かった。私はクロウとジェニファの隣に行く。
講師のレミトリオン前侯爵が来て、授業が始まった。
今日のお題は、平たく言えば、神々の宴にこれまで入ってきた邪魔者たちについてと、宴の参加者は身を引き締めなければならないという話だった。
宴は、千本杖が誕生して三十年ほどした頃に神々の申し出で始まった。
ただ、その頃はまだ世界が安定しておらず、魔が今よりも頻繁に出ていたらしい。
最初の宴の出席者に選ばれたレオナルド・テウル・ラウトゥーゾは、魔の相手をしながら宴への参加に備えるということに負担を感じ、世界を安定させる装置を作り上げた。それにより、世界は安定をみたが、それがおもしろくない魔は、宴の会場に突撃するようになった。宴が開催される場所はレオナルドが作った装置の効果の範囲外にあることが多かったためとみられている。
妨害者の形は様々で、魔そのものが突撃してきたり、魔が魔獣をけしかけてきたり、人間を操って宴の会場に突撃させたり。場合によっては、宴の出席者自体を操ってくることもあったという。
宴の出席者が操られたときには、魔によって操られた者以外の出席者全員が瀕死の重傷を負い、会場の外で待機していた従者たちの働きによって魔が退けられたことで何とか死者を出さずに済んだ。但し、魔によって操られた者は後日、高原の辺縁の森で串刺しにされて死んでいるのが見つかったので、厳密に言えば死者がゼロとはいかなかったが。
「そういうことがあったことから、宴の参加者は常に身の回りに気をつけなければならない。奴らは家族を動かしてくることもある。警戒を怠らないように」
レミトリオン前侯爵はそう言って講義を締めくくった。
あー、ようやく今日の講義が終わったぞー、と私が席についたまま背伸びをしていると、こちらを振り返っていたレイドール公爵令嬢の表情が険しくなるのが見えた。
公爵令嬢の視線の先を追うと、ガリエス先輩がマリちゃんと話しているところだった。んー、まあ話ぐらいするんじゃない?知り合いなんだし。いちいちそんな顔しなくてもいいんじゃないかなあ。
それにしても、ガリエス先輩をそれとなく見ておくようにと言われたけど、階段教室じゃそういうことは無理なんだよねー。ファラーグ先輩が見てるだろうから大丈夫と思うけど。
そんなことを考えていると、マリちゃんが私に向かって手招きしてきた。ガリエス先輩も、その傍にいたファラーグ先輩も私を見ていて、これは来いということなのかなと思い、ジェニファに一言言って、マリちゃんのところに行く。
「どうしたの?」
「あのね、今日これから、ちょっとお茶をしないかって。ガリエス隊長さんが昨日王都に来て、向こうのお菓子を先輩に預けていったんですって。私の弟たちからの手紙も預かってるって」
「おお、いいね!」
私たちはファラーグ先輩の先導で魔法部の部室に行った。部室に着くと、ガリエス先輩はそこのロッカーから大きな紙袋と封筒を取り出してきた。
私は紙袋を受け取ると、中に入っていた菓子をテーブルの上に広げた。モノルムに行ったときに通りの屋台で見かけた焼き菓子とか砂糖菓子の数々がテーブルに堆く積み上がる。どれを食べよう、と目を輝かせる私を、ファラーグ先輩が苦笑しながら見て言った。
「なんか、食い意地が先走ってるなあ」
「えー、だってこの前モノルムに行ったとき、全然買い食いとかできなくって、あっちならではのものって食べられなかったんですよ」
領主館ではジェニファにお茶に呼んでもらったけど、王都でも食べられるような菓子しか出て来なかったんだよね。
「マリちゃん、どれ食べる?」
言いながらマリちゃんを見て、私は声を掛けたことを後悔した。マリちゃんは涙ぐみながら手紙を読んでいた。
「えっと……マリちゃん?ごめんね?」
「あ、ううん、いいの、大丈夫。なんか、弟たちがちゃんと大きくなってて、それで感動してたの」
「あー、そうなんだ?家の方は大丈夫そう?」
あれだけ領主令息とか守備隊の隊長とかとやりあってたからなあ。
マリちゃんは微笑んだ。
「大丈夫みたい。弟の手紙だと、いつもと変わらない風に生活してるみたで」
「ご両親は大丈夫だったの?」
「ええ。両親も一緒に生活してるみたいよ」
「リーヌ・フォロの両親は拘束はしていない。区長の妻は今後調査が予定されているが」
ガリエス先輩が言う。いや、その知らせはいい知らせなんですけど、何だろう、先輩の表情に陰がある。
「何だ?」
不思議そうに私を見返す先輩に、私は言った。
「いや、何か先輩表情が暗いっていうか……疲れてたりします?」
その途端、ガリエス先輩はしかめ面をし、ファラーグ先輩は吹き出した。
「何です?」
「いやいや、慧眼っていうかさ。フロリゼル、お前、相談してみたら?俺は貴族だから、公爵家のやりように何も言えないけどさ、こいつならそういうのをぶち壊していくかもよ?」
「馬鹿を言うな。アリス・ゼンは平民だ。下手なことをしたら、それえこそ家族ごと危害を加えられるかもしれない」
「じゃあ、お前が直接本人に話しに行く?学院ならただの先輩と後輩だし?家の格抜きにして話せるだろ」
「俺はあのご令嬢と話すのは嫌だ」
苦虫を噛み潰したような顔でガリエス先輩が言うのに、私は齧りつこうとしていたドーナツをひとまず置いてから訊ねた。
「えっと……ご令嬢って、どこのです?公爵家って言ってましたけど、もしかしてレイドール公爵家のことですか?でも、レイドール公爵令嬢は先輩を宴の従者にすることは諦めたんじゃなかったでしたっけ?」
「そうかもしれないが、そんなことはどうでもよくなっているというか、前よりひどいというか」
「前よりひどい?」
どうひどくなりようがあるのか、と私は疑問に思ったが、次に続く先輩の言葉に納得した。
先輩は忌々しげに言った。
「モノルムから帰ってきて以降、レイドール公爵令嬢やその家人に後を尾けられているんだ」




