92 出来ない。
変身をする!と決めて、学院の練習場で練習を始めて一週間が経った。その間、何の進展もなかった。手応えがなさすぎて何をどうすればいいのか全く訳がわからない。
週末が来て土曜日、マリちゃんは治癒術師としての修行のために宮廷に行った。私は学院の宿題をしようとしたが、変身のことが気になって手につかず、クラリィばあちゃんの作業場に行った。
すると、ルートヴィヒが一人でラヴィの鱗の選別作業をしていた。私を見るなり、ルートヴィヒは首を僅かばかり傾げて言った。
「どうしました、そんなに浮かない顔をして」
「いや……。ちょっとうまくいかないことがあって」
「神々の宴の関係ですか。魔法を使おうと思ってうまくいかないとか?」
私は驚いてルートヴィヒを見た。
ルートヴィヒはくすくす笑う。
「神々の宴を生き残ろうと思ったら、魔法は必須ですからね。まあ、平民の貴女が魔法を使おうなんて、絶対に無理な話ですけれど、貴女の頭上にいつも飛んでいるお友だちとか、貴女の肩に乗っているお友だちのの力を借りれば、無理も無理でなくなることがあるんでしょう」
ルートヴィヒの言葉に、姿を消していたホリィが姿を現す。それに少し後れてシュルも。
ルートヴィヒはホリィたちを見ても平然としていた。寧ろ微笑を浮かべている。
「こんにちは、初めまして。ようやく姿を見せてくれましたね」
「どうも。姿が見えていても見えていなくても、あんたはお構いなしにこっちのことを見てたみたいだけど?」
「そうですね。それで、あなた方は神使ということでいいんですかね。それとも、良くないモノ?」
「神使よ。わかってるんじゃないの。あの連中と私たちは気配が全然違うでしょ」
「おや、私がそういう良くないモノの気配を知っているとお考えで?」
「考えているというか、知っているのよ。最初に言っておかないとと思ってたけどね、私たちはあんたが今までどこで何をしていたのか、知ってるのよ」
ルートヴィヒは苦笑していた。
「なるほど、神使たちは情報を共有している、と。怖い怖い」
「何言ってるの。あんただっていろいろ知ってるんでしょうが」
「私が知っていることは全て王宮に話しましたよ。だから私は解放されてこうしているんですが」
ルートヴィヒは手にしていた鱗を置いた。
「まあ、いい機会です、前から訊きたかったんですが」
「何が?」
「この子にこんなに神使がついているなんて、何をさせたいんです?宴の出席者を援助する、にしては大仰に思いますけど。他の出席者には神使なんてついていないんでしょう?」
「特に何かさせたいとかじゃなくて、この子は今度の宴に出席者中随一の魔素術師だもの。期待をかけるのは当然でしょう」
「それもよくわからない。何故平民をわざわざ参加させるのか。魔素術を使える者が必要というなら、魔法も魔素術も使える貴族だっているのだからそれでいいでしょう。挙げ句の果てにはこの子に魔法を使えとあなたがたが言っているのではないですか」
「貴族で魔素術を使える奴なんて、平民の魔素術師の凄腕と比べたら腕前は何てことないんだから。そんなの宴に呼ぶわけないでしょ」
「そうですか?一人ほど、第三王女の近くに凄い腕前の男がいるでしょう。彼なら魔法もかなり使えるし、良いじゃないですか」
「……誰のこと言ってるかはわかるけど。でも、他の条件が合わないのよ」
「宴に送り込む千本杖の長の血筋は一人でも多い方がいいと思いますけどね」
ルートヴィヒの言葉に、ホリィは唸った。
「あんた、本当にどこまで知ってるのよ。……もしかして、今のも王宮の取り調べ官に話したんじゃないでしょうね?」
「話しましたよ。全部話したって言ったじゃないですか。係官は驚きすぎて信じていない様子でしたけどね」
ルートヴィヒは愉快そうに小さく笑う。それから私を見て、
「いつもあなたの傍にいるこの方々は、あなたに魔法の使い方を教えてくれたりはしないんですかね」
「あ、まあ……。何か、気合いが足りないとか根性が足りないとかは言うけど」
「だって私に言われてもわからないんだもん。私たち神使が使っているのは魔法じゃないし」
まあねえ、わかってたからホリィに助言を求めたことはなかったけど、構わずホリィは横からいろいろ言ってくるからねえ……。
「神使様は当てにならないとして、それで、魔法を使うのがうまくいかないという話でしたけど、魔法使いとそうでない者とは根本的に違うというのは前に話しましたよね」
「作り替えた、と」
「そうです。だから、うまくいかないのは当たり前なんです。根本的に違うんだから。それを乗り越えてあなたが魔法を使えるようになるとしたら、あなたが体の底から自分の体を作り替えるしかないですね」
「……絶対無理ってことですか」
私が憮然としながら言うと、ルートヴィヒは少しばかり笑みを浮かべて言った。
「そうとも言ってはいませんよ。貴女の傍には神使様が二人もいることですしね」
私はホリィと、私の肩の上に停まっているシュルを見た。シュルは、クル?と鳴いて首を傾げるだけであるが、ホリィは辺りを飛び回りながら、
「そうよ、あんたしっかりしなさいよ!あんたがしっかりしてれば、こんな奴に馬鹿にされることないんだから!」
どうやら、神使がついているのに私が魔法を使えないとはどういうことだと、ルートヴィヒに馬鹿にされているという理解らしい。
そんなことを言われても、と思うが、羽衣を使いこなせば魔法を使えるようになるということだから、私がしっかりしていれば、というのはまあ的外れの非難ではないかもしれない。
週明け、月曜日の放課後も練習場に行き、ジェニファと一緒に練習に励んだ。マリちゃんは先生に用事を頼まれてそちらに行っている。
ルートヴィヒと話した内容を思い返し、作り替えるってどういうことなんだろうと悩みながら羽衣を使っていたが、ジェニファが不意に鋭い声を上げた。
「シホちゃん、羽衣を隠して。レイドール公爵令嬢が来る」
私は自分の周りにふよふよと浮いていた羽衣を引き戻し、丸めて服のポケットに押し込んだ。ホリィもシュルも姿を隠す。
レイドール公爵令嬢は堂々とした足取りで、練習場の入り口から私たちがいる方へ歩いてきていた。相変わらずの美人っぷりである。
レイドール公爵令嬢は私たちから数メートル離れたところで立ち止まった。
「ごきげんよう。精が出ているようね」
と、ジェニファに話しかける。その話し方に、おや、と私は思った。見下す感じが前よりも薄い。
ジェニファがほほえみながら挨拶を返す。
「ごきげんよう。何かご用ですか」
その話しっぷりに、おお、と私は思った。何か堂々としとる。
「その、一つご相談したいことがあって。今、お時間いただけたらと思うのですけれど」
ジェニファは小首を傾げながら私を見て、それから、
「申し訳ないんですけど、友だちと魔法の練習をしているところで。また明日以降でどうですか」
「いえ、その……。少しでも早く話をきいてほしくて」
控えめながらも退かない様子に、私は言った。
「ジェニファ、話をきいてあげたら。何か困ってるんでしょ」
ジェニファは私と公爵令嬢を見比べていたが、それなら、と言って二人で練習場から出て行った。
それから私は一人で練習を続けた。最近、羽衣を纏うと、これが魔力かなというのがわかるようになっている。羽衣をただ纏うだけなら魔力を何となく出せるのに、変身することを意識し始めると、羽衣は何も反応せず、魔力も出ない。ルートヴィヒの言う、体を作り替える、というのはどういうことだろうかと考え込み、ふと、遺跡で見た、千本杖が作られたときの光景を思い出した。
そう言えば、作り替えられた人たちは皆苦しそうだった。何人もが塵になって消えていった。
体を作り替えるって、遺伝子レベルっで作り替えるってこと?いやでも、必要なときに変身するっていうだけだしなあ。
そんなことを考えているうちに、下校時刻になった。私は一人で寮に戻った。
翌日の放課後はリーシア先生のマナー講座だった。もう国王に会ってしまった以上、今更礼儀作法とか取り繕っても仕方ないんじゃないかと思うが、恐らくあそこで国王に会ったのが予定外のことで、公式にきちんと会うべく、私には苦行が課せられ続けることになっているようだった。
出席者は、私、クロウ、ジェニファの三人。ただ、今日はリーシア先生はジェニファにいつもより厳しく指導していた。いつもより、というか私とクロウにするより、というのが正確か。
講義が終わり、ジェニファと二人で寮に戻る道すがら、ジェニファが言った。
「シホちゃん、もし予定がなければこれから私の部屋に来ない?ちょっと話したいことがあって」
「それはいいけど、何?何だったら、今からその辺のベンチで話してもいいけど」
「それはちょっと……。他の人に聞かれたくないし、神使様も一緒にきいてほしいし。もしかしたら、もうご存知かもしれないけど」
「何、一体」
「……昨日、レイドール公爵令嬢からきいた話をシホちゃんにも知っておいてもらうようにって、兄様が」
「は?ヨハンが?って、何でそこでヨハンが?」
それだけ大変な話ってこと?
「話をきくのはいいけど、私がきいてもいい話なの?」
「シホちゃんもきいておいた方がいいと思う。ガリエス先輩のことだから」
「は、そういう話?」
私の反応に、ジェニファは首を傾げる。
「そういう話って、シホちゃん、予想がついてるの?」
「いや、あの公爵令嬢がガリエス先輩の話をするなんて、どうせ宴の従者に引き抜きたいとかいう話でしょ」
ジェニファは苦笑した。
「ううん、違うの。大体、そんなこと、シホちゃんにも聞いてもらえなんて兄様は言わないわ」
「あー、そっか。第一、ジェニファがヨハンに相談なんてしないもんね」
「そうよ。それに、私の話をきいたらシホちゃんも考えが変わると思うわ」




