90 この世界の服装事情
その日、ホリィは姿を現さなかった。そして、その翌日、学院に戻る時点でも姿はなく、どうしたのかなと思いつつ神出鬼没のホリィのことだから大丈夫だろうと思って寮に戻ると、マリちゃんが私の部屋の前にいた。
マリちゃんとはよく互いの部屋を行き来しているが、こんな風に待たれていたのは初めてだった。
マリちゃんはにっこりと笑って、
「ちょっと話があって。シホちゃんの部屋で今から、いいかしら」
「あ、うん。いいけど、でも晩ご飯が」
「そうね、晩ご飯の時間までかからないようにしたいんだけど、それが無理なら食べながら話しましょうか。でも、他の人の耳があるから、やめた方がいいかもしれないわね」
「……何の話?」
私は用心しながらマリちゃんに訊いた。すると、マリちゃんの服のポケットからホリィが飛び出した。
「じゃじゃじゃじゃーん!」
「何、ホリィ、あんた、マリちゃんのところに行ってたの」
「まあね。だってあんたみたいなわからずやと話しても全然進展しないと思ってさ」
「進展……?まさか、あんた」
私はマリちゃんを見る。シホちゃんは更に笑みを深めた。
「そこから先の話は、部屋の中でしましょうか」
部屋に入り、早速と始まったのは、ホリィがマリちゃんを訪ねていき、神々の宴に参加するに当たって私が生きて帰ってくるには魔法を使えるようになっている必要があるのに、私が魔法を身につけようとしない、どうにかならないかと相談してきたという話だった。
私はホリィに文句を言いたくて仕方がなかった。何でマリちゃんを巻き込むのか。私を説得しようとしてもうまくいかないからと、マリちゃんに私を説得させようと考えたのだろうけど。
私は抗議した。
「いや、身につけようとしてない訳じゃないよ、努力はしてるってば」
「でも、確実に魔法を使えるようになる方法があるのに、それを使おうとしてないって、神使様が」
マリちゃんはホリィを見る。ホリィは言った。
「そうなのよ、そんなに難しい話じゃないのに嫌がるの」
「難しい話じゃないって言うけど、あんたが言う方法って、羞恥心捨てろってことよ、それのどこが難しくないのよ?」
「羞恥心?何のことですか?」
マリちゃんはホリィに訊ねる。ホリィは軽い調子で言った。
「大袈裟なのよー、ちょっといつもと違った衣装を着ることになるだけで」
「衣装、ですか?それで魔法が使えるようになるんですか?」
「違うのよ、マリちゃん。衣装が変わるのは副産物というか」
「何よー、副産物って。変身は衣装チェンジまでが醍醐味でしょうが!」
ホリィが喰ってかかる。私は内心ため息をつく。
実はホリィは前世でアニメ好きだった。しかも日本のアニメが。アメリカでホリィはとある研究所に勤めてたらしいけど、そこで同好の士が周りにいないまま日本製のアニメを見続けていたらしい。そして私は前世日本人で、ガチガチのオタクではなかったけど、それなりにはアニメにはまっていたので、ホリィと話は合った。ただ、変身に関する浪漫については共感できなかった。しかもそれを自分自身がするかどうかだなんて。
前世がどうとかこんな話、マリちゃんにできる筈もなく、案の定、マリちゃんはホリィの発言内容がわかっていない様子で、助けを求めるように私を見た。
私はマリちゃんに理解できるように説明した。
「神具の能力を完全に解放すると、魔法を使える体に一時的に変わるのね。そのときに服装も一緒に変わるの。こんな風な服装に」
私は部屋に備え付けられた石版にさらさらと前世の美少女戦士風の衣装を描いた。この世界にも紙はあるが、前世ほどには安価には手に入らない。貴族なら幾らでも紙を使えるのだろうが、私にはそれは無理なので、ちょっとした書き付けはこんな風に石版でしている。
私がイラストを描いてみせるのは初めてだったからか、マリちゃんもホリィも、おお、という感じで私の手元を覗きこんでいたが、すぐとホリィが声を上げた。
「凄い、あんたこんなことできたの。さすがマンガの国の人間だわ!」
「いや、ホリィ、それ凄い誤解だから。皆が皆、描けるわけじゃないからね。あと、マリちゃんの前でそういうこと言うのは……マリちゃん?」
喰い入るようにイラストを見ていたマリちゃんに、私は恐る恐る声を掛けた。
マリちゃんは顔を上げた。その顔は上気しているが、それと同時に悲しそうな、複雑な表情をしていた。
「凄いね、シホちゃん。絵は上手だと思ってたけど、服を描くのも上手だったの知らなかった。……でも、この服はちょっとないです、神使様」
「ないって、どういうこと?」
ホリィが素朴に訊ねる。マリちゃんはイラストのスカート部分を指さした。
「これって、スカートの丈がほとんどないですよね。下着が見えちゃう。こんなの、裸でいるのと同じです。こんな格好で外を出歩くなんて有り得ません。自分の家でだって、自室以外でこんな格好をしていたら白い目で見られます。それにこの袖」
次にマリちゃんはイラストの袖の辺りを指さした。
「袖もほとんどないですよね。シホちゃんの年齢だと、二の腕が出ていても良いのは良いんですけど、スカート丈と相まって袖までこんな短ささだと、下着と同じに見られます。なので、有り得ません」
正式に第三者から駄目出しがされて、私は安堵した。でも、マリちゃんが悲しそうな表情をしているのが気になって、私は理由を訊ねた。
マリちゃんは泣きそうになっていた。
「だって、宴から生きて帰ってくるためには魔法も使えないといけないのに、それができなくなってしまうっていうことでしょう。せめて、こんな服装でなければ良かったのに。神使様、何とかならないんですか」
「服が変わるのも重要なのよ。これだけでも防御がかなりあがるんだから。魔素術で言うところの亀の甲羅を纏っているようなものなんだから」
ホリィは言うが、私もマリちゃんに乗っかって訊ねる。
「そこを何とかならないの?この服って、羽衣の一部を変化させてるんでしょう、だったらそれが制服と同じような意匠でもいいんじゃないの」
前々から疑問に思っていたことだった。が、ホリィは騒ぐ。
「駄目よ、そんなの。可愛い格好ができるんだから可愛い格好しなさいよ。あんた、カワイイの国の出身でしょ?」
私はギョッとした。またこいつはマリちゃんの前で何言ってるんだ。案の定、マリちゃんはきょとんとしている。
ホリィはそんなことは構わずに話し続けた。
「それに、どうせ他の貴族連中は華やかに着飾ってくるのよ。あんたの従者をするあの銀髪の小僧だってそうに決まってるわ。だったら、あんたも釣り合うようにしなさいよ」
「でも、だからってこんな破廉恥な服装じゃなくてもいいでしょ。こういう服には年齢制限ってものがあるんだからね!」
私は前世のことを思いだしながら言い返したが、マリちゃんが冷静に言った。
「シホちゃん、こんな制服が許される年齢なんてそもそもないんだから、間違えないでね。それから、神使様、私はシホちゃんに無事に宴から帰ってきてほしいんです。だから魔法を使えるようになってほしいし、守りが強くなる服があるのならそれを着てほしい。でも、この意匠ではあまりにシホちゃんが可愛そうです。せめて、貴族なみとは言いませんけれど、もっと普通に平民の女の子が着ていて素敵に見える服にはできませんか」
「えー、そりゃあ……できないことはないけど。でも、どんな服か具体的に私に教えてもらわないと」
「シホちゃん、どんな服なら着てみてもいいか、描いてもらえる?」
「えー、制服とかじゃ駄目?」
「駄目駄目、却下!」
ホリィがすぐさま言ってきた。
私はとりあえず、さっき描いたイラストのスカートを、膝が十分隠れるくらいの丈まで伸ばし、ちょっとフレアーギャザーにしてみた。学校の制服はそこまでの短さまでは許容されているし、平民で十代未婚の女の子でそれくらいのスカート丈の服を着ている子は町中に普通にいる。そして、私が好きなスカート丈でもある。これくらいの長さだと、足が一番細く見える気がするんだよねー。まあ、この世界では足の細さが美点とされるわけではないけれど、前の世界の価値観が残っている身としては、ねえ?
私が描き直したイラストを見て、マリちゃんとホリィがそれぞれ感想を言う。
「これならいいんじゃないかしら。制服のスカート丈だってこんな感じだし。スカートのこのふんわりした感じも可愛いわ」
「ふーん、まあこれなら地味じゃないかもね。もっと裾にフリルとかつけてほしいけど。上はどうすんの?」
私は少し考えて、襟は詰め襟、見頃は装飾なしにして袖はノースリーブに変えた。途端にマリちゃんから声が上がる。
「シホちゃん、これもないわよ!」
「わかってる。まあ、見てて」
私は肩から手首までをさっと塗って、ここはストッキングみたいにぴったりとした手袋を身につけるのだと説明し、別にウエストラインくらいまでの丈のハーフマントを描いてみせた。ついでに足にはハーフブーツを履かせ、ストッキングを身につけているとわかるように足首からスカートで隠れるまでの間も軽く塗っておく。
「このマントを上から羽織るわ。肌も見えないし、いいでしょ」
マリちゃんは少し思案している様子だったが、ホリィは逆に狂乱したように喜んでいた。
「いい、これいい!カッコいいじゃない!色は?素材は?どんな感じ?」
「ワンピースは黒ね。サテンがいいなあ。ストッキングも肩から先の袖の部分も黒で、この二カ所は同じ素材、マントはグレーがいいなあ。フラノ……ちょっとかっちりした感じのウールがいいんだけど」
「いい、それいい!凛々しくていいじゃない」
「あの、シホちゃん、神使様、盛り上がってるところ悪いんだけど……これって、騎士服に似てない?」
マリちゃんがおずおずと言ってくる。
私とホリィは顔を見合わせた。
「そうかな?襟は確かに同じだけど」
「あんなのとは全然違うわよー!こっちの方がすっきりしててカッコいいわー!」
「あの、えっとそうじゃなくて、神使様、もう一枚、服を作ることはできないんですか?」
「別のを?何で?これでいいじゃない?」
「これはこれでいいんですけど、もっとドレスっぽいのを作っておけば、今度宮廷に上がるときに着られると思って」
あ、と私は声を上げた。そう言えばそういう話もあった。制服着ていけばいいと思って何も考えてなかったんだけど、マリちゃんはそれでいいとは思っていなかったらしい。
「アリス・ゼンのおばさまにも相談していたんだけれど、やっぱりそういう宮廷に着ていけるようなドレスを用意するのは難しいって言われて。高原氏族の正式礼装があれば良かったんだけど、マントしか持ち出せなかったからって」
「母さん、そんなの持ち出してたの?」
私は驚いた。高原を出るとき、なるべく身軽にするべきだからとそれぞれが本当に大切だと思うものを持ってくるようにしたのだが。
マリちゃんは少し私を窘めるように言った。
「シホちゃん、そういう言い方は良くないと思うよ。シホちゃんのことを思っておばさまは持ち出したんだと思うし。高原氏族の礼装って、外では絶対に手に入らないものなんだから」
高原氏族の礼装、というのは、お化け百合の花びらで作ったボタンをびっしりと縫いつけたマントと帽子、お化け百合の花びらで作ったチョーカーとブレスレットとイヤリングのセットのことだ。マントの下に着る服は何でも良くて、とにかくその五点をセットで身に着けていれば正式の礼装を着たことになる。
私は肩を竦めてみせた。
「そりゃそうだけど、そんなもの持って出たところで着るわけにはいかないでしょ。私たちはもう高原氏族の一員ではないんだし」
マリちゃんの先祖も私たちと同じように高原を出て来た身なので、その辺りのことは理解しており、黙る。ホリィは何も訊いて来ず。まあきっと、いろいろ知っているんだろうな。
「まあでも、マリちゃんの言う通り、もう一着、違う雰囲気の服を作っておいた方がよさそうね。ホリィ、そういうことってできる?」
「あんた次第ね。これはもう想像力と魔法を練る力の問題だから。あんたの想像力と魔法の腕が良ければ幾らでもできるわよ」
「じゃあ、問題ないってことね!シホちゃん、衣装を沢山考えましょう!」
きらきらとした笑顔を見せるマリちゃん。あー、そう言えばマリちゃんは、以前は、学院を卒業したらフォロ商会のドレス部門に入って貴族や裕福な平民女性に自分が考えたドレスを売り込んでいきたい、と言っていたんだった、と思い出した。
義理の母親とか伯母とかがあんな人間たちだったってわかって、マリちゃんは進路を変えたけれど、本当はそっちをやりたいんだろうな……。
「シホちゃん?」
「ああ、ううん、気にしないで。じゃあ、考えよっか」
私が石板に描いたイラストを消そうとしたそのとき、控えめに部屋のドアがノックされた。
ドアを開けると、ジェニファがそこに立っていた。
「食事を食べに来ないから呼びに来たんだけど」
「あー、ごめん、ありがとう。行こう、マリちゃん」
「そうね、続きはまた後でね」
マリちゃんはにこにこ上機嫌に言った。ジェニファは少し怪訝そうだった。




