87 千本杖が生まれたときに起きていたこと
「千本杖が誕生したとき、神々は当時の貴族を作り替えたんですよ」
「作り替えたって……どういう意味ですか」
私の問いに、ルートヴィヒは微笑む。
「そのままの意味ですよ。もともと、魔力を扱うことは神々にしかできなかったんです。でも、当時、神々だけでは世界を維持できなくなっていたので、人間に魔力を扱えるよう、能力を付与したんです。そのためには人間を作り替えないとならなかったが、矢鱈な人間に能力を渡すことはしたくなかった。そこで、当時の王とそれに従う貴族を作り替えることにした。まずは王とその家族を、それから貴族たちを」
私の脳裏に、ラウトゥーゾの遺跡で見た夢の中の光景が蘇った。そこには、王とその妻が高台から貴族たちに呼びかけ、それから貴族たちが変化を見せ、生き残った者と消え去った者とがいた。
あれは、現実にあった出来事だったのか。
ルートヴィヒの説明は続く。
「神々の働きかけに耐えて王とともに世界の危機に立ち向かった貴族たちのことを千本杖という、とはどんな歴史書にも書かれていることです。ただ、そのときに何が起きたのか、王や王に近い者は今もよく理解しているようですが、その他の貴族は肝心なことは忘れている者が多いようですね。当時の王族や貴族が何の犠牲も払わず特別な力を得た、と思い違いをしている者が下位貴族ほど多いようだ。貴女は、千本杖が発生したのを祝うために設けられた祝日がいつか、知っていますか」
「ええっと……すみません、知りません」
「いいですよ、そんなに恐縮しなくても。平民なら知らなくて当然です。元旦ですよ。その日を境に暦が切り替わったんです。当時の王がそのように定めました」
「え、そうなんですか。高原だと元旦は世界再生の日だと言われていたんですけど」
「それも間違っていないですね。高原の民からすれば、貴族が魔法を使えるようになったことよりも、世界の形が変わって自分たちに使命が与えられた日だという方が意義深いのでしょう。まあそんなわけで、千本杖が生まれたときに貴族はそれまでの人間と違う種族になったんですよ」
「一つ、質問したいんですけど」
「何ですか」
「テウルを名乗っていないけれど貴族っているじゃないですか。あれってどういうことなんですか」
「よその国から来た人たちですね。よその国でも、こちらの国と同じように神々によって魔法使いが作られたんですよ。そういった人間の子孫がこちらに来て、こちらだと魔法を使えると貴族扱いですから、そのまま貴族に叙せられたんです」
「んー、それにしてはテウルを名乗ってない貴族が多い感じがするんですけど」
学院の生徒を見ていての私の体感からすると、数パーセントくらいいる。
「それは、第四区国が潰れたときにそこの生き残りが流入してきたからですね」
第四区国とは、二百年ほど前に滅んだ国だ。
「あそこの生き残りっていたんですか」
「ええ。私に言わせると、民や仲間を見捨て、自分たちだけで移ってきた、唾棄すべき連中ですけれど」
この世界では、前世と違って他国から人が入ってくるのがかなり難しい。その子孫がいくら増えたとしても、数パーセントまでにはならないのではないかと思ったが、彼らは子を作ることに熱心な傾向があるそうな。
その代わり、寿命はテウルと比べて更に短いようですが、ともルートヴィヒは言う。
そんな話をしているうちに私たちは私やクラリィ婆ちゃんの家の前に着いていた。
ルートヴィヒは私にほほえみかけた。
「貴女は神々の宴に招かれたとききました。是非頑張ってください。もしかしたら、貴女の働きにこの国の命運がかかるかもしれません」
「千本杖」と書いて「テウル」と読みます。




