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84 フェドゥール伯爵家を訪ねる

 段取りはどんどん進み、その週の土曜日にはマリちゃんはクロウの父親に体術の稽古をつけてもらえることになった。

 私は事前に地図で予習をし、無事にマリちゃんをフェドゥール伯爵家の訓練場へ送り届けることができた。最後の曲がり角を曲がった先にフェドゥール伯爵家の家紋がついた石の門が見えたときには、正しく道案内ができたと心底安堵した。だってさ、前世と違ってパソコンの画面上で予習、というわけにはいかないんだよ?地図の下調べだけで行ったことのない場所に人を案内するなんて、前世も通じて何十年ぶりかっての。

 正しい場所にたどり着き、訓練場の門を護っていた衛兵にマリちゃんを引き渡したとき、門の中からクロウと、なぜかクロウの義兄が出てきた。

 マリちゃんは、おはようございます、とにこやかに挨拶していたが、私はそんな気分にはならなかった。クロウはともかく、その義兄の方が、視線で私をロックオンしているのがあからさまにわかったからだ。話がある、と明らかに表情で示している。

「ご苦労だったな、アリス・ゼン。叔父上の生徒をよくぞ無事に送り届けてくれた。帰る前に、中に入って少し茶でも飲んでいけ」

 思った通り、クロウの義兄がクロウよりも早くに口を開いて言った。私はなるべく無礼にならないよう、顔には笑みを張り付けて、なるべくにこやかに言う。

「いやあ、お構いなく。すぐにお暇するんで」

「そんなことは言わないでくれ。父さんもお前に会いたいと言っていて」

 クロウが言うのに対し、私は警戒心を抱いた。

「お父さんって……どっちの?」

「実の父だ。今日、リーヌ・フォロに稽古をつける。さすがにフェドゥールの父は都合がつかなくて」

「会いたいのであれば、今度セッティングするが」

 何故かクロウの義兄が口添えをする。

「あ、いや、別に結構です。えっと、マリちゃん、私帰るね?」

 宣言するようにマリちゃんに言ってみたが、マリちゃんは不安と期待を込めた表情で私を見つめ返していた。

「シホちゃん、お願いできないかな。私、ちょっと緊張していて。一緒にいてくれると嬉しいんだけど」

 私は断れなかった。マリちゃんが心底心細そうな顔をしていたので。

 訓練場の門の近くにある小さな建物に私たちは通された。玄関から一番近い部屋でクロウやクロウの義兄と待つ。その間、マリちゃんはクロウとにこやかに会話していた。クロウの義兄は運ばれてきた紅茶を飲みながら優雅に沈黙を保っている。私は、クロウはともかくとして何でこの人がいるんだ、といろいろ思案を巡らしながら紅茶を飲んでいた。

 間もなくして、一人の男性が部屋に入ってきた。私の父親と同じくらいの年齢で、目元の辺りがクロウそっくりだった。

「初めまして、お嬢さん方。ジュスト・アスラムと申します。いつもクロウ様がお世話になっています」

 私は面喰らった。え、この人クロウの父親なんでしょ、それなのに様づけなの?

 でも、マリちゃんは平然とした様子で、

「無理なお願いを承知いただいてありがとうございます。よろしくお願いします。クロウ君には学院でいつもお世話になっています」

 と挨拶をしていた。私はそっとクロウの表情を窺った。クロウは特に表情に変わりはなかった。というか、表情がないといってよかった。やっぱり実の父親に他人行儀にされるのとか、嫌なんだろうなー。

 クロウの実父は今度は私を見て、

「君が、アリス・ゼンさんだね。君は体術を習わなくて大丈夫なのかな。宴に出るのなら備えはあった方がいいと思うが」

「あ、大丈夫です。父からまた教えてもらうことになったので」

「え、そうなの?シホちゃん、体術できるってきいてないよ?」

「んー、まあ、高原の子どもって、皆一族の指導係から一通りは習うんだよ。そのおさらいをするって感じね。父さんの戦い方は私には参考にならないから、基礎的なところだけだけど。第一、何かあったら相手を魔素術でぶっとばすわ」

 私が言うと、マリちゃんは苦笑していた。

 シホちゃんはクロウの実父に連れられて部屋を出ていった。クロウもそれについていった。

 私はお暇しようと思い、じゃあ帰るんで、と言って腰を浮かしかけたところに、クロウの義兄が言った。

「待ってくれ。話があるんだ」

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