82 図らずも懸案が一つ片付く?
マリちゃんの体術の先生にどうかとクロウが言っているのが彼の父親だとわかって、あー、それなら引き受けてもらえるか、と納得しかかったが、平民なのに体術がそんなにできるのか、と疑問に思った。
「それってさ、本当に体術ができるの?うちの父さんみたいに偏りがあったりしたら困るんだけど」
随分な言い草だなあと自覚しつつも、大事なことなのでクロウに確認する。
クロウは気を悪くした風でもなく、大まじめな表情で頷いた。
「それも大丈夫だ。体系的に習得してるから。かく言う俺も父さんには子どもの頃から教えてもらったんだ。俺だけじゃなく、フェドゥール伯爵家の家人の子どもたちの格闘技は父さんが見てるんだよ」
「そうなんだ。それじゃ大丈夫だね。……女の子でも教えてくれるの?」
「勿論。フェドゥール伯爵家の家人は、男女を問わず格闘技を嗜むんだ。だから、女の子も教えてるよ」
何と理想的な、と私は内心小躍りしていた。が、クロウが続けて言う言葉にその小躍りはぴたりとやんだ。
「その代わり、俺が一人で神々の宴に行くことについてあにうえを説得するのを手伝ってほしいんだ」
「ええっと……、どういうこと?」
クロウは語り出した。彼は従者を連れずに一人で宴に行こうとしていること、そのことを周囲に言ったら反対されたこと、特に義兄が強硬に反対していること。
「それで、アリス・ゼンも一人で行くって言ったから、同じ仲間としてあにうえに話してほしい」
私は渋い顔しかできなかった。あー、いや、そういえばクロウの義兄には、クロウを一人で宴に行かせないよう説得してくれって言われてたんだっけ。忘れてた。そもそもそんなお願いを聞いてやる義理もないんだけど。
ジェニファは少し考えている様子を見せていたが、私に向き直って言った。
「シホちゃん、クロウ君にはきちんと話した方がいいんじゃないかな。クロウ君だったら口は堅そうだし。第一、実際に宴の場に行ったら、自分一人だけ従者がいないってことを知るなんて、気の毒だと思うの」
あー、ジェニファ、そこまで言ったらもう全部本当のことを言っちゃったのと同じだってば。
案の定、クロウの表情が変わった。
「え、何。お前、従者を連れていくのか」
「うん、まあ。でもこれは秘密にしてほしいんだけど」
「秘密?」
訳がわからない様子のクロウに、私は説明した。話を聞き終えると、クロウは心底納得した風に深くため息をついた。
「なるほど、レイドール公爵令嬢か。あの人の嫉妬を避けるために、ガリエス先輩を従者として連れて行くことを秘密にしておく、と。でも、何でガリエス先輩はお前についてくることになったんだ?」
「先輩は宴そのものに興味があって、宴で調べたいことがあるんだけど、普通に従者として行ったら自由に動けない、でも私だったら自立してるから従者としての世話はあんまりしなくてよさそうだって思ったんだって」
「何だ、それは……。あの先輩、きちんとしてそうなのに、結構いい加減なところがあるんだな。でもどうしよう、お前が従者連れていかないとなったら、俺一人従者いないのは目立つなあ……」
「ねえ、何で従者を連れていきたくないの?」
「家がいろいろ世話をしようとしてるけど、その候補の人たちが俺としてはやりにくい相手というか。皆腕が立つし経験豊富なのはわかるんだけど」
「どんな人が候補になってるわけ?」
「ええと、フェドゥール伯爵家の筆頭騎士とか、筆頭魔法使いとか、母方の祖母の実家のキルク侯爵家の筆頭魔法使いとか、キルク侯爵家の分家出身の宮廷魔法師団長とか」
クロウが挙げるメンバーに、私は顔が曇ってきた。いやだわ、そんなの。
「何か偉そうな人ばかりね」
「そうなんだよ。こっちが宴の出席者で向こうが従者って言っても、向こうが上から物を言ってきそうな感じがするんだよな」
「それはわかるわー」
私は思わず言った。しみじみとジェニファも言う。
「私も、母様とか兄様から従者の候補者をいろいろ挙げられてるんだけど、どの人も偉そうで、頼みごとどころか普通に話すのも難しいっていうか……」
「どこかにいい人、いないもんかなあ。腕は立つけど俺とはそんなに年齢が違わなくて、偉そうにしない人」
クロウの言葉に、ジェニファが跳ね上がるようにして声を上げた。
「そうだ、タロス!母様の遠い親戚で、うちにいるんだけど。魔法も魔素術も使えるよ?」
ここでまさかその名前が出てくるとは思わず、私はジェニファに訊き返した。
「ジェニファ、タロちゃんを従者として連れて行きたいって言ってたのはいいの?」
「うん。母様と話して、仕方ないかなって。でも、タロスを表に出したい気持ちは変わらないの。本当は、シホちゃんの従者がいいなって思ってたんだけど、ガリエス先輩で決まってしまってるから」
当然、クロウは話についてこられていない。
「タロス、って誰?魔法も魔素術も使えるって、本当か?」
「うん、本当だよ。どっちも凄い腕前なんだから」
ジェニファが勢い込んで話を続けようとしたとき、教室の入り口の戸がノックされ、ゆっくりと開いた。そこからマリちゃんが顔を覗かせてくる。
「あの、先生、帰っていったけどどうなったの?」
「あ、ごめん、待たせた。あのね、リーシア先生には断られたけど、体術の先生のあてはできたよ」
私が満面の笑みで言うのに、マリちゃんは戸惑った様子だった。




